第50話 襲われた村
エルフの里を後にして数日、レオンとレティシアは人里に近い街道を南へと進んでいた。森を抜け、緩やかに続く丘陵の道には、夏草が風にそよぎ、蝉の声が遠くに響いている。
昼過ぎ、ふと前方から幌付きの馬車が近づいてきた。荷を満載した商人の一行らしく、護衛の傭兵たちが警戒するように周囲を見回している。その様子にただならぬ気配を感じ、レオンは道の端に寄った。
(……ずいぶんと警戒しているな、何かあったのか?)
商人の男は疲れ切った顔で、泥まみれの衣服を纏っていた。馬車の車輪もどこか焦げたような匂いを漂わせている。
「そこのあなた方、旅の方か? もし南に向かうなら……止めておいたほうがいい」
「どういうことです?」
レオンの問いに、商人は肩を落として答えた。
「近隣の村が……襲われたんだ。小さな村なんだが、わしらもよく通っていた場所でな。まさか、あんなことになるとは……」
「襲われた?」
「……ああ。村は丸ごと焼き払われた。わしらも途中で逃げた者に会ったが、恐怖で何も話せる状態じゃなかった。それくらいひどい有様だったそうだ。他にも生き残りがいるのかどうか……」
レティシアが眉をひそめる。
「誰が、そんなことを?」
「それは……わからん。ただ、“黒い鎧を纏った怪物”が現れたって噂だ」
「黒い鎧……?」
一体何者だろう? 魔物だろうか?
「それで、村の場所は?」
商人は少し迷ったが、結局小さく地図を描きながら教えてくれた。
「行くのか? あそこは……もう、誰も助からんかもしれんぞ」
「……レオン、行くんでしょ?」
「当然だ。もし、生き残った者がいるなら、放ってはおけない」
その声は静かだったが、内に秘めた決意は重く鋭い。
レオンは礼を言って急ぎ足になる。レティシアもすぐに続く。
そして、日暮れが迫る頃、二人は問題の村に辿り着いた。
そこに広がっていたのは──地獄そのものだった。
焼け焦げた家々、倒壊したまま放置された建物。地面には黒く焼けた血と、倒れ伏した人々の亡骸。風が吹く度に、灰とともに鼻を突く腐臭が漂ってくる。
無惨な光景に、レティシアは思わず足を止めた。
「……ひどい……」
「……一体何があったんだ……」
レオンは村の中心部へと進む。足元に広がるのは、焼け焦げた土。まるで人間の形をした灰が、あちこちに残っている。
「まだ……誰か生きているかもしれない。手分けして探そう」
「うん……わかった」
二人はすぐに行動を開始した。レティシアは魔力探知の術を行使し、レオンは『空間感知』で気配を探る。
瓦礫をどけ、まだ息ある者を探す。
風の中に、微かな呻き声が混じった。
「……ッ、こっちだ!」
レオンは迷わず声の方に駆け寄る。
瓦礫の影、かろうじて生き延びていた少女が、弱々しく手を伸ばしていた。
「しっかりしろ。今、助けるからな」
レオンは躊躇なく手を伸ばし、少女を瓦礫の中から引き上げる。その身体はやせ細り、全身に火傷を負っていた。
「……たす……け……」
「もう大丈夫だ」
その声に、少女は涙を流しながら、微かに頷いた。
レティシアが駆け寄る。
「この子、生きてるのね……!」
「ひどい火傷だ、治癒を頼む! 俺は他を探す」
「わかった!」
レオンは再び燃え落ちた村を駆ける。
助けられる命を、一つでも多く──それが、今の彼にできる唯一のことだった。
結局、助け出せた村人は十人ほどに留まった。
その半数は、まだ幼い子供たちだった。
彼らは皆、恐怖に震え、何も口にできずにいる。
レオンは黙々と瓦礫を片付け、レティシアは治癒の魔法と薬を駆使して、負傷者の手当てを続けた。
魔法だけでは癒せない深い傷も多く、火傷の痕は癒えたとしても、心の傷は到底癒えるものではない。
やがて、ようやく落ち着きを取り戻した一人の老人が、震える声で口を開いた。
「……あの夜は、突然だったんじゃ。夜中、皆が眠っておる頃に……」
レオンが膝をついて老人の顔を見つめる。
「夜中……急襲されたってことか?」
「……ああ。あっという間だった。村の外れで爆発音が響いたかと思うと、もう火の海で……黒い恰好の奴らが、家々を焼き、手当たり次第に斬りかかっておった……」
レティシアが顔を曇らせる。
「黒い恰好……魔物じゃなさそうだね?」
「……数は?」
レオンの問いに、老人はかぶりを振った。
「正確にはわからん……だが、少なくとも十人か、それ以上はおった。中でも……ひと際恐ろしい奴が……」
「恐ろしい奴?」
「……仮面を付けておったんじゃ。黒い鎧に、禍々しい仮面を……あれは、もはや人ではなかった……。あの目……燃え盛るような紅い目が、闇の中で光っておった」
老人の声は次第に弱々しくなり、最後は震えながらうなだれた。
「……仮面をつけた黒い騎士か……」
レオンは低く呟くが、まったく心当たりがない。
魔物なのかと思ったが、仮面ならば人間という可能性もある。
「詳しい話は後にしよう。まずは安全な場所へ避難を」
レオンは立ち上がり、村の外れに残る森の避難所を指差した。
「このままでは、また襲われるかもしれない。すぐに動くぞ」
レティシアも頷き、少女を抱きかかえる。
「……村の人たちを、守らないと」
(……必ず、黒幕を突き止める。必ずだ)
誰にも聞こえぬよう、レオンは心の中で誓った。
燃え尽きた村の中、夜の帳が静かに降りる中で、レオンの瞳は鋭く光っていた。




