第55話 新たな証言
襲われた村は放棄され、生き延びた村人たちは辺境伯爵領へと向かった。
別れ際、村人たちが口々に言う。
「俺たちはあんたたちに救われた。伯爵様のおかげで今後はどうにかやっていける。本当にありがとう」
「あなた達のおかげで心が折れずに済んだんです。この御恩は忘れません……」
レオンも村人たちを励ます。
「……あんたたちも辛いだろうけど耐えてくれ。伯爵がきっと力になってくれる」
村人たちを見送って、二人は再び街道を行く。
数日後、近くを通った旅人から、近隣の村が襲われたらしいという情報が入る。
「……また、村が……」
「ええ。でも、今度はなんとか避難できたみたい。まだ逃げ遅れた人がいるかもしれないけど」
短く休息を取る間も、レオンの瞳は冷えたままだった。
「よし……行くぞ。まだ助けを求めている者がいるなら、見過ごせない」
「当然。急ぎましょう」
二人はすぐに支度を整え、次の村へと向かった。
数日後、問題の村に到着した二人は、思わず足を止めた。
確かに村は襲われた痕跡を残していた。家屋は焼け落ち、土壁は煤けている。だが、最初に訪れた村のような無残な地獄ではなかった。
不自然なほど、被害は浅い。焼けた家も数えるほどで、死者は出たものの、村はまだ形を保っていた。
村の広場では、怪我を負った者たちが集まり、村人たちが懸命に手当てをしていた。
「……妙だな。最初の村とは、随分違う」
「ええ。襲撃自体も、手荒に家を燃やして逃げただけみたい……長居する気はなかったのかしら」
レティシアが呟き、村人に声をかけた。
「大丈夫ですか? 治療をお手伝いします」
「あなた方は……!」
村人は驚きつつも、彼女に助けを求めた。レティシアはすぐに傷の深い者から治療に取りかかる。
一方、レオンは村の家屋の倒壊した部分を見回り、まだ危険な場所を手際よく整えていく。
「レオン、あたしはこっちを頼まれてる。そっちは?」
「こっちは倒壊の危険がある。家屋の補強を先に済ませる。……治療が終わったら、避難できる者は外へ誘導してくれ」
「わかった」
二人は無駄な言葉を交わすことなく、それぞれの役目を果たしていく。
時折、村人の誰かが震える声で漏らす。
「……黒い恰好の奴らが、夜中に突然……」
「奴らは、家をほんの少しだけ燃やしてすぐ去ったんだ……何が目的なんだ……」
その言葉に、レオンは手を止め、わずかに眉をひそめた。
(……奴らは、最初の村とは違う行動を取っている。何か意図があるのか……?)
燃え残った家の壁を見つめる彼の瞳は、鋭い光を宿していた。
(次は……必ず尻尾を掴んでやる)
その静かな闘志が、再び燃え上がろうとしていた。
一段落ついた頃、レティシアが治療を終えた村人の一人──中年の男をそっと促した。
「落ち着いてきたようね。もし差し支えなければ、聞かせてほしいんだけど。……その夜、何が起きたのかを」
男は恐怖に引き攣った顔のまま、しばらく口を開けなかった。だが、レティシアの優しい声に少しずつ心を解きほぐされ、やがてぽつりぽつりと語り始めた。
「……あの夜は、妙に風が強かったんです。なんとなく嫌な予感がして外を見たら……もう、家の外で火が上がっていて……」
「襲撃は、やっぱり夜中だったのね?」
「はい……。黒い恰好の連中が、何人も村に入り込んで……でも、妙だったんです。家を数軒を燃やしただけで、すぐに引いていったんですよ」
レオンが鋭く問いかける。
「村人を追い回したり、傷つけたりとかは?」
「それはありました……確かに、何人も斬られました。でも、とんでもない殺戮じゃなかった。火を放って……それからすぐ、村の北側に向かって消えたんです」
「北側?」
男はこくりと頷く。
「はい。村外れの裏山の方です。道もないような獣道しかないはずなのに……まるで何かを避けるように、それも急いで……」
「よくわからないな……救援の動きでもあったのか?」
レオンの声は低く、静かだったが、鋭い推察の色を帯びていた。




