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しおとせお  作者: 柚希
11/22

向かい側の家の女⑩

 地図に示された家は、車で十分もかからない場所にあった。


「こんにちは、久子おばさん。入るね」


 玄関から声をかけると、扉が開け放たれた居間から「どーぞ」と声がした。

 居間へ入ると、背筋がピンっと伸びた老婆がお茶の支度をしていた。老婆とは言っても、動きが素早く実年齢よりもだいぶ若く見える。確かもう八十歳を過ぎているという話だったが、とてもそうは見えなかった。優しそうに笑う久子だが、お茶を断ったら遠慮するなと半ば押しきられた。中々マイペースで強引な女性である。

 いつの間にかしっかりお茶菓子まで用意されていて、汐緒なんかは美味しそうに最中を頬張っていた。


「あ、これ凄い美味しいです」

「そうでしょ? 近所の和菓子屋さんのなの。たぁんとお食べなさいな」


 最早孫の勢いであれやこれやと菓子を与えられている汐緒を呆れながら見ていると、彼は何を思ったのか新しい最中を渡してきた。


「潮さんも食べてみてくださいよ。本当に美味しいですよ」

「いや、それより早く話を……」

「そうよ、食べなさい。今の若いコたちは皆痩せてるんだから。ほら、恵子ちゃんも。そんなに痩せてしまって、女のコは少しふくよかな方が可愛いんだから」


 田畑の方も遠慮のない身内の菓子攻撃に仕方なく最中に手を伸ばす。


(まぁ、これからが本番だしな。甘いモン食っといたら霊力も増すし?)


 ここで無下にするのも空気が悪くなりそうだし、と手を伸ばして一口食べる。


「っ……!」


 最中の中に柔らかいもちもちした物が入っていて、食感が面白い。あんこもなめらかで上品な甘さで、いくつでも食べられそうだ。


「美味しいですよね」

「うん」


 思わず食い気味で頷くと、田畑が驚いたような顔でこちらを見てくる。


「何だよ」

「貴方、甘い物好きなのね」

「別に。これが旨いだけだ」

 

 否定する潮が可笑しかったのか、彼女はそこで初めて笑った。


「別に好きでもいいじゃない。似合ってるわよ」


 似合っているとは何だ。

 外見が男らしくないことは自覚しているので、思わず不機嫌になる。


「そうよ、甘い物が好きな男のコはいいわよ~。私が最近ハマっているアイドルの子もね、スイーツ男子? っていうらしくて、ホント可愛いのよ」


 そういえば広縁の場所に謎の祭壇のような物が見えるが、あの綺麗な顔をした若い男のことだろうか。派手な衣装を着た男の写真で埋め尽くされているし、グッズやら何やらでとても目立っている。


「貴方たちもイケメンよねぇ。新しいアイドルの子かしら?」

「いえ、一般人です」

「そうなの? 勿体ないわ、アイドルになれるわよ~」


 話が脱線している。どうにか軌道修正したいが、この手の勢いの人間は得意ではない。汐緒に任せてここは菓子を食べるだけの地蔵にでも徹しようと決めていると、久子の矛先が田畑へと向いた。


「この二人のどちらかが恵子ちゃんの彼氏?」


 ぐっと田畑が噎せた。


「いや、違うよ久子おばさん。どう見ても年下過ぎるでしょ」

「あら、恋愛に年の差なんて関係ないわ。私だって今の恋人は十五も下よ」


 のほほんと笑いながら爆弾発言をする彼女のざっくばらんさにギョッとしていると、田畑は苦い表情を浮かべて視線を落とした。


「私はもう恋愛はこりごりよ」


 小雨が霧のように降っているのを窓から眺める田畑に、久子は柔らかな表情で頷いた。


「ま、今はそれでもいいわよね。人生のスパイスにはなれど、必ずしなきゃならない訳でもないし。私も夫が亡くなってからは二度と誰かを愛することはないと思ってたもの」

「久子おばさん……」

「不思議なご縁ってあるものね。まさか弟よりも年下の人とお付き合いすることになるなんて、人生って何が起こるかわからないから楽しいわ」


 どうやら彼女は頭が柔らかい人間のようだ。話を聞かないところは苦手だが、人生を大いに楽しんでいる姿は好感が持てる。


「あら、話が脱線したわね。ええと、それで今日は何の話だったかしら」

「久子さんの実家の裏にある、地主さんが住んでいた家のことについてお聞きしたいんです」

「あぁ、あそこね」

「久子さんが地主の娘さんを嫌っていたと聞いて……」


 汐緒の言葉に、久子は少しだけ困ったように笑った。


「まぁ、嫌いだなんて……んー、いえ、そうね、嫌いだったわね」


 うんうんと頷いた彼女は、ゆっくりとお茶を飲んだ。


「私が何かされた訳ではないんだけどね、私はどうしてもあのこのことが気持ち悪い、いいえ、怖かったのかもしれないわ」

「怖い?」

「あのこは、桜ちゃんはね、確かに客観的に見れば優しいこに見えた。特に大人たちからの評判は良かったはずよ。……でもね、あのこは普通のことはけして口をきかないの。同級生の子達は大抵知ってたわ」

「普通のこ?」


 田畑の疑問に、久子は昔を思い出すかのように目を細める。


「そう。桜ちゃんはね、苛められているこや貧乏なこ、不幸があったこ、病気がちなことしか口をきかないし、遊ばないの」


 かわいそう、かわいそうね。

 ふいにあの女の甘ったるい声を思い出す。優しく聞こえるそこにあるのは、嘲笑だ。


(あぁ、そういうことか)


 合点がいった。と同時に不快感が湧き上がる。


「一度だけ、桜ちゃんが母親を亡くしたばかりの近所のこを抱き締めてるところを見たことがあるんだけど、その時彼女嗤っていたのよ。私はあの悦に入ったような顔が忘れられなくて、怖かった。……それに、同級生の間では彼女のある噂もあったから」

「噂ですか?」

「ええ。……彼女に屋敷に招待されたこは殺されているって」


 沈黙が場を支配した。


「殺人があったってこと?」


 震える指先を誤魔化すように田畑が掌を握るのが視界に入る。


「証拠は何もないのよ。ただ、あのこの家に行ったこがいなくなったってことがよくあって、それに一度異臭騒ぎもあったから」

「異臭騒ぎ?」


 汐緒の視線がちらりとこちらに向けられる。


「実家のすぐ裏だから、当時は本当に凄い臭いでね。大人たちも最初は地主の家だから言いにくいってなってたんだけど、あまりにも強烈で。村の人間数人で話に行ってからは、その異臭もすぐになくなったんだけど」

「原因は何だったんですか?」

「それがわからないのよ。親たちも相手が相手だから、とりあえず臭いもなくなったからってことでその話は終わりにしたみたい」


 異臭騒ぎ、いなくなった子供。そしてあの無数の手──。


「潮さん、もしかしてあのダム湖って」

「底を浚えば上がるかもな」


 手の持ち主たちが。

 耳元で囁く汐緒に、潮も小さく呟く。

 だがそれは潮たちの仕事ではない。祓い屋はあくまで祓うことが仕事だ。警察ではないのだから、あの手の持ち主たちの身体をどうにかしてやるつもりも権限もない。仕事で祓ってほしいと正式に依頼されていない内は何もできない。囚われた全ての霊的存在を救うことなど、誰にもできはしないのだ。

 哀れで痛ましく残酷なことは、この世のどこにでもある。一々祓っていてはキリがない。


「その桜って女は、元々体が弱かったって聞いたが」

「そうね。彼女が亡くなった理由も病気だったって話だけど……」


 そこで久子は言葉を切った。

 少しだけ躊躇うように口を閉じ、それから一口お茶を飲む。


「……実は、自殺だったんじゃないかって同級生のこたちの間では噂されていたのよ」

「自殺、ですか?」


 汐緒がチラリとこちらを見る。


「異臭騒ぎもがあった後、彼女は体調を崩して学校にも一切来なくなったの。でもその後、私のお友達が夕方に彼女に会ったらしくて、いつもは話しかけてこない桜ちゃんがそのこに家に来ないかって声をかけてきたらしいの。そのこも桜ちゃんのことが苦手だったし、何よりその時身内が亡くなったばかりで気が滅入っていた時だったから無視したんですって。……そしたら桜ちゃん、半狂乱であんたは可哀想なこなのに、どうして、どうしてって騒いだらしくて、たまたま桜ちゃんを探していた彼女の家族が通りかかって家に連れ戻されたみたいなんだけど、まるで人が変わったようだって、あのこはきっと頭が可笑しくなったのよって言ってたわ」


 昔を思い出すように目を細めた後、久子は続けた。


「……それに、私ね、実は見たのよ」


 暗い胸の内をそっと明かすような、静かな声だった。




「実家の階段の踊り場の窓から──桜ちゃんが首を吊っているのを」




 その瞬間稲妻が走り、どおんっと雷がどこかに落ちたような音が、嫌な静寂を切り裂いた。

 ザアーっと本格的な激しい雨粒が窓を壊さんばかりに叩く音を聞きながら、久子はハッとした顔をしてから取り繕うように笑った。


「でも、夜中のことだったし、寝ぼけていたから……見間違いかもしれないけれど」

「……成程、よくわかった。話を聞けてよかった、ありがとう。──汐緒、今からあの家に行くぞ」

「え、もう帰るの?」

「あぁ、やることがある」


 名残惜しそうな顔をする久子に礼を言ってからすぐさま玄関に向かう。


「また来てね」

「うん、その内ね」

「それにしても、恵子ちゃんワンピース着るようになったのね。昔は動きづらいから嫌がってたのに。でも、そういう格好も似合ってるわ」

「……そう、だね。私、ズボンの方が動きやすくて好きだよ」


 背後での会話を背にしながら、愛想よくお礼をしている汐緒と困惑している様子の田畑の二人を置いて、さっさと車に乗り込む。


「ちょっと、貴方わかったって言ってたけど、本当に大丈夫なの?」

「問題ねえ」


 乗り込んだ二人を確認して、アクセルを踏む。


「潮さん、核がわかったんですか?」

「ああ。多分話に出てた首を吊った道具だ」

「ロープですか?」

「そう。オレが夢の中で視た時も、あの女の首は不自然に曲がってた。きっと婆さんが言ってたことが事実だ。見間違いでも何でもない。自分で首を吊って……他の殺した人間たちも同じように吊ってたんだろうよ」


 山田の首と手首にかかっていた縄を思い出す。あれがきっと核だ。


「ちょっ……本当にその桜さんが人を殺してたって言うの?」

「殺してたんだろ。殺して、自分を慰めてた」


 それを多分家族は知っていた。

 目的地に着いて車を止める。外階段のある立派な平屋だが、もうずっと人の手が入っていないせいか酷く劣化している。

 車から降りて後ろに回り込むと、例の部屋が見えた。


「……何、これ」

「鉄格子……厳重ですね」


 呆然と見つめる田畑を視界に入れながら、潮も眺める。

 桜の家族は彼女の凶行を知っていた。知っていて見ないふりをしていたが、数が多くなり自分たちだけでは隠しきれなくなっていたのだろう。

 そして、手がつけられなくなっていった桜をこの部屋へと幽閉し、隔離した。

 だが結局桜はこの部屋で自死を選んだ。自分が今まで殺した被害者たちと同じ方法で。


「どうしてこんな鉄格子越しで目が合ったって、ハッキリ思ったんだろう」


 田畑の疑問も尤もだが、それは実体を伴っていない霊体を見たからだろう。桜が自殺した瞬間をたまたま見たとしても、目が確実に合ったと確信することは距離的にも難しい。久子が首を吊っているのが桜だと思ったことも変な話なのだ。鉄格子越しの窓はひどく見づらい。それなのに桜だと思ったのも、怨霊に成り果てていた桜の霊体を見たからだ。

 久子が見た時点で、それは最早死体ではなく霊的存在へと変質していたのだ。


「汐緒、何で前回オレだけが引き摺りこまれたんだと思う?」

「それは俺も不思議でした。俺よりも潮さんの方が強いのに、引き摺りこまれたのは貴方だった。それに、あの小説を読んだ人間全員に影響がある訳じゃないのも不思議ですよね。選ばれたって書いてありましたけど、田畑さん、あれは何を基準に選ばれるんですか?」

「え……それは、私もわからないわ」


 大粒の雨に濡れながら、田畑は困惑したように呟いた。


「……婆さんが言ってたろ。可哀想な子たちを家に入れてたって」

「それって……」

「あの女の基準では、オレたちは可哀想な人間枠ってことだ」


 田畑の言葉尻をとり、片方の口角を上げる。


「あんた、どうする? 勝手に可哀想枠に入れられてるけど、このまま好き勝手されていいわけ?」


 張り付いた前髪を無造作にかき上げながら彼女を見れば、田畑は強く拳を握り締めていた。


「いいわけない。……腹が立つわっ」

「んじゃ、一緒に仕返しに行くか」


 拳を叩き付けながら挑発的に笑うと、田畑は驚いたように目を丸くした。隣で汐緒も虚をつかれた顔をする。


「え、いいの?」

「よくないです」


 間髪入れずに汐緒が割って入る。


「一般人がこんなとこ入るのは流石に危険です」

「そこはお前が守れよ、汐緒。強いんだろ、期待してるぜ」

「はっ……あぁ、もう、貴方って人は」


 軽く肩を叩けば、彼は諦めたようにため息を零してから笑った。

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