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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第51話 襲撃

 エリオットは自身の変貌と遺跡での失敗以来、心の闇に沈みつつも、己の運命を呪い続け、常に破壊の衝動に包まれていた。

 〈暗黒騎士〉としての力を得たエリオットは、もはやかつての誇りも理想も捨て去り、王国の各地で〈黒翼〉の命令に従い、殺戮と破壊を繰り返す。

 村や街を襲い、騎士や民兵を無慈悲に屠るその姿は、暗黒の悪夢のごとく民の心に恐怖を刻みつける。


 そして今宵も──

 夜の帳が下りた頃、その街は静かな闇に包まれていた。

 だが、突如として地響きのような爆音が街を揺らす。


「──燃やせ」


 低く、凍てつくような声が響いた。エリオットの黒き甲冑が、月光を鈍く反射する。背には漆黒の大剣。邪神を模した仮面の奥、無表情な顔には、もはや人の温かみは微塵も残っていなかった。

 次の瞬間、彼に付き従っていた、黒装束の者たちの手から放たれた暗黒の炎が、街の広場に放たれる。

 それは赤くもなく、青くもなく、黒い光を帯びて蠢く炎。

 家々は音もなく燃え上がり、石造りの建物でさえ黒く崩れていく。


「か、火事だ!  火事だあああッ!」

「兵を集めろ!  急げ、敵襲だ!」


 混乱する住民たちの叫び声の中、駐屯兵が駆けつける。剣を抜き、盾を構え、必死に防衛線を築くが──


「愚か者ども」


 エリオットがゆっくりと剣を抜く。鈍い音とともに現れた漆黒の刃には、妖しく禍々しい紋様が刻まれている。

 その背後で、黒装束の魔法使いたちが一斉に詠唱を始める。彼らの口から紡がれるのは、呪いにも似た異形の言語だった。


「──黒雷よ、裂け」

「──影よ、喰らえ」


 空が裂けたかのように、黒紫の雷撃が兵士たちの頭上へ降り注ぐ。

 一瞬で盾ごと溶けるほどの猛雷。その雷は鎧の隙間を貫き、肉を焼き、骨を砕いた。


「ぐああああッ!  熱い、熱い……!」

「ぎゃああああッ!」


 さらに、闇の槍が幾筋も放たれる。槍は地を抉り、地面ごと兵士を飲み込み、影に変えて引きずり込む。地面からは呻き声とともに、黒い瘴気が溢れ出す。

 別の魔法使いは高らかに詠唱を終えると、両腕を大きく振り上げた。


「──腐蝕の雨よ、血潮を呼べ、すべてを蝕め」


 黒雲が広がり、ドロドロとした黒い雨が降り注ぐ。雨が触れた屋根は音もなく崩れ、兵士の皮膚はただれ、骨まで溶けていく。


「う、うわぁぁぁああああッ!!」

「やめろ、やめてくれッ……!」


 それでも兵士たちは戦意を失わず、必死に剣を握って向かってくる。しかし──


「弱い……これが、この国の“守り”か」


 エリオットが一歩踏み出す度、地面がひび割れ、黒い瘴気が足元に渦を巻く。


「た、助け──」

「──無駄だ」


 助けを乞う兵士の首を、冷酷に踏み砕きながらエリオットは冷笑した。

 その双眸は暗闇の奥で、赤く妖しく光る。

 街のあちこちで炎が上がり、魔法使いたちの咆哮が響き渡る。


「いいぞ、もっとやれ。焼き尽くせ」

「クク、了解です。エリオット殿!」


 暗殺者たちは影のように民家に潜入し、住民を次々と斬り伏せる。

 まるで死神の群れが舞い降りたかのように、街は絶望に沈んでいく。


 エリオットは静かに呟いた。


「恐怖を知れ……これが、我ら〈黒翼〉の力だと」


 その声は、街の隅々にまで響き渡るようだった。


 やがて、全てが炎と闇に飲まれた。

 ──それは、まさに地獄だった。

 街は既に炎に包まれ、崩れ落ちた建物の残骸と黒焦げの死体が積み重なる。

 遠くからはまだ、炎の爆ぜる音と、呻き声が微かに聞こえる。

 エリオットは、燃え盛る広場の中心に立ち尽くしていた。

 血に濡れた剣をゆっくりと納めると、無感情に部下へと命じる。


「……もう十分だ。引くぞ」

「まだ楽しめそうですが……いいのですか?」


 嗜虐的な笑みを浮かべる魔法使いが問うたが、エリオットは冷たく睨みつけた。


「無駄な消耗は許さぬ。次の“狩場”が控えている」

「……御意」


 すぐさま部下たちは動き出す。

 暗殺者は影のように消え、魔法使いたちは撤退の命令に従う。

 その中で、エリオットは最後にもう一度、燃える街を見下ろし、静かに呟く。


「恐怖を植え付けた……これで十分だ」


 黒き影に包まれた彼らは、瞬く間にその場から消え去った。

 ──そして、夜が再び静寂を取り戻す。


 数時間後。

 炎がようやく鎮まり、崩れた瓦礫の間から、呻き声とともに生存者たちが這い出してくる。


「……助かったのか、俺は……」

「誰か、生きてる奴は……!」


 駐屯兵の一人が、片腕を失いながらも必死に仲間を探す。

 住民も泣きながら、家族の名を呼び続けていた。

 惨状を前に、兵士たちは歯を食いしばり、声を震わせる。


「暗黒の鎧……何だ、あれは……」

「……まるで〈暗黒騎士〉だ……」

「ありえん……王国に、あんな化け物が……」


 絶望に打ちひしがれながらも、彼らは必死に動き始める。


「とにかく、急ぎ他の街へ避難しろ。王都にも報せを……!」

「このままじゃ、次はどこが襲われるかわからん……!」

「報告しろ……!  〈暗黒騎士〉が現れたと……!」


 それは、まるで呪詛のような声だった。

 その言葉は、やがて街から街へ、村から村へと伝わり、王都へと届くことになる──

 新たな災厄、〈暗黒騎士〉の名と共に。


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