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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第48話 洗脳

 エリオットの王国批判の争乱によって、王都は混乱し、王と宰相によって、密かに貴族社会と軍部の再編が進められる中、混乱の隙間に忍び寄る存在があった。


 エリオットの瞳に、かつての輝きはなく、冷たく深い闇が宿っていた。彼は王都での居場所を失い、焦燥と苛立ちを募らせ、王都の一室、薄暗い地下の隠れ家に身を潜めていた。

 レオンの排除に失敗し、領地も地位もすべてを失った彼の顔には疲労と焦りが滲む。扉の隙間から差し込む蝋燭の光が揺れ、不気味な影を壁に映し出している。


「レオン……め。あいつは、何の取り柄もないくせにッ。王国も、あんなただの無能をもてはやし、この俺を追い出しやがって。俺こそが優遇されるべきだというのに!」


 その怒りは、まるで心の奥の毒が広がっていくかのように、エリオットの身体を震わせる。


「俺を用いなかった王国の愚かさ……奴に、そしてこの腐りきった王国に、決して許されない報いを与えてやる!」


 突然、扉が静かに開く。そこに現れたのは〈黒翼〉の影の一族を象徴する黒いマントを纏った男だった。彼の顔はフードに隠されているが、冷たく鋭い視線がエリオットを貫いた。


「エリオット・アルテイル……王都を追放された貴公に、我ら〈黒翼〉が力を授けよう」


 男の声は低く、邪神を崇拝する者たち特有の冷酷さを帯びている。

 しかし、エリオットは〈黒翼〉と聞くと激昂する。


「貴様ら……俺の依頼はどうしたッ! 貴様らがさっさとあいつを──レオンを排除していればこんなことにはッ!!」


 フードの男はエリオットの激情を冷静に見つめ、低く囁いた。


「あれはお前の覚悟を問うたのだ。お前が我らの力を与えるにふさわしいか見極めるためのな」


 そして続ける。


「エリオット・アルテイル……お前の潜在能力は凡庸ではない。我らの力を借りれば、真の騎士になれる」

「その憎悪こそ、〈黒翼〉にとって最も価値あるものだ。貴公の怒りを力に変え、復讐を果たすのだ」


 エリオットの目が暗闇の中で炎のように輝いた。かつては弟への嫉妬に押しつぶされそうだった彼の心が、今、新たな力への渇望で満たされていく。


「我々は貴公の状況を把握している。今こそ力を手に入れ、弟への屈辱を晴らす時だ。〈黒翼〉は貴公に力を授ける。だが、その代償は大きいがな。すべては貴公の覚悟次第だ」


 エリオットはフードの男を睨みつけた。心の中には焦りとともに、闇に染まる誘惑の芽が静かに息づいていた。


「……ならば、その力を俺に寄越せ。俺の名を復讐の化身として王国の歴史に、いや、世界に刻み込んでやる」


 フードの男はわずかに微笑み、闇夜に溶けるように言葉を続けた。


「では、場所を移し、契約の儀式を始めよう。貴公の新たな道が、ここから始まる」


 エリオットは、フードの男の言葉を聞きながら、心の奥底で煮えたぎる憎悪を抑えきれなかった。

 その夜、エリオットの運命は暗い影とともに大きく動き出した──。



 エリオットは〈黒翼〉の男に導かれ、王都の闇に紛れた隠れ家を抜け出すと、夜の霧が立ち込める森の奥深くへと足を踏み入れた。やがて巧妙に偽装された、古びた石造りの迷宮が姿を現す。それが〈黒翼〉の本拠地──地下都市〈アブゼロス〉だった。

 重厚な扉をいくつもくぐり、中に足を踏み入れると、冷たい空気が肌を刺し、暗闇の中から無数の視線が彼を捉えた。廊下を進むと、一室の扉が開かれ、そこで彼は凍りついた。


「……母上……?」


 そこに立っていたのは、見たことがある女性の姿。忘れるはずもない、自分の母親だった。だが、その眼差しは冷たく鋭く、かつての温もりは微塵も感じられなかった。

 〈黒翼〉の幹部、黒羽ノ令嬢としての黒い装束に身を包み、周囲の闇に溶け込むその姿は、まるで別人のようだった。


「……嘘だろ……母上が……?」


 エリオットは声を震わせた。信じられるはずがない。

 エリオットが幼い時から、彼女は度々王都に来ていた。それは単に遊びに来ていたわけではない。すべては〈黒翼〉の幹部としての動きだったという事実。


「まさか……今まで、ずっと……俺を騙していたのか……!?」


 胸の奥が焼けつくような怒りと悲しみに満たされ、エリオットは叫んだ。


「なぜだ! どうして……どうして俺に隠していた!? 俺は……息子だぞ……! 家族じゃなかったのか……!」


 その問いに、母はまるで氷のように冷たい微笑を浮かべ、答える。


「騙していた? 隠していた? ……くだらぬことを。お前が知る必要などなかっただけだ。私にとっては、それだけのことにすぎぬ」


 エリオットは息を詰まらせた。母の瞳には、もはや息子への情など微塵もない。ただ冷徹な幹部としての意志だけが宿っていた。


「つまらない感情は不要だ。お前はただ、使命を果たせばいいのだ」


 彼女は一歩、エリオットに近づき、囁くように告げた。


「お前の憎悪と怒りは、我ら〈黒翼〉の力そのもの。……すべてを捨ててしまえ。そして力を受け入れるのだ。お前は選ばれし器……邪神の意志を継ぐ者として目覚めるべきなのだ」


 その言葉と同時に、室内の闇から複数の影が蠢き、エリオットを取り囲む。全て〈黒翼〉の者たち。無言の圧力が、息をすることすら許さないほどに重くのしかかる。


「さもなくば、お前はただの敗北者。……負け犬として、朽ちるだけだ。それもよかろう」


 母の冷たい宣告が、エリオットの心を容赦なく切り裂いた。



 薄暗い密室。冷え切った石壁に囲まれ、燭台の炎が揺らめく中、エリオットは独り膝をついていた。額に冷たい汗が滲み、心臓は激しく鼓動している。ここへ入れられてからもう七日になるのだが、彼はそれを知らない。


「お前は〈聖騎士〉のスキルを持ちながら、己の力を持たず、王国から見捨てられた哀れな男だ」


 闇のローブを纏った男の声は、甘くも冷酷だった。エリオットの胸を締め付けるように、言葉が突き刺さる。


「だがな、エリオット……お前には可能性がある。わしら〈黒翼〉の力を借りれば、お前の力は無限に拡がる」


 男は一枚の黒い石板を差し出す。それはただの石板ではない。刻まれた古代文字が微かに輝き、不吉な気配を放っていた。


「これを受け入れれば、〈聖騎士〉の枠を超えた力を手に入れられる。忘れるな、お前が失ったものは多すぎる。名誉も、力も、……」


 エリオットは震える手でそれを取ろうとするが、迷いが胸を締め付ける。


「だが、どうして俺が……」


 彼の声は弱々しく、どこか孤独だった。だが、男の言葉は容赦なく続く。


「誰もお前を救わない。お前が動かなければ、ただ堕ちていくだけだ」


 深い孤独と絶望の淵に追い込まれたエリオットは、やがて拳を固める。


「……わかった、力を貸してくれ」


 その言葉とともに、闇の契約が結ばれた。



 母親の冷たい視線がエリオットを貫く中、彼は薄暗い祭壇の前に立たされた。

 祭壇の上には、先程渡された古びた漆黒の石板と、奇怪な紋様が刻まれた銀の杯が置かれている。〈黒翼〉の幹部たちが静かに周囲を囲み、低く呪文を唱え始める。

 その声はどこか遠くから響くようでありながら、直接エリオットの胸の奥へと染み込んでくる。冷たくも淫らな囁きは、彼の深層心理に巣食う怒りや不安、孤独といった負の感情を増幅させ、やがてそれらは黒い炎のように燃え盛った。


 母親は手にした銀の杯を差し出し、言った。


「これを飲み、闇の力と一体となれ。お前の中の怒りを力に変えるのだ」


 エリオットが杯を口にすると、漆黒の液体が喉を通り抜け、体中に冷たく鋭い痛みが走った。次の瞬間、視界が歪み、闇の影が蠢く世界に引きずり込まれる感覚に襲われる。時間が経つにつれ、彼の意志は徐々に蝕まれていった。彼らは古代の呪文と闇の儀式を用い、エリオットの心を洗脳し始める。


「違う……俺は、俺は──!」


 抗おうとする意志がもがき苦しむ度に、深く潜む闇がその声をかき消した。過去の屈辱、レオンへの嫉妬、王国への憎悪──そのすべてが、今や無数の鎖となって彼の心を縛りつけていた。


 闇司祭が告げる。


「お前の怒りは無駄ではない。だが、その怒りだけでは世界は変わらない。真の力は、我らと共に歩む者にのみ与えられるのだ」


 呪文が繰り返されるたびに、エリオットの内なる声は薄れていき、代わりに冷酷で狡猾な闇の意思が入り込んでくる。彼は徐々に自分自身を見失い、母親の言葉が現実のすべてとなった。


「私はお前の母親。お前の憎しみを使い、邪神の計画を成就させる。お前が目覚めれば、すべてが変わるのだ」


 最後に、エリオットの瞳が深紅に染まり、微笑がその唇に浮かぶ。


「……わかっ……た……俺は……〈黒翼〉……の……刃に……なる……」


 その瞬間、彼の意志は完全に闇に染まり、冷徹な闇の意思に染まっていく。

 自我は薄れ、〈黒翼〉の一員としての新たな存在が生まれたのだった。



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