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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第94話 三国会談

 交易と文化の要衝として栄えた中立都市ラドニア。その中心に位置する迎賓館〈白銀の間〉に、三国の代表が集い始めていた。

 天井には都市の紋章を刻んだ巨大なステンドグラス。床には各国の旗が等間隔に配置され、まるで均衡を保つかのように彩りを添えている。


 長方形の大理石の円卓に、まず現れたのは王国代表──外務長官ヴェルナー・グレイ。


「……王国として、この場が冷静な対話の礎となることを願う」


 彼の隣には、警戒の目を緩めぬ近衛騎士が控える。


 続いて、重々しい軍靴の音が響き、帝国代表が入場する。漆黒の軍服に赤い線を刻んだ帝国将軍、クラリッサ。冷たい視線で一礼だけを交わすと、席に着いた。


「外交は本分ではないが……王国の“仲裁者”ぶりに興味がある」


 短く皮肉を添えると、クラリッサは腕を組んだまま視線を逸らす。空気がわずかに張りつめた。


 そして最後に、白と金の法衣を纏った聖教国の枢機卿代表がゆるやかに入室する。


「神の御名のもと、真理と秩序の対話を……教皇陛下はそのように申しておられます」


 一見温厚な態度だが、その目は聖域の支配を強く求める意志を隠しきれていない。


 全員が席に着いた瞬間、静寂が落ちる。まるで剣呑な気配の風が部屋を満たしていくかのようだった。

 まずヴェルナーが口を開く。


「我が王国は、鉱山跡において確認された異常な気配と、〈暗黒騎士〉を含む闇の組織〈黒翼〉の動向を重く見ています。ゆえに、事態の把握と平和的解決のため、三国による情報共有と協力体制を提案するものです」


 クラリッサは鼻を鳴らすように言った。


「それは我々帝国が、独自に動いていた諜報を“棚上げ”にしろということか? 口先だけの“協力”なら聞く意味はない」

「我らは既に封印の地とされるあの鉱山跡に、聖騎士団の派遣を決定しております」


 枢機卿が微笑みながら続ける。


「……あの地に眠るものは、神の加護を必要としているのです」


 ヴェルナーの眉がわずかに動く。


「まさか、聖教国単独であの地を“聖地”と断定するおつもりでは?」

「我々の教義に照らせば明らかです。そして──神の教えを管理するのは教皇庁に他なりません」


 クラリッサが机を指で軽く叩いた。


「……なるほど、三者三様だ。ならば一つずつ、意図を明確にしよう。私たち帝国は“軍事的・戦略的脅威”の排除を優先する。貴国らが“神の聖域”だの“闇の組織”だの騒ごうとも、危険の芽は摘む」


 空気が、張り詰めた氷のように冷たくなった。

 三国代表が向き合う円卓の中央で、次第に口調が鋭さを増していく。

 緊張感は既に、外交儀礼の皮を剥がしかけていた。


 ヴェルナーが、静かだがはっきりとした口調で言う。


「……そもそも、あの鉱山跡は我が王国と帝国の国境地帯に位置しております。現地では既に、両国の部隊が共同で警戒体制を敷き、異常の有無を監視している状況です」


 視線を枢機卿に向けた。


「この現実を踏まえれば、聖教国単独の聖騎士団派遣は――治安維持というよりは、領域干渉と受け取られかねません」


 白と金の法衣を揺らしながら、枢機卿は微笑を崩さず答える。


「誤解なきよう──我らが派遣を望むのは“治安の安定化”と、神より預かりし〈封印の地〉に対する宗教的責務を果たすために他なりません」

「“責務”だと? 我々は宗教の下請け機関ではない」


  クラリッサが冷笑を込めて言い放つ。


「神の使徒を自称するのは勝手だが、後から出てきて“調査の主導権を握る”とは……その面の皮の厚さ、感心すら覚えるな」


 ヴェルナーも静かに同意する。


「帝国と同じく、我が王国もその主張には賛同しかねます。協議の場での公平性を重んじるならば、各国の立場は平等であるべきでしょう」


 枢機卿の微笑が、わずかに揺らいだ。


「しかし……我が聖教国は、古より数多の“封印”や“聖地”に対する責任を担ってきた。今回も例外ではありません」


 クラリッサは席から身を乗り出し、冷え切った声で続けた。


「その責任とやらで“神の名のもと”に他国を好き勝手に動かせると思っているのか? そういうのを、世間では“傲慢”と呼ぶ」


 場の空気が一層重くなった。

 神聖を盾に出張る聖教国

 軍事を背景に冷静に圧す帝国

 外交の場で均衡を保とうとする王国

 三者三様の論理がぶつかり、会議は平行線をたどる。

 このままでは、協議そのものが破綻しかねない。


 そして、その背後では……何者かの目が、この膠着と混乱を見つめていた。

 闇は、常に隙を狙っている。


 裏で、静かに糸を引く者がいた。〈黒翼〉の影。

 かつて枢機卿会議に巧妙に潜り込ませておいた“駒”が、いよいよ動き出す。


「……時は来た。会談を、瓦解させよ」


 命じたのは、〈黒翼〉幹部の一人。白銀の仮面に仄かに浮かぶ邪神の印が、静かに脈打つ。


「封印の地を、我らの手に……混沌を呼べ」


 指令を受けた“枢機卿”は、聖教国内にて極秘の命を発した。

 〈聖騎士団・第七縦隊〉──〈信仰の剣〉と呼ばれる、武力執行部隊が、密かに辺境へと出発する。

 その動きは、王国にも帝国にも一切知らされていなかった。



 迎賓館〈白銀の間〉。会談二日目。

 前日と同じように、三国代表は顔を揃えていた。

 しかし、昨日と異なるのは、その眼差しの奥に濃い疲労と、苛立ちが滲んでいることだった。


「……何度申し上げても平行線のまま。これ以上の譲歩は困難です」


 ヴェルナーが溜息交じりに呟く。


「神の地を調べるにふさわしいのは、神に仕える者たちだけだ」


 枢機卿の声には、静かな確信と傲慢さが混ざる。

 クラリッサはその言葉を鼻で笑った。


「ふさわしいかどうかは、軍事的能力と信頼で判断されるべきだ」


 緊張が高まるその時だった。

 扉が乱暴に開かれ、一人の王国側の従者が駆け込んできた。

 額には汗。手には一通の報告書。


「失礼します、緊急報告です! 本日未明、聖教国より聖騎士団が鉱山跡へ向け進軍したとのこと! ……既に到着している模様!」


 場が、凍りついた。


「……な、なんだと?」


 ヴェルナーが信じられないというように報告書を奪い取る。

 クラリッサは椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「貴様、会談中に背後で部隊を動かしていたのか!? この、裏切り者が!!」


 その声は、迎賓館の外にも響いた。

 枢機卿の顔がわずかに引きつるも、すぐにいつもの笑みに戻った。


「……それは私の知らぬところで動いたことでしょう。現地の判断が──」

「ふざけるな!!」


 クラリッサが怒声を放ち、剣の柄に手をかけかけた。


「こんな茶番に付き合う意味はない! 帝国は会談を打ち切る!!」


 そのまま部下たちを従えて退出していく。

 王国代表ヴェルナーも、重く口を開く。


「……我が王国も、今回の聖教国の振る舞いには強い疑念と不信を抱かざるを得ません。今後の協議は、帝国とのみ行う方向で検討することになるでしょう」


 そう言って、王国代表団もその場を去っていく。

 迎賓館に残されたのは、静寂と、苦々しい笑みを浮かべる枢機卿のみ。


 ──〈黒翼〉の狙い通り。

 三国の協力は壊れ、敵対の種が撒かれた。

 そして、闇は静かに、封印の地へと近づいていく。


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