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しおとせお  作者: 柚希
12/21

向かい側の家の女⑪

 勝手口の扉が壊れてかけていたので、蹴破って完全に破壊してから中へと入った三人は、薄暗い室内を携帯のライトを頼りに散策した。

 奥に行けば行くほど暗くなっていく。


「これ不法侵入よね」

「誰も気にしないだろ」


 人が住まなくなってから長いこの家は酷く荒れてしまっている。足元をチョロチョロとしている鼠に悲鳴を呑み込みながら潮たちの後に続いて行く田畑の表情は、最早後悔の色が滲んでいる。


「やっぱり田畑さんは家の外に居た方がいいですよ」

「大丈夫、大丈夫よ」


 顔色こそ悪いままだが、その目には力強い光が宿っていた。


「……この奥の部屋だな」


 嫌な気配が扉の奥から漂ってくる。

 ポケットから糀谷印の札を取り出し、構えながら進む。


「あ、それ糀谷さんちの札ですか? 霊力最初から籠ってるやつ。まあまあ値段するんですよね」

「自分で入れるタイプのが断然安いけど、疲れたくねぇからな。質も悪くねぇし、タイパ優先」

「……緊張感ないわね」


 のほほんと日常会話を広げる二人に、田畑が呆れたように呟いた。


「緊張することでもないしな」


 嘯いて扉を開けた。

 途端、ぐうっととんでもない臭気が三人を襲った。気温が格段に下がり、呼気が白く宙に舞う。

 下がれと叫ぶ前に三人とも体が前方に引っ張られ、勝手に扉が閉まって閉じ込められた。

 ジジッと不規則に電球が揺れる。

 広い部屋の中央に引っ張られた潮は、倒れこんだ田畑を背後に庇いながら祓詞を唱える。

 

天祖神恵霊玉(とをかみえみため)産土神依身玉(とうかみえみため)父母神笑愛玉(とふかみえみため)……。祓ひ玉ひ清め玉ふ」


 札を中心に穢れが弾かれていくのを眺めながら、汐緒に声をかける。


「お前やれる?」

「任せてくれるんですか?」

「弱体化してるからいけるだろ。力あるなら示してみろ、ルーキー」


 鼻が曲がりそうな臭気など存在しないとでもいうような涼しげな顔で、汐緒が一歩前に出る。

 本来ただの新人なら少しばかり荷が重いのだが、犬塚家の分家の人間なら死にはしないだろう。口だけではないということを示さなければ、汐緒との仕事は今日で終了するだけだ。


「んじゃ、お手並み拝見だな」

「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの!?」

「さあ?」

「さあって、貴方!?」


 死にかけたら流石に助けに入るつもりだが、何故か彼ならできる気がした。

 くすくすと嘲る笑い声が周囲を囲む。その声が大きくなると共に、いつの間にかあの女が前方に立っていた。

 ゆらゆら不規則に揺れる伸びた首の後ろ、鉄格子の窓には核であろう縄がぶら下がっている。

 パチパチと点滅する小さな灯りと共に、耳障りな嘲笑が部屋を揺らした。


「煩せっ……」


 思わず耳を押さえる。

 汐緒は悲鳴を上げて縮こまる田畑を一瞥だけして、それから静かに口を開いた。


「──来い、白銀(しろがね)


 瞬間、肌がざわりと粟立った。

 汐緒の横に、巨大な狗が現れる。最早それは犬というよりも狼に近い。


(あれが汐緒の犬神)


 犬神と神を冠してはいるが、その正体は妖怪である。しかし中には知性があり人型になれる神に近い妖怪もいる。基本的に人型になれる妖怪は多くないのだが、犬塚家の犬神は数体ほど人型になれる力の強い妖怪がいると話に聞いたことがある。


「……お、大きい」


 唖然としている田畑の声に、内心同意していた。

 身体が大きければ能力が強いわけではないが、汐緒の犬神は明らかに強い部類だった。それこそ多分、犬塚本家のあの男の犬神よりも、強い。

 分家の新人にはあまりにも分不相応だ。


「引き裂け」


 たった一言。

 それだけで全てが一変した。

 まるでぬいぐるみを戯れに引き裂くような軽さで、呆気なく女の体が上下に分断された。


 ギャアアアアアアアアッ。

 

 苦痛を訴える女の断末魔が部屋を揺らす。無様に上半身だけで這うように伏せた女の目は、悪意と憎悪に燃えていた。

 腕だけで逃げようとする女を前足一つで制圧した犬神の横を通りすぎた汐緒は、淡々と核である縄を手にとった。


「あ、待って汐緒。それこっち投げて」

「? いいですけど」


 軽い仕草で投げ渡された縄に、女が叫ぶ


『触るな触るな触るな触るなぁっ!』

「まじ煩い」

「黙らせますか?」

「んー……そうだな……」

『かわいそうなくせに! かわいそうな人間のくせに!』


 憤怒の表情で叫ぶ女を眺めながら、弄ぶように縄を弄る。それから背後にいる田畑へと声をかけた。


「だってよ。かわいそうな人間とか言われてるけど、なんか言い返さなくていいの?」

「今言われたのは貴方でしょ」


 異形の存在に怯えて動けないかと思いきや、潮に言い返す余裕はあるようだ。中々肝が座っている。


『くるしいの、むねがくるしい……』

「……あれは」


 ふいに幼い少女の声が聞こえた。右側に、過去の残像が映像のように浮かび上がる。あれは桜の思念からなる幼少期の記憶だろう。

 ベッドに横たわり、窓の外を苦しそうに眺める少女がいた。


『くるしい、どうして……どうしてわたしだけ』


 蒼白い肌に大粒の涙が流れる様は、憐れみすら感じる。


「……ずっと苦しんでいたのね」


 それを見ていた田畑から、同情するような声が零れた。


「病院で働いてたからわかるわ。病気と戦う時は皆孤独だもの」


 霊的存在に同情することは危険だ。弱味に漬け込まれてしまう。よくないな、と咄嗟に割って入ろうとするが、強い光が宿る彼女の瞳に動きを止めた。


「だからって、誰かを害していいわけじゃない。そうよ、苦しみも辛さも、自分だけのもの。けして誰かにぶつけていいものじゃない、私も貴女も全部間違ってた、間違えたのよ!」


 座り込んだままだが、背筋を伸ばして桜を睨み付ける田畑の表情はまるで今までと違っていた。


「貴女の価値基準で人を可哀想な存在にしないで! 本当に哀れなのは、貴女よ桜さん!!」

「よく言った!」


 元は芯の強い女性だったのだろう。力の籠った田畑の言葉に、気分が良くなる。


「自分で決着つけたいなら、これを壊せ」


 縄を受け取った田畑に霊力の籠った短刀を握らせ、その手を包むように潮も握りこんだ。頷く田畑にニヤリと笑いながら、高らかに宣言する。


「永遠に眠れ!」

『や、やめてぇぇぇぇぇっ!!』


 ブツリと切れる音と共に、強い突風が吹き荒れる。

 そして次の瞬間には、女も穢れも跡形もなく消失していた。

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