第5話 最初の依頼
レオンが掲示板の前で依頼内容をじっくりと見ていると、背後からひそひそとした話し声が聞こえてきた。
「……スキルなしだってよ」
「……まだ子供じゃねえか、大丈夫なのかよ」
その言葉は、レオンの耳にしっかりと届いた。彼は顔をしかめることなく、静かに掲示板の内容を見つめ続けたが、心の中で嫌な感覚がこみ上げてきた。
やはり、どこに行ってもスキルがない自分は、ただそれだけで見下される。自分の努力や可能性ではなく、ただ神から与えられた力がすべてを決める世界。それが、どれだけ不公平で冷徹なものかを再認識させられた。
(……聞こえているんだよね)
レオンは心の中で呟き、思わず肩をすくめた。しかし、すぐにその思いを押し込める。今は何を言い返しても意味がない。スキルを持っている者たちにとって、自分はただの見下される存在でしかない。だが、これ以上そんなことに、心を奪われるわけにはいかない。
レオンは無理にでも平静を装い、掲示板の依頼内容に目を戻した。どんな小さな仕事からでも始めなければならない。自分にはやるべきことが山積みだ。
「やるしかないんだ」
小さく呟いてから、レオンは掲示板の依頼一覧をしっかりと見つめた。どの依頼を選ぶべきか、そしてこれからどう進むべきか。スキルがなくとも、力をつけるためには歩みを止めるわけにはいかない。他人の声に惑わされることなく、目の前の現実をしっかりと受け止め、次の一歩を踏み出す覚悟を固めた。
レオンは掲示板の依頼をしばらく眺めていた。簡単な護衛の仕事や、獣の討伐、遺跡の探索といった内容が並んでいる。遺跡の探索依頼が掲示板に並んでいるのを見たとき、少し心が動いた。遺跡には未知の宝物や強力な魔法具が眠っているかもしれない、という思いが湧く。しかし、すぐにその気持ちを振り払った。
「今は、目の前のことを確実にこなさなきゃならない」
遺跡の探索は魅力的だが、危険も伴う。何より今の自分には、それを果たせるだけの力が備わっていないだろう。無謀に飛び込んで無駄に命を落とすわけにはいかない。レオンは一度深呼吸をし、掲示板の他の依頼に目を戻した。そう、冷静になるんだ。
次に目に止まったのが、狼の討伐依頼だった。小さな村の近くで狼が群れをなして人々を脅かしているという内容だ。討伐報酬は悪くないし、何より獣なら以前から森で狩った経験がある。狼との戦いは、今の自分にとって実力を試すのにちょうどいい機会だと感じた。
「これにしよう」
レオンはその依頼書を取り、受付に向かって歩き出した。依頼書を受け取った職員がレオンを見て、少し驚いたように眉をひそめる。
「狼の討伐ですか? 少し危険もありますけど、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。これで少しでも経験を積みたいんです」
レオンはしっかりと答えた。
職員はレオンの決意を感じ取ったのか、頷いて書類を手渡した。
「分かりました。では、準備を整えてから出発してください。道中気をつけて」
レオンは軽く礼をし、その場を後にした。心の中で少しだけ安堵の息を漏らしながらも、これから待ち受ける危険に備え、真剣に考えた。
「これが第一歩だ。必ず成功させて、自分の力を証明してやる」
その思いを胸に、ギルドを出ると、足りないものを購入するためにじっくりと街を探索する。その後レオンは宿に戻り、再度装備を確認した。そして夕食を摂り、明日の出発に備え、体調を整え、準備を万全にするため、すぐに就寝した。
◆
翌朝、レオンはまだ薄暗い時間に宿を出た。腰に剣を下げ、背には最小限の荷を背負っている。空は雲一つなく、東の地平から朝日が静かに昇ろうとしていた。
狼の群れが出没しているという村までは、街から半日ほどの距離だった。街道から外れた林道を歩くにつれ、人の気配は次第に薄れ、空気には湿った土と枯葉の匂いが混じるようになる。時折、遠くで鳥の鳴き声が聞こえたが、どこか落ち着かない静けさが漂っていた。
昼を少し回った頃、小さな畑と家々が点在する村が視界に入ってきた。木造の家屋が並び、村の中央には小さな井戸と集会所らしき建物が見える。人の姿はまばらで、どこか不安げな空気が漂っていた。レオンは集会所と思しき建物の前に立ち、扉を叩いた。
「……入ってくれ」
中からくぐもった声が返ってきた。扉を開けて中に入ると、年配の男が椅子に腰掛けていた。髪は白く、顔には深い皺が刻まれているが、目は鋭さを保っていた。
「失礼します。冒険者ギルドから来ました、レオンです。狼の件で、依頼を受けて来た者です」
レオンがそう名乗ると、男の表情が少し緩んだ。
「そうか、よく来てくれた。わしがこの村の村長だ。名をレオンと言ったな。ずいぶんと若いが……いや、若いからこそ、頼もしいもんだな」
村長は立ち上がり、奥の棚から地図のような紙を取り出して広げた。
「狼どもは、最近になって急に数を増やした。夜になると畑を荒らすだけでなく、家畜までやられている。村の者も外に出るのを怖がってな……」
指で示されたのは、村の西側にある小さな森だった。
「どうもこの辺りに巣を作ったらしい。追い払ってくれれば、それでいい。もちろん、討伐できるならそれに越したことはない」
レオンは地図を見つめながら、静かに頷いた。
「分かりました。できるだけ早く片をつけます」
「無理だけはするな。相手は群れだ。もし危なくなったら、すぐ戻ってきてくれればいい」
村長の言葉を背に、レオンは再び外へと出た。西の森へ向かう道を目で確かめながら、剣の柄に手をかけ、深く息を吸った。
「これが、僕の初めての依頼……やるしかない」