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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第73話 砦へ

 南部の砦が〈暗黒騎士〉に襲われた──その急報は、王都を震わせた。

 すぐさま騎士団が編成され、救援の命が下る。騎士団長が指示を飛ばす。


「皆、急ぐぞ。時間との勝負だ、もたもたするなよ!」


 レオンも与えられた馬に跨がると、その背後から、ひらりとレティシアが飛び乗ってきた。


「ふふ、悪くないね、こういうの」


 どこか楽しげにレティシアはレオンの腰に手を回し、ぴたりと身を寄せる。その無邪気とも言える振る舞いに、レオンは何も言わず馬腹を蹴った。


 五十騎ほどの部隊が、土煙を上げて南へ駆ける。

 砦までは半日ほどの道程。途中、丘の陰で馬を休めつつ、簡素な干し肉を水で流し込む。

 風が強く吹く中、レオンは馬の手綱を指で弄びながら、ふと呟いた。


「……あの〈暗黒騎士〉。妙だ」

「妙? どういう意味?」


 レティシアが首を傾げる。


「どうにも……やり口が、わからない。村や街を襲ったのは、単なる破壊や殺戮にも見えるが……。砦を狙う意味はなんだろうな?」

「確かに……普通に考えたら、そこまで危険を冒す必要なんかないよね」

「それに──何より、気になるのは各地で見た、黒い炎の痕跡だ。あれは……人間の限界を超えている。だが、魔物ともちょっと違う気がする」


 レオンの表情は険しかった。その瞳には、わずかに躊躇いの色さえ滲む。


「何か、心当たり、あるの?」


 レティシアの問いに、レオンはしばし沈黙したのち、低く答える。


「……断言はしない。ただ、もしも俺の予感が当たっているなら──あれは」


 その言葉に、レティシアの目が鋭く細められる。


「……」


 レオンは敢えて続きの言葉を飲み込んだ。ただ、遠くを見つめるように呟く。


「そうだとしたら……俺は、容赦しない」


 風が吹き、二人の間に冷たい沈黙が落ちた。

 ──その様子を、離れた場所からじっと見つめる一つの影があった。

 第一王子、ラグナル・エルダリオン。

 彼は愛馬の手綱を握りしめ、じっと砦の方角を睨みつけていた。


(前回の屈辱……必ず晴らす)


 喉の奥で呻くように誓う。自らの聖剣の柄に手を添え、ラグナルは心の中で嗤った。


(俺こそが正義だ。奴らがどう動こうと関係ない。〈暗黒騎士〉は、この俺が討つ。皆、それを望んでいる。俺が討てば、この国は俺の正義に従うしかなくなる……)


 誰にも聞こえぬ心の声は、既に狂気に近い執念を孕んでいた。


(レオンだろうが、何者だろうが関係ない。あれを斬るのは俺だ。正義は俺が証明する──)


 そして、再び進軍の号令がかかる。砦はもう、遠くない。

 戦いの火蓋は、確実に切って落とされようとしていた。

 再び馬蹄の音が大地を叩く。

 斥候の騎士が前方に影を落とす中、騎士団長を先頭に、五十騎の部隊は南へと疾走した。

 空は曇天に覆われ、重苦しい灰雲が低く垂れ込めている。湿った風が吹きつけ、遠くから焦げた匂いが鼻を刺した。

 レティシアがふとレオンの背から身を起こし、目を細める。風の流れに耳を澄ませるように。


「……見て、レオン。あそこ」


 彼女が指し示した丘陵の先に、黒煙が幾筋も立ち上る光景が広がっていた。それは砦の外周を囲むように、空高く昇っている。

 兵たちが思わず息を呑む中、レティシアは冷静に口を開いた。


「砦は……まだ落ちていないわ」

「……根拠は?」


 問いかけたのは騎士団長だ。彼は鋭い視線をレティシアに向けたが、敵意はなかった。ただ、事実を知りたいだけの目だった。

 彼はつい先日、騎士団長に就任したばかりだった。ちなみに前任者は、レオンを侮り、騎士たちが模擬戦に完敗したことで、王の不興を買い更迭されている。


 レティシアは静かに答える。


「風の精霊が教えてくれた。砦の中にはまだ“守りの気”が残ってる。絶望の風ではなく、必死に抗う者たちの意志──まだ踏み破られてはいない」


 彼女の瞳はわずかに青く光り、微かな風のざわめきがその言葉を裏付けるように木々を揺らす。

 騎士団長はわずかに目を細めると、重々しく頷いた。


「ならば、急ぐだけだな。時間との勝負だ、皆、遅れるな!」

「はっ!」


 兵たちが一斉に気合いを入れ直す。

 しかし、その号令の直後、騎士団長はちらりと後方の馬上──第一王子ラグナルの姿に視線を向けた。


(……殿下がおとなしくしていてくれればいいが……)


 ラグナルは険しい顔で手綱を握り、ただ砦を睨みつけていた。その瞳にあるのは、国を憂う騎士のものではない。屈辱にまみれた執念──まるで私怨そのものだ。


(私怨で動けば、戦場は崩れる。だが……)


 騎士団長は内心で息を吐いた。


(それでも、あれは王の血筋。下手に動けば、かえって王国の害となる)


 だからこそ、彼は自らの使命を心に刻む。


(私は、どちらの派閥にも与せぬ。ただ、王国を守るためだけに剣を振るうのみ)


 その信念を胸に、彼は手綱を握る手に力を込めた。


「進め!」


 再び馬蹄が鳴り響き、黒煙を目指して一行は加速する。

 騎士たちの間では緊張が高まっていた。誰もが分かっているのだ。目の前に待つ敵は、これまでの盗賊や蛮族などとは格が違う存在だと。


「……ひどい有様だな……」

「まるで、悪夢がそのまま現れたみたいだ」

「だが、俺たちは騎士だ。逃げるわけにはいかねぇ」


 低く交わされる声は不安に満ちつつも、同時に昂ぶりも含んでいた。


(皆、正体不明の敵──〈暗黒騎士〉に不安を抱いている。中には命を賭ける価値のある戦い──その熱に酔いかけている者もいるか)


 レオンは背中越しにそんな気配を感じ取りながら、視線は遠くの砦を捉えて離さなかった。

 黒煙が風に流される中、砦は徐々にその姿を現していく。

 周囲には焼け焦げた草木、倒れた木々。戦闘の痕跡は生々しく、進軍路にも炭のように焦げた槍や矢が無数に転がっていた。

 それでも砦の城壁は、まだ立っている。崩れかけた門扉に幾人もの兵が必死にしがみつき、内側から支え続けている様子が見えた。


「何とか間に合ったか……」


 騎士団長のその言葉を聞き、レティシアは再び風に語りかけるように目を閉じた。


「……砦の中、まだ戦ってる。傷ついた兵も多いけど、心は折れてないわ」

「なら、俺たちがやるべきことは決まってる」


 レオンは手綱を強く引き、馬をさらに進める。


(もし、俺の予想通りだったら……)


 風を切り裂く馬蹄の音。その先に待つは、死か生か。

 砦の戦場は、今、目の前だった。


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