をばれうと鳴き声③
基本的に妖怪が一つの場所に複数集まることはほとんどない。というより奇跡に近い。
犬神のように家──というより血筋に憑く場合はまああるが、それも同族の妖怪たちだからありえている話であって、この旅館を経営している八ツ森家のように複数の種類の妖怪が家を守っていることは祓い屋たちから見てもかなりのレアケースである。
しかも別に八ツ森家は祓い屋や拝み屋の家系ではない。視える力はあるようだが、今の当主も普通に旅館経営をしているただの人間だ。次の当主になるであろう十歳の息子などは視る力もないようだが、彼が一番妖怪たちに溺愛されている。
八千緒含む他の妖怪もただ一緒に八ツ森旅館で働いているだけなので、八ツ森旅館を知る同業者たちの間でも害はないならと特に問題にはされていなかった。
弱い妖怪とは違い、強い力を持つ妖怪には実体があり普通の人間にも視える。
八千緒曰く憑きモノ筋ではなく、ただ傍にいるだけなので何の契約も縛りがないため自由にしているそうだ。犬神のように憑きモノ筋として血筋に憑く場合、縛りが生まれるため家の《外》では顕現されなければ姿を現すことができなくなる。そのせいか八千緒は、血筋に憑く妖怪たちを飼われたペットと下に見ているようだった。
「八ツ森家、初めて聞きました。こんなに強い妖怪が複数も集まって守ってるなんて、凄いですね」
「ま、同業者でもあんま知ってる奴はいないな。協会のお偉いさん方とか、お前んとこの当主とかは知ってると思うぜ。でも別に八ツ森はあくまで普通の旅館を経営している家だから、話題にしないだけだろ。オレも奥螺に連れて来られてここを知ったからな」
「妖怪のことを聞くためですか?」
「あぁ、妖怪のことは妖怪に聞くのがてっとり早い。伊達に長生きしてないからか、物知りだしな」
「貴方は一度貶さないと普通に喋られないんですか」
「いえ、潮さんが他人を褒めるなんて凄いことですよ。八千緒さんはやはり凄い妖怪なんですね」
屈託なく笑う汐緒見て、八千緒は何か言いたげな微妙な表情を浮かべた。
「それで、だ」
「はい?」
隣に座る汐緒の肩を軽く叩く。
「妖怪相手にタダで、なんて無理だろ。等価交換ってことでお前の霊力をデザートとして喰わせろ」
「え」
一瞬固まった後、汐緒は簡単に「いいですけど」と承諾した。
「あ、マジ?」
「貴方それでいいんですか」
「まぁ、潮さんが言うのなら」
拒否されるとは思ってはいなかったが、渋られるくらいはすると思っていたので拍子抜けする。八千緒もその人間離れした美しい顔に呆れを滲ませていた。
「妖怪の主食は人間の血肉か、もしくは生気だろ? 霊力も生気に近いもんがあるし、情報もらったら代わりに霊力を分けてんだよ」
「だからデザートなんですね」
「オレのをやってもいいんだけど、こいつ変にグルメだからオレのじゃ嫌なんだと」
嫌がるのは八千緒だけではないのだけれど、それはあえて言わない。潮の霊力を好んで対価にするのは、烏天狗の一久くらいなものだろう。
「貴方のは色々混ざっていて味が雑なんですよ」
嫌そうに答える八千緒に肩を竦める。
「まあ、いいです。とりあえず早く話してくれますか? こちらも暇ではないのですから」
「へーへー」
おざなりに返事をしてから、潮は【オボウ様】について話し出した。
話を全て聞いた八千緒は、思案するように人差し指を顎に当てる。
「何か思いつく妖怪はいるか?」
「尾鰭と羽が生えた妖怪は思いつきませんね。尾鰭だけなら人魚、アマビエ、アカエイ、神蛇魚……数え切れないほどいますよ。ただオボウという言葉に関連するなら、塗仏くらいでしょうか」
「塗仏?」
「体が黒い坊主の姿をした妖怪です。両目が飛び出ていて、その背中には魚の尾鰭のようなものが生えています。特に力の強い妖怪ではないです」
「アマビエって一時期テレビでも話題になった妖怪ですよね。豊作や疫病に関する予言をするって言う」
「そうですね。でもアマビエも人間を拐うといった特性はなかったはずです。人魚は稀に遊び感覚で人間を海に引き摺り込むことはありますが、あれはイルカみたいなものですね、天真爛漫なだけです」
人を海に引き摺り込んでおいて天真爛漫と評するのはやはり人間とは感覚が違いすぎる。妖怪は悪意なく好き放題するため、彼らからすればたまたまそれが人間にとって害になってしまっただけにすぎない。
「どの妖怪も好き好んで人間を拐ったりはしませんね。しかも十三以下の幼子ばかり狙う特性のあるモノとなれば、該当するモノがいません」
「羽生えてる奴は?」
「それこそ数え切れないほどいますよ。うちのアホの烏もそうです。人間を拐ったりはしませんが」
「呼んだー!?」
その時勢いよく襖が開かれ、派手な身なりの男が入ってきた。七色に染められた派手な頭をした小柄な男は、潮を見るとパアッと顔を輝かせて勢いよく飛びついてくる。
「潮ちゃんじゃん、お久~!」
「飛びついてくんなボケ、離れろ」
「めっちゃ拒否るじゃん、ウケる!」
若者言葉を巧みに操る推定年齢五百歳以上のこの烏天狗は、名前を一久という。
「アホ烏、来客中は勝手に入ってくるなとあれほど言っているでしょう」
「えーいいじゃん。オレもデザート食べたい! 八千緒ばっかズルイじゃん。オレなら潮ちゃんの霊力も嫌いじゃないし、それに妖怪情報ならオレだって詳しいしぃ?」
「お前は雑食だからでしょう」
「何でも美味しく食べられるいい子なだけだし! それに八千緒は今日当番じゃん。オレはオフだし、オレが今回担当する! 八千緒はもう戻っていいよー」
派手な身なりのわりにふんわりとヨモギのような香りがして、思わず和菓子が食べたくなる。
「それならお二人の知識を貸してもらえばいいんじゃないですか?」
「えー、オレも喰われんの」
喰うのは潮の専売特許なのだが、ニコニコ笑っている汐緒に拒否の意は示せなかった。
「え、誰このイケメン。オレは一久! お名前は?」
「俺は汐緒です。よろしくお願いします」
「潮ちゃんと名前似てね? しおせおコンビじゃん」
「その呼び方はやめろ」
聞いてるのか無視しているのか、うんざりとした面持ちの潮と八千緒など意にも介さず、一久は汐緒をまじまじと見つめると言った。
「君イカツイの使役してんね!」
アホだが力の強い名のある妖怪である。汐緒の犬神の強さもお見通しのようだ。
「お前がいると話が進まねぇ……」
「同意見です」
「ひっど! オレ役に立つよ! ちょべりばぐっ」
「は? ちょべ?」
「それは死語です、一久」
「うっそ!? 最近まで流行ってたじゃん。人間の流行り廃り秒すぎて草」
最早イライラしてきた。
「一久さん、事情を説明しますので知恵を貸してもらえますか?」
潮の苛立ちを感じとったのか、流れるような動作で一久の両手をとると、汐緒は庇護欲をそそる仕草で小首を傾けた。
「わかった!」
あっさりと軌道修正させた汐緒の姿に、思わずと言った風に八千緒が呟く。
「……彼、やりますね」
事情を説明している汐緒の姿を眺めながら、潮も静かに頷いた。




