表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/93

第7話  〈聖騎士〉の日々

 エリオットは、男爵家の嫡男として、日々の生活を送っていたが、その中で少しずつ変化を感じ始めていた。

 自分が〈聖騎士〉のスキルを授かると、次第に周囲の態度も変わり、以前よりも少しずつだが、周辺貴族との付き合いが増えてきたのだ。

 中でも彼が意識しているのが辺境伯爵家。その名はエリオットにとっても決して軽視できるものではなかった。

 ギルベルト・ヴァルツェン辺境伯爵は、王国の重鎮の一人であり、名高い〈剣聖〉のスキルを持っている。そのため、王国でも重要な役職を担い、特に魔の森の脅威に備える任務を託されている。

 アルテイル男爵家はその辺境伯爵家の寄子であるとはいえ、懇意にしているわけではなかった。だが、〈聖騎士〉のスキルを得たことで、エリオットにはある程度の影響力がついてきた。その結果として、伯爵家との繋がりも少しずつではあるが、今後は深まっていくだろう。


 エリオットは自分の肩に誇らしげに手を置きながら、自らの立場を再確認する。


「〈聖騎士〉か……」


 〈聖騎士〉というスキルは、誇らしいものであるとエリオットは思っている。事実その影響力を存分に感じていたし、あの辺境伯爵家すらも、自分に対して特別な興味を持ち始めるだろうと、勝手に思い込んでいた。〈聖騎士〉のスキル持ちとなった今、これから先の道は確実に広がるはずだと、胸の中で自信が湧いてくる。

 辺境伯爵家がいかに名家であろうと、それはエリオットにとってはただの一時的な繋がりに過ぎない。〈聖騎士〉という肩書きを得た自分には、もう遠慮は必要ない、自分が中央でのし上がるための踏み台に過ぎない、という思いが心の中で強くなっていた。


 よくもまあ、ここまで思い上がるものだと、レオンが聞いたらそう思うに違いない。高位のスキルを得たことで、エリオットの生来の傲慢さ、根拠のない自信は一層強くなっていたのだ。

 ただ、そんなエリオットも、あのレオンに関してはどうしても気になってしまう。あの無能な次男が、自分の目の前でいかに無力だろうと、どうしても心の中に抑えきれないわだかまりがあった。それが、時に苛立ちとなってエリオットを襲うことがある。

 エリオットはふと立ち止まり、視線を下に落とした。


「俺が〈聖騎士〉だということ、あいつは分かっているのか?」


 次男レオンの無力さを、心のどこかで愚弄してしまう自分がいた。しかし、もうそれに構っている暇はない。今は、〈聖騎士〉としての立場を利用していくことのほうが重要なのだ。

 今後の自分に、レオンが関わることはないだろうとエリオットは思う。しかし、もしあいつがまた何かしら面倒を起こそうとするなら──

 エリオットは一瞬、冷たい笑みを浮かべてその思いを飲み込んだ。

 これから自分の立場を確立していくには、まずは伯爵家との繋がりを強め、次に王国での地位を築くことだ。

 そのためには追放した無能な落ちこぼれなどに無駄に関わっている暇はないと、心に言い聞かせるのだった。


(俺は〈聖騎士〉だ。これから先、すべては俺のものになる)


 エリオットは自信に満ちた笑みを浮かべ、再び歩き始めた。


 エリオットは屋敷の訓練場に立っていた。木剣を手にしてはいるものの、その握りは甘く、構えも緩い。少し腕のあるものが見れば、まともに訓練をしてこなかったのが一目でわかるだろう。目の前の訓練騎士も微かに眉をひそめたが、何も言おうとはしなかった。他の訓練騎士が苦言を呈した翌日には、姿を消していたことがあった。不興を買って解雇されたのである。


「もういい、こんなもの実戦で使う場面なんてないさ」


 エリオットは特に気にする様子もなく、数合打ち合っただけで木剣を地面に突き立てた。

 “彼は戦場に立つつもりがないのだろうか”。訓練騎士は心の中でそう呟いたが、言葉にはしなかった。エリオットのその口調には、自信と慢心が1:9の割合くらいで入り混じっている。スキルを授かって以来、彼の中では“自分は選ばれし者”という意識がどんどん膨らんでいた。

 訓練──と言えるほどのものではない──の後も、エリオットはそれ以上、騎士たちとの稽古を続けることはせず、さっさと屋敷に戻って着替えを済ませ、客を出迎える用意をさせた。今日も近隣の他貴族との茶会があるのだ。


「貴族としての務めってやつを果たさないとな。ま、庶民やスキルなしにはわからないだろうけど」


 自分で言ってから満足そうに笑い、従者に上着の襟を整えさせる。エリオットにとって今や剣や戦場よりも、いかに上流階級の中で自らの価値を示すかの方がよほど重要だった。

 伯爵家の使者が来たと聞けば態度を改め、貴族の子弟が訪問してくれば上座を譲って歓待する。訓練場で汗を流すより、絹の上着に袖を通して賓客と杯を交わす方が〈聖騎士〉にふさわしいのだと、本気でそう信じていた。

 そう、スキルを得ただけで、自分はすでに“特別”なのだ――

 エリオットは、そう思い込んで疑わなかった。


 午後、隣領の上級貴族の子息たちが男爵邸を訪れていた。広間には高価な茶器と菓子が並べられ、エリオットは上座に腰掛けて客人をもてなしていた。


「〈聖騎士〉のスキルとは、実にお見事ですな、エリオット殿。これで男爵家も、より一層繁栄されることでしょう」


 侯爵家の分家筋にあたる青年貴族が、にこやかにそう言うと、エリオットはさも満足げに頷いた。


「ふふ、まぁ神が俺を選んだということさ。これからは中央に顔を出す機会も増えるだろうね。父上も、俺に期待してくれている」


 わざとらしくカップを掲げるエリオットに、周囲の若者たちは追従するように笑った。


「そういえば、辺境伯爵家からの使者も来ているとか。もしかして、何かお声が?」

「……まだ話せないが、伯爵閣下も俺の実力を大層評価してくださっているらしい」


 もちろん実際には、辺境伯爵が自分を特別扱いしたことなど一度もない。だがエリオットにとっては、そう信じ込むことで自分の価値を誇示するのが重要だった。

 彼はこのように、スキルを“名刺”代わりにして貴族社会を渡っていこうとしていた。

 訓練で汗を流す者を見下し、実力よりも血筋や格式で人を測る日々。


 周囲の貴族の中には、表向きは彼を持ち上げながら、内心では「スキルだけの〈聖騎士〉」と見下している者もいる。

 だがそれを表に出すことは決してない。せいぜいこの世間知らずな小僧を利用して、少しでも自分が甘い汁を吸ってやろうと考えている。

 それが()()()()()()()()だった。


 しかしエリオットは気づかない。持ち上げられていい気分になっている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ