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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第52話 王都、非常事態宣言

 重厚な扉が乱暴に叩かれ、執務室の空気が一変する。


「失礼いたします、緊急の報せです!」


 駆け込んできた伝令の顔は蒼白だった。


 室内にいた宰相レオナードは、眉一つ動かさずに静かに告げる。


「落ち着け。報告を」

「は、はい……!」


 伝令は喉を鳴らし、手にした文を差し出した。


「北部街道沿いの街が、今夜未明に襲撃されました。街は壊滅、駐屯兵の大半が死亡……生き残った者の証言によれば──」


 一呼吸置き、伝令は声を震わせた。


「〈暗黒騎士〉が現れた、と……」


 その瞬間、室内の空気が凍りつく。


「……〈暗黒騎士〉だと?」


 宰相の声が低く、鋭く響く。


「一体何者だ? 詳細は?」

「全身黒の鎧、常人離れした膂力、漆黒の炎と凶刃……そして、奴の率いていた魔術師たちの規模も、尋常ではない、と」


 重苦しい沈黙が流れた。

 宰相は静かに文書を開き、目を通す。


「……魔物……いや、違うな……」

「なんでも妙な、禍々しい仮面を付けていたとか、そのような証言もあります」

「ということは、やはり人の仕業か……引き続き調査を」

「はっ」



「陛下、〈暗黒騎士〉と称される者の凶行が各地で確認されております。被害は甚大です」


 王は、重く沈んだ瞳で文書に目を落としながら呟いた。


「……まるで、意図的に“恐怖”を撒き散らしているかのようだな」

「間違いありません、陛下」


 宰相は低く答える。その声音は冷静でありながら、確かな緊張を孕んでいた。


「目的は単なる略奪や破壊ではありません。意図的に街を選び、見せしめのように壊滅させている……これは、戦略的な“示威行為”です」


 高官の一人が低く呟いた。


「……北部街道沿い。となれば、やはり“魔の森”の影響ではありませんか?」


 別の貴族がすかさず反論する。


「しかし、それならば辺境伯爵から報告があるはず。奴は慎重な男だ。異変があれば、必ず王都に知らせてくるだろう」

「だが、実際に街は滅んだのだ。〈暗黒騎士〉とやらが、森の奥から現れた可能性は否定できぬ」

「……魔物の暴走が起きたという報告は?」

「いえ、今の所は特にありません」


 重苦しい沈黙が落ちた。王はしばし瞳を伏せ、静かに呟く。


「いずれにせよ、“魔の森”との関連も含め、辺境伯爵に即刻照会を」

「ははっ」


 王は拳を握りしめ、歯を噛みしめる。


「我が王国の平和を脅かす者を放置はできぬ。だが、何者なのだ……」

「組織的な陰謀……恐らくは、闇組織と繋がる何者かでしょう。厄介な敵が潜んでいる以上、警戒を強めねばなりません」

「忌まわしい……まるで疫病のごとく、どこまでも国を蝕る……」

「陛下、早急に対策を。各地の警備を強化し、王都の守りも倍増させねば……」

「分かっている」


 王は深い溜息をつきながらも、強い覚悟をもって答えた。


「即刻、全軍に通達せよ。王都を中心に防衛線を敷け。各地の要衝に兵を配置せよ」


 王は冷静に情勢を見つめつつも、王都の守りに向け全力を尽くすべく、動き始めた。

 宰相は深く一礼し、静かに去っていった。


 王の命令は、即座に王都中枢を駆け巡った。

 各地の駐屯地や要衝への伝令が走り、騎士団は慌ただしく出征の準備を進める。

 夜更けにもかかわらず、王都の軍備区画は松明の灯りに包まれ、甲冑を打ち鳴らす音が絶えなかった。

 武具を身につけた兵たちが、次々と馬に荷を積み込み、隊列を整えていく。


「まったく……突然の出征命令とはな。相手は正体不明の怪物だと聞く」


 若き騎士が苦々しく呟いた。肩に掛けた外套を翻し、隣の同輩に目を向ける。


「恐ろしい話さ。〈暗黒騎士〉とかいう奴は、街一つを滅ぼしたとか……」


 相手は不安げに眉を寄せた。


「黒の鎧に、漆黒の炎……まるで童話の魔王じゃないか」


 しかし、別の男が低く笑った。


「だがな、それだけ強い相手なら、討ち取った時の手柄は計り知れんぞ? 王からの恩賞は確実だ。昇進も約束されたようなものだろう」

「……死んでしまえば、元も子もないがな」


 緊張と野心、恐怖と期待──それらが入り混じる中、各部隊は次々と王都を発っていく。

 甲高い角笛の音が、夜空に鳴り響いた。


 一方、王都内の守備部隊も動き出していた。城門の警備は三倍に増強され、城下町の巡回も隙間なく行われるようになる。

 衛兵たちは緊張の面持ちで槍を握りしめ、夜の闇に目を凝らしていた。


「……まさか、本当に王都に現れるなんてことは……」


 衛兵の一人が小声で漏らす。


「馬鹿なことを言うな。ここは王都だぞ。そう簡単に攻め込める場所じゃない」


 年嵩の兵が一喝する。


「だが、今度の相手は違う……普通じゃない」


 兵たちは口をつぐんだ。夜風が冷たく吹き抜け、松明の火が揺れる。

 不吉な予感だけが、静かに広がっていった。


 ──誰もが感じていた。

 これは、ただの反乱でも、盗賊討伐でもない。

 これから始まるのは、“戦”ですらない、未知の災厄との闘いなのだ、と。


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