をばれうと鳴き声 始まり
その日は夫婦の共通の友人の厚意で、彼の実家が営む小さな民宿に招待されていた。夫婦どちらも都会の生まれで、のどかな田舎風景にとても癒された。
友人の故郷は海沿いにある小さな村で、夕日に照らされた海の景色が大層美しかった。
最近では村にたまたま来ていた旅行客が、昔から村で祀られている【オボウ様】という像をSNSに上げたことでチラホラ観光客が来るようになったそうだ。
友人曰く観光する所なんか一つもないとのことだが、夫婦にとって人が少ないのどかな風景と美しい海があるだけで、日頃の喧騒を忘れられる息抜きになっていた。
「夜の海ってちょっと怖いかも」
「そう? まあ、ちょっと暗いけど、今日は月があるし海に映って綺麗じゃない?」
水面に揺れる青白い月が、まるで道標のように海の向こう側から続いている。
「……ホントだぁ、凄い綺麗」
幻想的な景色に二人で目を奪われていると、ふいに友人の言葉を思い出して、悪戯心が芽生えた。
「そう言えばあいつが言ってたけど、この村では夕日が落ちたら十三歳以下の子供は家から出たらダメって決まりがあるらしいよ」
「えー何、ちょっと怖い話ならやめてよ」
「あいつ曰く【オボウ様】がお仕置きにくるんだって」
「【オボウ様】って守り神とか言われてなかった?」
嫌そうな顔で妻に言われた男は、あ、確かにと目を丸くする。
「もう、貴方もあの人もテキトーなんだから」
呆れたように半目でこちらを見てくる妻に苦笑いをして頭を掻いた。
もう、と拗ねた真似をして頬を膨らませる仕草をしながら海に視線を向ける妻にクスクス笑っていると、男のスマートフォンが静寂を引き裂いた。
「あ、あいつからだ。ちょっと待ってて」
背を向け、少しだけ離れて電話に出ると少しだけ酔っ払った声の友人が「母ちゃんが夜食作ったから早く帰ってこーい」と楽しそうに言った。
「夜食? 色々気を遣わせて悪いな」
「いいって。母ちゃん飯作んの好きでやってるし」
電話口で友人の両親が楽しそうに晩酌でもしているのか、やけに賑やかだ。
「……ん? 何か鳥の声がする?」
「え? 何、聞こえづらい」
『クワァァァァ、クエェェェェェェェェッ』
「うっわ」
突如電話口から聞こえてきた鳥の断末魔のような声に驚いて、スマートフォンを落としてしまう。拾おうとしゃがみこんだその時、月が雲に隠れたのか辺り一面闇に包まれた。
「暗っ……」
「……赤ちゃんの泣き声がする」
「え?」
ふいに重なった妻の声に振り向くと、そこには妻の姿はなく、暗闇に男一人が立っていた。
「お、おい! 理恵? 理恵!?」
慌てスマートフォンのライトで照らすが、目に映るのは黒い巨大な海だけだった。
浜で一人の男が騒いでいるのを、海の真ん中に漂う女だけがジッと見ていた。




