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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第97話 廃坑の奥

 激突の刹那、レオンは己の力を解放した。

 ──【原初の力】

 彼の内に眠る【原初の力】が、周囲の空間を揺らす。突風のように吹き抜ける力の奔流が、迫り来る〈黒翼〉の構成員たちを呑み込んだ。


「動くな──お前たちは、ここまでだ」


 空間が歪み、見えない力が鎖のように絡みつく。

 黒衣の者たちは身動きを封じられ、恐怖と驚愕の入り混じった眼をレオンに向けたが、次の瞬間、その意識は闇に沈んだ。

 レオンは淡々とそれらの影を運び、鉱山の入口付近に並べておいた。すべては“確認”のため。〈黒翼〉の侵入経路や人数、戦力の配置──それらを調べる価値はあった。


 だが今、彼に必要なのは前進だった。


「……行こうか。エリオット、お前がいるなら止めてやらないとな」


 崩れかけた坑道を、慎重に進む。鉱山の内部は長年の風化と戦の爪痕で荒れていたが、所々に“最近の足跡”がある。人為的に削られた岩壁、照明の残滓、そして血。〈黒翼〉の残した痕跡だった。

 奥へと進むにつれ、再び黒衣の者たちが現れた。だが、彼らもまた“末端”。【原初の力】の前に、その抵抗は無意味だった。短い戦闘の末、レオンは一人、また一人と影を退け、静かに坑道を進んでいく。


 ──やがて、世界が変わる気配を感じた。

 坑道の最奥。その空間だけが、異様な静寂と圧力に包まれていた。崩れた岩壁。瓦解した天井。そして、苔むした封印の残滓。そこには、明らかに“異なる存在”の気配があった。


「……ここか。間違いない。奥の方に集団の気配を感じる。奴らだな」


 封印され、閉ざされ、忘れられたはずの〈門〉──〈黒翼〉が目指し、ベリアナを現世に呼び戻そうとしている場所。彼らはそう信じている。だが、レオンは知っていた。これは誤りだ。

 オーソンの記憶がそれを教えていた。この場所は、ベリアナとは無関係──しかし、確かに何かが眠っている。そしてそれが何であるか、オーソンの記憶にも答えはなかった。

 ただ、一つ確かなのは、この奥底に“深く、暗く、底知れぬ禍”が潜んでいるということだった。

 レオンは岩壁に掌を添えた。内から感じる脈動。それは、眠る者の鼓動のようでもあり、異界から漏れ出る波動のようでもあった。


「この奥に……エリオットも、いるのか」


 彼の声が、岩壁に吸い込まれていく。まるでそれに応じるように、ほんの一瞬、壁の奥から気配が揺れた──それは、懐かしき者の気配であり、同時に、何かを喪った者の気配でもあった。

 レオンは静かに息を吐いた。これより先が、彼にとって“真の戦い”の始まりとなる。

 崩れた岩壁の隙間から、冷気が吹き出していた。それは風ではない。かつて命が宿り、今は死と沈黙に支配された空間──墳墓から這い出す、怨嗟と闇の息吹だった。

 岩を押しのけ、わずかに開いた隙間から身を滑り込ませる。

 その先には、粗い石段が地の奥へと続いていた。


「……やはり、さらに“下”があるのか」


 灯りはない。だが、闇の中には確かな気配があった。石壁に刻まれた文様、蝕まれた神像、崩れかけた柱──それらが示すのは、ここがただの鉱山跡ではないという事実。

 〈黒翼〉は、これをベリアナだと誤解したまま、“目覚めさせる”つもりでいるのか。

 石段を下りるごとに、空気は重さを増し、音が消え、皮膚が粟立つ。深淵が、レオンを待っていた。

 そして──


「来たか……!」


 闇の中、突如として疾る殺気。細い通路に潜んでいた黒衣の刺客が、刃を閃かせて襲いかかる。レオンは即座に回避し、反撃の一閃で沈黙させた。が、すぐに次の気配が続く。数人の〈黒翼〉。それぞれが異なる武器と術を操り、道を塞ぐ。


「時間稼ぎか……それとも、ここで仕留めるつもりか」


 静かに、だが確実に進んでいくレオン。敵は、ただの末端ではない。数体は術式によって強化された“供物”のような気配を纏っていた。一人、また一人と斃しながら、レオンは最奥へと向かっていく。


 ──そこは、広大な空間だった。

 巨大な円形のホール。天井は高く、崩れかけた石柱がいくつも立ち並ぶ。そして、その中心にあったのは──古代の紋様を刻んだ、幾何学的な光を帯びた石碑。中心には、黒く濁った水晶がはめ込まれ、脈動するように淡く光を放っている。

 その前には〈黒翼〉によって建てられたのであろう、祭壇と思しきものがある。供物として捧げられた動物の遺体。そして今まさに儀式に挑まんとしている術者らしき者たち。彼らもまた〈黒翼〉の一員に違いない。


「……エリオット」


 漆黒の鎧に身を包んだ男が、ゆっくりと振り返る。その顔には、もはや仮面はなかった。目元には深い影、だが瞳はかつての面影を残していた。

 彼の周囲には、数人の〈黒翼〉の幹部と見られる者たちが控えている。誰もがレオンの到来に気付いたが、動かない。いや、動けないのかもしれない。異様な緊張がその場を支配していた。


「よく来たな、レオン」


 エリオットの声が、重く、低く響く。それは、血の繋がった兄の声──かつて、同じ屋根の下にいた者の声。だが、その響きの奥にあるものは、かつてのものではなかった。


「……お前は、もう〈黒翼〉──闇に堕ちたのか?」


 レオンの問いに、エリオットは笑みとも、嘲りともつかぬ表情を浮かべて答えた。


「いや……違う。“選ばれた”だけだ。真に、神に。いや──神を超える存在に」


 背後で、何かが脈打つ音が響く。闇の奥、封印の中で、何かが胎動しつつあった。

 レオンは、静かに息を吐く。


 ──ここが境界線だ。


 過去と、現在と、未来の。

 そして、兄弟の道が、完全に分かたれる場所。


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