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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第53話 潜入

 王城地下、禁書庫“翠の間”は、結界と結界に重ねられた守護の魔術によって、百年の静寂を守ってきた。

 だがその夜、黒き影が禁域に忍び込む。


「侵入ルート、問題なし。時間は限られている、急げ」

「……扉は古式の結界術。鍵の刻印は第五世代のものだ。フォーラス、どうだ」


 低く、乾いた声。黒装束の一団の中で、魔道具を携えた瘦身の男が目を細める。


「五十七の符文が重層している。力押しは無理だ。……だが、道はある」


 フォーラスは短く詠唱し、魔道具に刻まれた古代文字を淡く光らせる。結界の構造にわずかな歪みが生じ、隙間が開いた。


「三分だ。あとは運次第だぞ」


 黒装束に身を包んだ三人が、音もなく暗闇に潜り込む。結界の節を見抜き、封魔陣の隙を突き、禁書庫の扉を開く。

 三人の〈黒翼〉工作員は音もなく禁書庫の奥へと滑り込んだ。棚は石でできており、空気には年月の重さが染みついていた。書物は封印布で包まれ、触れただけで霊気が流れる。だが彼らは迷わなかった。


 目的はただ一つ。

 ──〈門〉に関する禁書。


 それは〈始原の契約〉の巻物、あるいは〈顕現の指〉と呼ばれる禁断の預言書に記されていると、〈黒翼〉の上層は信じていた。

 だが──


「……ない」


 最奥まで探った。時間を惜しんで封印を強引に解いた巻物もある。だが、記されているのは神学、天啓、古代魔導の理論ばかり。


「〈門〉への言及が……一切ない……!?」


 フォーラスが顔を歪める。


「そもそも誤情報だったのか? それとも封印層のさらに奥に?」

「いや、違う」


 先導していた女の工作員が目を細めた。彼女の名はレイナ──〈黒翼〉の諜報分隊長の一人。


「この禁書庫には、本来存在するべき書物が“消えている”ようだ。封印の痕跡、収蔵棚の空間の乱れ……誰かが、それを別の場所に移した?」

「……王家が? まさか事前に察知されていたのか?」

「その可能性もある。だが間違いなく、〈門〉の鍵となる知識はまだ、この王国のどこかにあるはずだ」


 だがもう時間はなかった。禁書庫の気配を察知した守護騎士団が動き始めている。


「撤退だ。今は深追いできん。急げ。封印札を貼れ。痕跡を消せ」


 フォーラスが小声で命じるも、その刹那、警鐘が響いた。


 ──カン、カン、カン!


「見つかった!」


 守護隊の精鋭部隊が階段を駆け下りてくる。王城の深部では兵士たちの動きが慌しくなる。


「──侵入を確認。封印陣に変調。敵影、三名以上。武装は……不明」


 硬い声が響く。禁書庫を監視する守護隊が、結界の揺らぎに反応していた。


「戦闘態勢! 突破する!」


 レイナが短剣を抜き、炎の魔法を解き放つ。だが──

 守護隊は王家直属の実戦騎士たち。彼らの連携と装備は一級であり、〈黒翼〉の暗殺術を上回る力で迎撃する。


「ぐっ……ぁあっ!!」


 一人、また一人と倒れていく〈黒翼〉の影たち。咆哮と閃光が地下に響く。


「後退しろ、こいつらは“狩り”に慣れている!」


 レイナとフォーラスが、最後尾で仲間を庇いながら撤退する。レイナの左肩に槍が突き刺さり、彼女は血を吐いた。


「この程度……っ、まだ死ねない……!」


 地下道を駆け上がり、密かに用意していた脱出口へ飛び込む。追手の刃がその背後に迫るが──


「──〈影縫いの陣〉!」


 フォーラスが振り返って魔符を投げ、黒煙の罠を展開。一瞬、追撃が止まり、彼らは夜の闇へと溶けるように消えた。



 数日後、〈黒翼〉の本拠地──地下都市〈アブゼロス〉 

 黒羽ノ令嬢が、冷たい眼差しで二人の生還者を見下ろしていた。


「……戻ったのは、お前たち二人だけか」


 レイナは肩を負傷し、包帯が血で赤く染まっていた。フォーラスも顔に深い裂傷を負っている。


「はい。守護隊の迎撃は予想以上でした。我らが予測していた結界と警戒網とは、違っておりました」

「禁書は?」

「……見当たりませんでした。むしろ“あるべき禁書が、抜き取られていた”痕跡が確認されました」


 レイナが口を開く。目は血に濡れ、怒りよりも無念が滲む。


「禁書は、既に王城から移されていた可能性が高い。……誰かが、我々よりも先に動いていた」

「ならばその誰かが、〈門〉の真実に辿り着こうとしている……」

「……その可能性が高いのでは? ですが、その誰かが何を目的とし、どこへ持ち去ったのかは不明です」


 フォーラスの報告に、黒羽ノ令嬢が目を細める。


「構わぬ。禁書が移されたのなら、いずれその痕跡が現れる。〈暗黒騎士〉(エリオット)が混沌をもたらせば、やがて隠されたものも露わになる……」


 黒羽ノ令嬢は黙してしばし思案する。

 そして、ゆっくりと首を横に振る。


「我らの犠牲は無駄ではない。むしろ、これで新たな動きが出よう。……計画は予定通り続行する。──〈門〉は、必ず開かれる。次の段階に移行せよ」


 影の奥で、別の工作員たちが無言で動き始めた。


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