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しおとせお  作者: 柚希
16/21

をばれうと鳴き声①

 妻が行方不明なんです。

 目の前に座る磯村守(いそむらまもる)と名乗った男はそう言った。少しだけ窶れた様子の彼は、ぼんやりと自分の手元に視線を落としながらポツリポツリと語った。

 妻の理恵とは大学時代から付き合って十年、去年結婚をしてその日は共通の友人の厚意で友人の村へと小旅行に来ていたらしい。海が綺麗な村で、その村では【オボウ様】という像が祀られていて村の守り神として村では大切にされていた。

 磯村と理恵はその日の夜、海を見に浜辺へと行ったらしい。


「それは突然でした。僕は友人から電話がかかってきたので、背を向けて少し離れていたんです。そしたら電話口から鳥の断末魔のような声が聞こえて、同時に妻の方から赤ちゃんの泣き声がするって聞こえて、振り向いた時には妻は、いなくなってたんですっ……」

「そうでしたか……。それが二週間前のことだったんですね?」

「はい……。警察は、僕を疑っていたみたいで、僕は何も知りません。理恵を愛してるのに、それに、彼女のお腹には僕たちの赤ん坊がいるんですっ」

「辛かったですね」


 潮の隣では向かい側に座っている磯村の手を優しく握って、寄り添うように励ましている汐緒がいた。

 

「祓い屋は捜索隊じゃ……ムガッ!」


 流れるような動作で汐緒が手にしたスプーンが潮の口に突っ込まれる。文句を言おうと彼を睨むが、汐緒はいつもの笑みのままこちらを見ようともしない。

 どうせ対人関係のコミュニケーションは向いてねーよ、と内心舌を打ちながら、潮は咥えさせられたスプーンをガジガジと噛んで頬杖をついた。


「警察は信用できないし、動いてくれません。もう行方不明になってから二週間も立つんです。理恵たちが心配で、僕も毎日あの村へ行って探してるんですが一向に行方がわからないんです」

「……磯村さんは、警察が信用できないからこちらへご連絡を?」

「……僕は、妖怪の類や幽霊なんかはあまり信じてないんですが……あ、いや、祓い屋さんに失礼でしたね……」

「気にしないでください。目に見えないものや、見たことがないものを人はあまり信じません。俺も見たことないネッシーとかは、信じてないですよ」

「そう、なんですね」


 汐緒の悪戯っ子のような表情に、磯村は少しだけ肩の力が抜けたのか、微笑んだ。


「あの村では十三歳以下の子供は夜に外出したらいけない決まりがあるそうです」


 磯村が言うには、村では昔から十三歳以下の子供が夜に外出すれば【オボウ様】がお仕置きにくるという言い伝えがあるという。


「その【オボウ様】って寺にいるお坊さんのことですか?」

「いえ、由来は知りませんがカタカナで【オボウ様】と書くそうです。村の像だと鳥のような……ちょっと形容しがたい形をしてるんですよ。でも、尻尾は魚にも見えるし……。あ、確か少し前にちょっとの間SNSでバズってましたね。海鳥村(うみどりむら)像で検索して、あ、これです」


 渡されたスマートフォンには確かに形容し難い像が写っていた。人型のようなものに大きな羽がついていて、尻の方には確かに魚の尾にも見える。


「友人の母曰く、子供が夜外出禁止なのは昔から【オボウ様】が拐いにくるからだって話でした。それは妊婦も赤ん坊が対象になるから例外じゃないと。友人もただの迷信だと信じていなかったようで、わざわざ楽しんでいるのに水を差すようなことを言いたくなかったと言ってました。……僕も、あいつが悪いとは思ってません。理恵がいなくなった今も、それが【オボウ様】の仕業だとはにわかに信じがたい」


 それでも祓い屋に依頼したということは、それだけ切羽詰まっているということだろう。彼には残穢は見られないが、村に直接行ってみないことには人為的なものか人外的なものかはわからない。

 まあ、中には人為的な事件でも一縷の望みをかけて祓い屋に依頼が回ってくることがあるのだが、そうなったらなったで本分ではないので手を引くだけだ。


「その【オボウ様】は村の守り神なんですよね? それなのに、子供を拐うと言い伝えられているんですか?」

「僕も詳しくは知りませんが、元々は漁をする村人を守ってくれる存在のようで、中には村の人間に不思議な力を与えて漁村を豊かにしてくれたって話もあるそうです。ただ同時に村の子供が夜に外出すると拐ってお仕置きするって言い伝えもあるそうで。友人も、子供が夜遊びして悪さをしないように大人たちが作った作り話だと思っていたと言ってました」

「怪異なんてものは大体みんなそんなモンだ。人間に富を与えたように見えるのはただの結果論で、基本的に奴らは自分がしたいようにしかしない。──けして人間の味方じゃない」


 スプーンを口から出して自分の爪を眺めながら呟くと、磯村の顔に悲壮感が漂う。


「……とりあえず話はわかりました。一度村を見ないことには話は進みませんので、磯村さんは俺たちが村にいる間は申し訳ありませんが村には来ないでください」

「な、ど、どうしてですか」

「二次被害を防ぐためです」


 本来現場を依頼人にうろちょろされるのは避けるのが定石だ。前回潮が依頼人を現場に連れて行ったことは、同業者にバレると普通に良い顔はされない。汐緒が奥螺にチクらなかったお陰で、実は彼からの嫌味や説教を回避できたのである。


「磯村さんのご心労や心痛は察するに余りあるものだと思います。ただ、もし捜索中磯村さんにもしものことがあったら、理恵さんは悲しまれると思うんです」

「犬狩さん……」

「捜索は俺たちに任せていただけませんか?」


 汐緒の寄り添うように聞こえる言葉に胸を打たれた様子で、やがて磯村は首を縦に振った。

 依頼に来た時よりも幾分かマシになった顔色で帰っていく磯村を眺めながら、横で優雅にコーヒーを飲んでいる男の有用性に悪い気はしなかった。

 汐緒は本当に人の心に入り込むのが上手い。この男がいれば、潮は隣でデザートを食べているだけで話が進む。


「潮さんはどう思いますか」

「人為的なものか、怪異の類かって? 探ってみなきゃわかんねぇな。村だけの伝承なら都市伝説の類に近いが、妖怪の可能性もないわけじゃねえしな」

「怪異という大きなカテゴライズ的には一緒ですが、都市伝説と妖怪は結構違いませんか?【オボウ様】なんて妖怪聞いたことないですけど」

「名前が歪められてる場合もあるからな」


 最後の一口を食べてから口を拭く。


「あぁ、集合的無意識でしたっけ」


 

 集合的無意識とは個人の経験を超えて人類共通に備わっている深層心理の領域のことをいう。普遍的な無意識であり、共通のイメージやパターンを生み出す。要は皆が無意識にこれはこうだ、と考えることなのだが、都市伝説の類はこれにとても影響を受けやすいとされている。大勢の人間がこの都市伝説はこうだ、対策はこうだ、と無意識に刷り込まれると、存在があやふやな都市伝説は容易に形を変える。

 共通の恐怖や不安が強い時はそのイメージのままとなり、逆に信じる人間が減れば都市伝説の力も弱くなる。

 昔都市伝説が流行った時は急激な力の増大に同業者たちも手を焼いたらしく、噂を噂で塗り替える方法──つまり、口裂け女にはポマードと唱えればいいなどの対処法を人間たちの無意識に刷り込んで、イメージを共通させて弱体化させた。

 人間は廃り流行りが速いので、今ではそんな小細工をせずとも都市伝説には滅多に遭遇することはなくなったが、都市伝説ほど影響は受けなくとも、妖怪も微妙に変化する場合がある。

 大抵それは人間側の妄執や呪いの影響と共に歪められるのだが、よくよく調べてみればただのタヌキの妖怪だった、なんて話はまあまあある。人間たちが勝手に複雑化させているだけなのだ。


「とりあえず専門家に聞きに行く」

「専門家?」

「あぁ。餅は餅屋、妖怪や都市伝説には同族をってな」

 

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