表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/176

第45話 二百年の時を超えて

 ──在る。そこに、圧倒的な存在が。


 開けた場所に出た。小さな泉が湧き、風がそっと水面を撫でていた。

 そして、そこに。

 一人の女性が、静かに佇んでいた。

 白銀の髪が風に揺れ、翡翠の瞳が水面を見つめている。その姿は、まるで時を超えた幻のようだった。

 レオンが気配を崩さぬまま近づこうとした時、彼女──リューシャがそっと視線を上げた。


「……誰?」


 その声は、澄んでいた。だが、どこか遠い。夢の底から響いてくるような、深い静けさがあった。

 レオンは立ち止まり、深く頭を下げた。


「私の名はレオン。辺境の地に生まれ、今は旅の徒。あなたに……リューシャ様に、お会いしたくてここまで来ました」


 リューシャの瞳が細められる。風が一陣、ふわりと二人の間を吹き抜けた。


「……どうして、私の名を知っているの?」

「かつて、あなたが共に戦った、オーソン・アークレインに仕えていた者から──セファルから、話を聞きました」


 その名を聞いた瞬間、リューシャの瞳にわずかな色が差す。


「……セファル。まだ在るのね、あの存在は……」


 その声には驚きではなく、懐かしさが混じっていた。

 リューシャはゆっくりと振り返り、レオンを真正面から見据えた。


「あなたが……新たな後継者、“マスター”?」


 言葉ではなく、その存在そのものを測ろうとするような視線。

 レオンは黙って、彼女の瞳をまっすぐ見つめ返した。

 やがて、リューシャが静かに笑った。ほんの、わずかに。


「……話して。あなたのことを。そして、オーソンやセファルが何を託したのか」


 風が木々を撫で、泉が静かにさざめく。

 時を超えた邂逅が、いま幕を開けようとしていた。



 リューシャの住まう小屋は、森の奥にひっそりと佇んでいた。木の幹を生かしたような造りは、まるで自然の一部のように周囲と調和している。部屋の中は簡素だが、精霊の力を宿した小物がいくつか静かに輝いていた。

 レオンは丁寧に頭を下げると、床に座った。リューシャは静かに向かい合い、その眼差しはまっすぐにレオンを見つめていた。


「話してくれる? あなたの歩んできた道を」


 レオンは深く息を吐き、ゆっくりと語り始めた。


「私は辺境貴族の次男で、妾の子です。神からはスキルを授からず、家族から冷遇され、ついには領地を追放されました。……その後、私は独り冒険者として生きることを決めました。それが十歳の時」


 彼の声に微かな痛みが混じるが、決意は揺るがなかった。


「冒険者としての活動を続ける中で、私はある古代遺跡の調査に志願しました。そして遺跡に招かれ、遺跡の最下層にある試練に臨みました。……その試練は非常に厳しいものでした。それこそ命がけで私は後継者の資格を得たのです」


 リューシャは微かに眉を動かした。興味を示しているのがわかる。


「その後、私は異空間に呼ばれました。そこは、オーソン・アークレインが隠れ住んでいた場所でした。そこで、不思議な存在セファルの手解きを受け、後継者となるべく五年余りの修行を積むことになりました」

「その修行に先立ち、私はオーソン・アークレインがかつて神に抗い、世界の在り方を変えようと戦ったという話を聞かされました。彼もまた、私と同じように運命に抗い、己の信じる道を歩んだ者であることを知ったとき、胸の奥に熱い共感が湧き上がりました。」

「彼はスキルも持たず、ただ人の力だけで神々に挑み、世界を救おうとしたのです」

「セファルの言葉は私の心に響き、あの日から、私は自分の決意をさらに固めて修行に励みました。誰にも縛られず、誰にも屈せず、自分の信じる道を進む。その思いは、オーソン・アークレインと同じだと確信していました」


 レオンは目を閉じ、過去の記憶を辿るように言葉を続けた。


「修行の中で、【原初の力】の扱い方を学びました。そして私はアークレインの家名を受け継ぎ、彼の遺志を継ぐ、第二の“マスター”となったのです」


 彼の言葉が終わると、リューシャは静かに頷いた。


「よくここまで辿り着いたわね……」


 深い敬意と共に、彼女の声は温かさを帯びていた。

 そして、リューシャの瞳が光を増し、部屋の空気が一瞬だけ変わったように感じられた。


「……あの人と、あなたが似ているというのは、精霊たちも感じていたわ」


 リューシャはゆっくりと目を閉じ、懐かしいものを思い出すように言葉を紡いだ。


「オーソンは、誰よりも不器用で、誰よりも強い心を持っていた。スキルもなく、魔法にも無縁だった彼が、どうして神に立ち向かえたのか、私たちは最初理解できなかった。けれど……」


 目を開いたリューシャの視線は、遠い記憶の彼方に向けられていた。


「彼の中にあったのは、決して折れない意志。誰かを守りたい、理不尽に抗いたいという──ただそれだけの、まっすぐな想い。それが、“持たざる者”たちの心を奮い立たせ、精霊すら心を通わせた。私はその姿を、誰よりも近くで見ていたの」


 リューシャの声は穏やかだが、その奥には揺るぎない熱があった。


「そして今、その光が、あなたにも宿っている」


 再びレオンを見つめるその瞳には、試すような色はもうなかった。ただ、過去と未来を重ね合わせるような深い感情があった。


「あなたが彼の遺志を継いだというのなら……私はあなたに渡すべきものがある」


 リューシャは静かに立ち上がり、部屋の奥へと歩み出した。

 リューシャは部屋の奥、苔むした棚のような場所の前で足を止めた。指先を翳すと、空間が微かに揺れ、見えない封印が解かれていく。淡く光る精霊の紋が浮かび上がり、それが静かにほどけると、小さな木箱が姿を現した。


「これは……オーソンが去る前に私に託していったもの。彼の記録よ。記憶と、そして意志を封じた、いわば『記録書』」


 リューシャはそれを丁寧に抱き上げ、そっとレオンの前へと差し出した。


「〈真なる記録アーカイヴ・ヴェリタ〉と名付けられたこの書は、いかなる記録書よりも遥かに正確。ただ、私にもその中身は分からない」


 レオンが驚いた表情を浮かべるのを見て、リューシャは小さく微笑んだ。


「開こうとしたことはあるわ。だけど、この箱自体が決して応じなかった。まるで、私では鍵にならないと告げるかのように……。オーソンは何も言わなかったけれど、私にはなんとなく分かるの。これは『後継者』にしか読めないものなのだと」


 彼女の視線が、レオンの目をじっと見つめる。


「つまり、あなただけが開ける。オーソンの遺志を継ぎ、第二の“マスター”と認められたあなただけが」


 木箱はひっそりと、しかし確かな重みを湛えてそこにあった。


「今はまだ、その時ではない。中には、世界の真実、神々が決して触れさせたくない秘密が眠っているのでしょう。……開く時は、おそらくあなた自身が感じるはず。書が応える瞬間が、きっと来る」


 レオンは黙って頷き、木箱に手を添えた。その感触は不思議なほどに暖かく、そして、彼を見つめ返しているかのようだった。


 レオンは言葉を選びながら口を開いた。


「一つ……お願いがあります。私は、これから世界の動きに抗わねばなりません。そのためには、エルフたちの知識と力をお借りしたい。……協力していただけませんか?」


 静かな部屋に、重みのある言葉が落ちた。リューシャは目を閉じ、しばし沈黙した。

 やがて、彼女はゆっくりと首を振った。


「すぐに応えることはできないの。……今の私には、もう森を導くだけの力も、立場もないから」


 その言葉は柔らかかったが、そこには確かな現実があった。彼女は既に隠者として過ごしている。今のエルフの里で、正式に動ける立場にはない。


「……けれど、代わりに──私の弟子を紹介しましょう」


 リューシャの声が少しだけ明るさを帯びる。しかしその奥には、言いしれぬ迷いと戸惑いがあった。


(本当なら他の子を紹介したいところね、でもあの子以上の使い手はいないし……さすがにあの子も常識が身についたと思いたいところだけれど……)


 リューシャはほんの一瞬、目を伏せた。


(……?)


「少し、問題のある子だけれど……実力に間違いはないわ、きっとあなたに力を貸してくれるはず……少し、いいえ、いろいろと、問題のある子だけれど……」

「何で二回言うんですか!? しかも悪化してる!?」


 さすがに黙っていられず、思わずレオンは叫んでしまった。


「まあ、大丈夫でしょう。これから案内するからついていらっしゃい」


 その言葉に、レオンは恐る恐る頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ