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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第74話 〈暗黒騎士〉の正体

 騎士団が南部の砦へ駆けつけた時、かつて堅牢だったはずの砦は、戦の爪痕を色濃く残していた。兵士たちの無念が染み込んだ大地には、所々に倒れた遺体が散乱している。凍りつくような静寂の中、遠くから甲冑の音が近づいてきた。

 やがて、〈暗黒騎士〉と黒き装束に身を包んだ一団が騎士団の前に姿を現す。

 それを見て、第一王子ラグナルは怒りに震え、抑えきれずに声を荒げた。


「おのれ、貴様には先日のお返しをたっぷりとしてやるぞ!」

「殿下、お下がりください!」


 騎士団長が鋭く制止する。


「黙れ! 俺は王子だ! 王国の正統なる後継者だぞ! 貴様ごときが俺に命令するなど──」


 その場の空気がピリつく。だが騎士団長は怯まず、むしろ一歩踏み出して王子の前に立ちはだかる。冷静に第一王子のその腕を掴み、落ち着いた声で諫めた。


「殿下、感情に任せてはなりません。今ここで無謀に突っ込めば、王家の名誉どころか、この場の全員が無駄死にすることにもなりかねません。どうか、冷静にご判断を」

「ふざけるな……! 俺が……俺が無様に逃げるとでも思っているのか!」

「命令は私が下します。陛下のお言葉をお忘れですか? 殿下はあくまで帯同の身。軍律に──騎士団の指揮系統に従っていただきます。どうか冷静に行動してください」


(逃げる、逃げないという問題ではない。それもわからないのか……)


 騎士団長は心の中で溜息をつき、掴んだ腕を離さずになおも訴えかける。

 しかし、ラグナルの瞳は憤怒に染まり、拳を震わせながら周囲を睨みつける。その瞳には明らかな反発と傲慢さが宿っていた。だが誰一人、王子に味方しようとはしない。すべての騎士が、沈黙のまま騎士団長の背に従っていた。


「くっ……貴様ら……っ! 俺を誰だと──」


 苛立つラグナルをよそに、ひと際鋭い視線が群れの中からレオンを捉えた。


「貴様か、レオン」


 〈暗黒騎士〉の冷たい声が響き、仮面の下の素顔が晒される。その顔を見た瞬間、レオンの胸に重苦しい感情が押し寄せた。


(やはり……お前だったか、エリオット)


 なんとなく予想はしていた。

 〈聖騎士〉と真逆の〈暗黒騎士〉という存在。

 レオン憎しで騒ぎを起こし、結果すべてを失って王都を追放されたと聞いていた。その心の闇が深くなり、いずれ何かしでかすのではないかとも思っていた。

 今回の騒動も、ずっと胸の底で、どこかでそうかもしれないと考えていた。

 だが、いざ現実を突きつけられると、言葉にしがたい虚しさが胸を満たす。

 同時に、静かに、だが確かに怒りが込み上げてきた。

 ──あの村を焼いたのも、あの街を潰したのも、こいつだ。罪もない人々を、何のためらいもなく殺した。

 喉の奥が熱を持つ。腹の底から、燃え盛るような激情がせり上がる。握った拳に力がこもる。

 だが、レオンは深く息を吐き、静かにその怒りを押し殺した。


(感情に飲まれるな。怒りは剣を鈍らせる──セファルの教えを、忘れるな)


 かつての師の厳しい教えが、脳裏に蘇る。

 怒りに身を任せれば、視野は狭まり、判断を誤る。

 その教えを、骨の髄まで叩き込まれたはずだ。


(そうだ、俺は、学んだはずだ)


 レオンは心の中で呟き、燃え上がる感情を氷のように沈めた。その瞳は、冷徹に澄み渡っていく。


「やはりな……お前か、エリオット」


 低く呟いた声は、怒りではなく、静かな覚悟に満ちていた。

 対して辺りは騒然となった。エリオットの顔に見覚えのある騎士も多い。先日の追放騒ぎも記憶に新しいところだ。無理もないだろう。


 尚も騒ぎ立てる第一王子の存在など気にも留めず、エリオットはまっすぐに、レオンへ向かって歩みを進める。

 一方、第一王子ラグナルはその様子に耐えきれず、激昂の色を隠せなかった。


「なぜだ……なぜ俺を無視する! 俺は王子だぞ!」

「殿下!!」


 だが、エリオットは一瞥すら与えず、まるで塵芥のようにラグナルを無視し、レオンだけを見据えて歩を進める。


「こ、この……貴様あああっ!!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたラグナルは、剣を抜き、怒声とともにエリオットへと飛びかかった。


「殿下、いけません!」


 騎士団長が叫ぶ。焦りと恐怖が滲んだ声だった。

 だが、止める間もなくラグナルの剣が振るわれる。


「死ねえええぇぇぇ!!」


 しかし、エリオットは、あまりにも無造作にその攻撃を躱し、剣の腹で軽く一撃。


「フン、雑魚は引っ込んでいろ」


 その瞬間、ラグナルはあっけなく吹き飛ばされ、地面に尻もちをついた。まるで相手にされていない。その冷徹な無視と余裕に、周囲の騎士団員たちは息を呑む。

 異変を感じ取ったレティシアから忠告が飛ぶ。


「レオン、あいつ……様子がおかしい。精霊がみんな警戒してる。すごく、嫌な感じ……!」

「ああ、わかってる。もっとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()、今更だけどな!!」


 レオンは冷ややかな皮肉を込め、敢えて挑発的な声を張り上げる。怒りを露わにする代わりに、意図的に感情を制御し、相手を揺さぶるための冷静な一手。

 その安い挑発は、単純なエリオットの怒りを呼ぶには十分だった。

 同時に、黒装束の一団が騎士団に襲いかかる。鋭い剣撃が火花を散らし、切り結ぶ音が砦の廃墟に響く。レティシアも魔法と弓で後方から攻撃を始めた。

 緊迫した戦いの幕が、今まさに開かれた。


 その直後、レオンとエリオットの一騎打ちが始まった。


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