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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第49話 力を得て、なお届かず

 〈黒翼〉の秘密の地下聖堂には、幹部たちが集まっていた。薄暗い空間には蝋燭の赤い灯が揺れ、壁には古代文字と邪神の紋章が刻まれている。

 中央にはエリオットが跪いている。彼の顔は、かつての〈聖騎士〉の輝きを失い、憂いと怒りに満ちていた。彼の身体には邪神に捧げる黒き紋様が刻まれ、瞳は深い闇に染まっていた。

 その横には、彼の母──闇組織〈黒翼〉の幹部であり、エリオットをこの闇へ誘った女が静かに佇んでいる。彼女の眼差しは冷たくも優しく──ある種の歪んだ期待を込めて息子の変貌を見守っていた。


「これより、“転化の儀”を始める」


 闇司祭が低い声で告げる。エリオットの身体に刻まれた黒い紋様が闇の魔力によって浮かび上がり、邪神の力が彼の内側へと流れ込む。


「これが……新たな力……だと?」


 儀式は古代の禁術であり、純粋な光の力を闇へと変え、かつての〈聖騎士〉の魂を壊し、〈暗黒騎士〉として再生させる残酷なものだった。


「うぐあぁぁあああ!!」


 闇の力が肉体と魂を侵食し、彼の意志を蝕んでいく。だが、その奥底にはまだ、かつての〈聖騎士〉としての誇りが微かに残っていた。エリオットの絶叫が地下聖堂に響き渡る。


「抵抗しても無駄だ。お前はもう〈黒翼〉の意志の器となる」


 母は静かにエリオットの頬に触れ、囁いた。


「お前の力は私たちのもの。運命は我々が創る。父や弟のことは忘れろ。お前の使命はただ一つ──〈黒翼〉の闇を広げること」


 エリオットの目が赤く染まり、深い闇の光を宿した。その瞬間、彼の中の正義は崩れ落ち、邪神の力に魂を支配されていった。


 転可の儀式は三日三晩続いた。その間エリオットの心と体を闇が蝕み、全身を耐え難い苦痛が襲う。


「……は……が……運命……」


 その言葉は微かに震えていたが、次第に冷酷な決意へと変わっていった。

 儀式が終わると、エリオットはかつての誇り高き〈聖騎士〉ではなく、〈黒翼〉の〈暗黒騎士〉として生まれ変わっていた。

 その姿は王国に恐怖の影を落とし、彼の暴虐が始まることになる。



 エリオットは〈黒翼〉の指令で、“魔の森”の奥にある古代遺跡──〈門〉への接触と、封印された「何か」の解放を試みるため、術士と共に、密かに現地へと送り込まれた。


(これが〈門〉か。これが、あの“出来損ない”が入ったという……)


「……〈門〉の結界の解読はいまだ不十分なまま……。これは極めて古く、見たこともない複雑な結界だ。エリオット、今こそ〈鍵〉としてのお前の力を見せよ」


 術師が低く囁く。


「ふん、俺の力を借りるまでもないと言っていたはずだがな……まあいい。あの“出来損ない”が通れたなら、俺にできぬはずがない」


 エリオットは手をかざし、自らの内に宿る闇の力を解放する。紫黒の魔力が渦を巻き、解除術式へと注ぎ込まれた。術師も同時に詠唱を始め、儀式は進行する。


「開け……開け……〈門〉よ、この俺を受け入れるのだ!」


 しかし、結界は冷たく沈黙を保ち続け、力を吸収するどころか、逆に術式が彼らを押し返し始めた。


「ぐっ……逆流だと!? こんなはずでは……!」

「馬鹿な……俺の力は、あの“出来損ない”の比ではないはずだ! なぜ、開かぬ……なぜ、奴には入れて、俺には拒むのだ……ッ!」


 エリオットは激昂し、さらに魔力を注ぎ込む。だが、結界はむしろ激しく抵抗するように術師の魔力を逆流させる。


「無理だ、これ以上は……! このままでは我らの命が……!」

「黙れ……! 俺は、力を手に入れるんだ……! あいつを超える、絶対の力を……!」


 だが、その叫びも虚しく、結界は微塵も揺るがず、彼の魔力も尽き果てていった。

 エリオットは膝をつき、地に拳を叩きつける。


「……なぜ、俺の力が届かぬ……! なぜ、“あいつ”に入れて、俺には入れぬのだ……ッ!!」


 今度こそ力を手に入れたはずだったのに。

 彼の絶望と怒りに満ちた声は、冷たい石の遺跡に虚しく吸い込まれ、やがて森の静寂だけが戻った。


 彼が赴いた遺跡は〈黒翼〉が期待している〈門〉ではなかった。厳かに佇む古代の石造りの遺構は、確かに古代文明の遺産であったが、邪神の聖地でもなければ、邪神を呼び寄せる〈門〉でもなかった。だが、そのことを〈黒翼〉は──エリオットは知らない。

 直ちに、“遺跡の封印解除は失敗。我々が調査をしていた古代遺跡は、〈門〉ではないのかもしれない”、という報せが、本拠地に届く。 



 〈黒翼〉本拠地──地下都市〈アブゼロス〉の闇の会議室。

 冷たい石の壁に囲まれた空間に、重苦しい沈黙が漂っていた。蝋燭の灯りが揺らめく中、幹部たちの顔は険しく、誰もが口を閉ざしていた。エリオットの失敗は〈黒翼〉内部でも衝撃をもたらした。


「奴を〈鍵〉として使い、あの遺跡に接触させたが……結果は失敗だった」


 低い声が会議室に響く。


「まさか、あれほどの力を得たエリオットをもってして、封印が解けぬとは……」

「つまり、あの遺跡は──〈門〉ではないのか?」


 重々しい言葉が落とされた瞬間、幹部たちの間にざわめきが広がる。


「信じ難い……これまでの全ての調査は、あの遺跡こそ〈門〉と示していたはずだ」

「……誤報か、あるいは誰かが意図的に我らを欺いたか」

「馬鹿な、内部に裏切りが? いや、そもそも〈門〉とは本当にこの世に現存するのか……?」


 疑念と不安が交錯し、会議室は騒然とした空気に包まれる。


「静まれ!」


 黒羽ノ令嬢の一声で、場の空気が一気に引き締まる。


「……遺跡が〈門〉ではなかった、それは動かぬ事実だ。我らは認めねばならぬ。だが、あれほどの封印が施された遺跡、無意味なはずはない。むしろ、この失敗こそ、〈門〉への新たな道標とすべきだ」

「……確かに。今は焦る時ではない。我らは改めて〈門〉の正確な所在を探らねばなるまい」

「新たな調査班を編成し、全ての情報を洗い直せ。過去の記録も、失われた禁書もだ。王国の目を欺くための陽動も必要となろう」


 こうして、彼らは改めて慎重に、そして秘密裏に遺跡の真の謎を探ろうと決意する。彼らは新たな調査班を編成し、〈門〉の正確な所在と性質を探るための調査を再び始めた。

 同時に、エリオットには新たな命令が下される。


 ──新たな〈門〉候補の探索、そのための王国への陽動工作。

 これは、彼を再び“駒”として扱う意図にほかならなかった。

 こうして、〈黒翼〉は再び陰に潜り、次なる一手を練り始める。



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