閑話休題
「結局何も聞いてこなかったな」
薮蛇をつつきたくないとでも思っていそうだな、とあの綺麗な顔を思い浮かべる。
汐緒の犬神を見た潮の驚いた表情は、今思い出しても感情が隠しきれていなくて可愛らしかった。
「ん? 何か言ったか?」
リビングのソファで隣にピッタリくっついて座りながら土産で貰った菓子を頬張っていた犬塚輝良が、不思議そうに顔をこちらに向けた。
「ううん、何でもないよ」
それを微笑んで流すと、輝良は唇をへの字に曲げる。汐緒の態度が秘密事をしているようで寂しいと以前彼に言われたことがあるが、犬塚の家は過干渉が過ぎるのだ。もうすぐ二十歳を迎える男に対する態度ではない。
感情もすぐ表に出す輝良は、素直な点は潮と共通するところがあるが、潮は彼とは違い全く干渉してこない。
まあ、まだ汐緒に対して興味がないだけかもしれないが、変に色々聞いてこないのは一緒に行動していて楽だった。
感情的に見えていざとなったら冷静に対処する上、冷酷に見えて完全に悪い人間でない限り温情を見せる優しさもある。本人は否定するだろうけど。
口では何だかんだ言いながらも、結局は田畑のことも見捨てず励ますような言葉もかけていた。
意外と輝良とも相性が良い気がするのだが、まあ前回仕事を共にした時散々失礼なことを言ったらしいので、潮が嫌っても仕方ないだろう。
「……お前さ、あいつと組んだんだろ、生嶋潮と。大丈夫だったか?」
「潮さん? 良い人だったよ」
「良い人ぉ!?」
目を剥いて叫ぶ輝良の口元を手で遮って口から飛んでくる菓子を回避しながら、理解できないといった顔をする輝良にもう一度頷く。
輝良は汐緒の手についた菓子のクズをティッシュで拭き取りながら、怪訝な顔をした。
「同姓同名の別人と組んだのか?」
「白髪で綺麗な顔した潮さんだけど、違った?」
「……まあ、あってる」
渋面のまま腕を組む彼からしたら、ビジネスライクに徹する奥螺でさえまあまあ信用ならないらしいのだが。
「優しかったよ、ちょっと不器用な人ではあったけど」
綺麗な顔から歯に衣着せぬ乱暴な言葉が出るのは、見ていて面白い。
「確かに祓い屋としての実力はあるとは思うけど、原因特定も動くのも早いし……でもあいつ、前回マジでヤバかったんだぜ?!」
それは散々聞いた話だった。
前回二人はとある俳優の霊障をどうにかするべく任務に向かったのだが、彼には大量の霊的存在が憑いていた。力こそ弱かったので核を壊すでもなく祓えたのだが、問題は死霊に隠れるようにして憑いていた生霊たちである。
潮は生霊関係は拝み屋の仕事だと告げ、仕事は終了したとさっさと帰ったらしい。
まあ、確かに生霊関係は祓い屋よりも拝み屋の仕事ではあるのは確かだ。祓い屋でも大した霊力がなければ話は別だが、攻撃特化の祓う力が強い祓い屋は下手をすると生霊を消滅させてしまう。つまり生きた人間を殺してしまう可能性があるのだ。
「怨んだ顔の女ばっか憑いているってことはそういうことだろ。クズにこれ以上時間を割くほど暇じゃないって、あいつそう言ったんだぜ!?」
別に潮は間違ってはいないのだが、仕事の匙加減は割とこちらに決定権がある。例えば今みたいに依頼内容が死霊を祓うことであれば、後から生霊が出てきても対応しない同業者は割といる。あくまで仕事内容の範囲、普通の仕事と同じで受注された分しか受けないのは当たり前の話である。まあ、後から揉めないためにも奥螺のようなタイプの人間は説明だけして内容にあった同業者を紹介したりするのだが、依頼者に寄り添うことが使命のような輝良のような人間からすると非情で冷酷に見えるのだろう。
憤慨する様は到底四つも年上には見えない。
汐緒とは違い小柄なこの身内は、犬塚家の中でも特に情に厚かった。
「俺も言われた依頼内容でしか動かないよ」
「な……」
「輝兄は依頼主に干渉しすぎだよ。当主様にも言われてるでしょ」
寄り添うこととのめり込むことは違うと昔からよく怒られていることを思い出したのか、輝良は途端に落ち込んだように肩を落とした。
叱られた犬のような萎れ具合に、内心面倒臭いなと思う。
「……でもあいつ、固有の異能があるくせに、札ばっか使って手の内見せようとしないし、信用できない」
「初対面で手の内見せない祓い屋は割といるでしょ」
要は一緒に仕事をするなと言いたいのだろうが、潮を選んだのは汐緒だ。
仕事をするにあたって色々条件がつけられている自分のお眼鏡にようやく叶った人間なのだ。
冷静で判断が早くて──何より強い人間。
あの糀谷奥螺直々の紹介も決定する材料ではあったが、初めて会った時本能が震えたのだ。
彼なら自分を屈服させられるかもしれない。──彼になら服従できるかもしれない。
自分でも見た目に反して割と中身は好戦的なタイプだと思う。
当主からすれば好戦的な性格も、犬神を使役する強すぎる力ももう少しどうにかしてほしいようだが、変わるつもりは毛頭ない。強い人間の下でしか従うつもりはないと仕事を拒否した甲斐があった。
生嶋潮を見つけ、選んだのは自分だ。彼以外と仕事をする気はない。
「もうこの話は終わり」
「……わかった」
不服そうな輝良を視界から外しながら、楽しくなりそうな日々にワクワクしている自分に気づいて小さく笑った。




