第41話 追放
若き貴族、エリオット・アルテイルの言葉は、もはや忠義や秩序の名を装っただけの“煽動”となっていた。
「王の御心が、あの男──レオンを容認するというならば、もはや我々は誰に仕えるべきなのだ!?」
「このままでは、貴族制度は崩壊する! 神に選ばれし我らが、スキルも持たぬ野人に跪くなど、狂気の沙汰だ!」
「王は神の御心に逆らうおつもりか! ならばこれを正さねばなるまい!」
王家への直接的な批判。
それはもはや、ただの苛立ちや嫉妬を超えて、王国の根幹を揺るがす“反逆の種”となっていた。
最初はさすがに貴族たちも遠巻きだったが、一部の若手貴族や、第一王子派の過激派が徐々に同調の意を示し始める。
やがて彼らの集まりは、ただの会合を越え、王家に対して「再考を求める」と称した“要求文”の草案作成にまで発展する。中には、
「このままならば、我らの正統性を守るため、剣を手に取ることもやむを得ぬ」
そう口にする者も現れた。
──武力による王家への対抗。
それは国家を根底から揺るがす危険な思想であり、未遂であっても決して見逃されるものではなかった。
王都の空気が、わずかにだが確かに、変わり始めていた。
その報告を受けた宰相レオナードは、静かに椅子を立ち上がった。
「──捨て置けぬな。もはや、言論の自由の範囲ではない」
彼は直ちに密偵を動かし、集会の記録、発言の証拠、関係者の証言を丹念に収集させた。
さらに、密偵は動きを見せ始めた貴族たちの拠点に潜入し、密会の場に居合わせた数名の若手貴族──主に第二子・第三子といった野心を抱いた者たちを、証拠と共に現行犯として拘束。地下牢に移送させた。
屋敷からは、王政批判の書状や、武具の不審な備蓄記録、レオンを誹謗中傷する怪文書の草案も発見された。
そして──
王都郊外にあるアルテイル家の別邸にて、エリオットは数人の同志と密談の最中だった。
彼の表情には確信があった。王家は手を出せない。グレイフォード公爵家が背後にある限り、自分の立場は保証されていると。
「……焦ることはない。我らがまとまれば、王家とて無視はできまい。いずれ第一王子殿下も、我らの言葉に──」
その瞬間、扉が破られた。重厚な鎧の音。武装した王都警邏団の精鋭──宰相直属の“影の衛士”たちが一斉に突入する。
「何の真似だ!? 誰の命令で──!」
エリオットが立ち上がり、怒号を上げる。しかし、彼の言葉を遮るように、一人の男が進み出た。黒衣に銀の徽章をつけた、宰相の密偵頭である。
「王命である。エリオット・アルテイル。貴殿を、王家への扇動と反逆未遂の容疑により、拘束する」
「──馬鹿なッ! 俺は貴族だぞ! 王に忠義を誓う、正当な──!」
「……それを決めるのは、貴殿ではない」
抗弁も虚しく、魔封の枷をかけられたエリオットは力を奪われ、為す術もなく拘束された。怒りに満ちた視線で部屋を見渡すが、味方だったはずの貴族の一部は怯え、視線を逸らす。既に風向きは変わっていたのだ。
「……っ、認めんぞ……王も、レオンも……貴様らも……!」
捨て台詞を残し、エリオットは衛士たちに連れられてその場を後にした。彼の背に、もはやかつての誇りと自信はなかった。
数日後、王宮の会議室にて、宰相はすべての資料と証言記録を揃え、王アルヴァン四世の前に差し出した。
「陛下。ご覧の通り、エリオット・アルテイルは王家の威信を貶め、王都貴族に対して明確な“扇動”を行いました。さらには、一部勢力において“武力による要求”すら議論されていたことが判明しております」
「……もはや見過ごせぬな。公然と王を批判し、貴族を煽るなど、いずれは火種となろう」
王は静かに宣言した。
「エリオット・アルテイルに対し、貴族身分の剥奪、アルテイル男爵家からの廃嫡、並びに王都追放の処分を下す。与した者にもそれなりの罰を与えよう。ただし……グレイフォード公爵家に関しては……動かぬ証拠がない以上、現時点では不問とするしかあるまい」
「ご英断かと存じます。公爵家を動かせば、王都全体が揺れます。……ですが、時が来たとき、必ず手を打ちましょう」
「だが、今のうちに釘を刺しておくのだ。他の連中にもそれとなく圧力をかけろ。反抗する者は容赦なく処分する」
王は視線を空へ投げた。
「王国に牙を剥くのが“身内”であるとはな。嘆かわしい……」
◆
王宮・大広間。処分が下される場としては異例の、厳粛な空気が漂う空間。
そこには、数名の高官と、宰相レオナード、そして王アルヴァン四世自身が居並んでいた。
王家への扇動と反逆未遂の容疑により、王都の屋敷にて捕らえられ、今は両手を縛られ、床に膝をつかされたエリオット・アルテイル。
金髪の若き元貴族の瞳には、恐怖ではなく、激しい怒りと憎しみが渦巻いていた。
「……ふざけるな……っ! 貴様らは、俺を──この俺を見捨てるのか!?」
誰にともなく怒鳴るその声が、大広間に反響する。
「俺は王国に忠義を尽くしてきた! 神に選ばれた〈聖騎士〉だ! なのに──なのに、なぜあんな“スキルなし”の、捨てられた子供に王国の未来を任せる!?」
レオンの名は出されなかったが、誰のことかは明白だった。
「俺が悪いのか!? 用いられなかった俺が!? ……違う……違うっ!! 俺を捨てた王国こそが、愚かなんだ! 貴族制度を守るための正義を貫こうとした俺をっ……!」
哀れにも、叫びは止まらなかった。
その姿に、宰相が目を伏せ、他の高官たちも息を呑む中──
玉座の上から王アルヴァン四世が、ゆるりと立ち上がった。
「──黙れ」
低く、冷たい声だった。
まるで、冬の夜風のように鋭く、感情のない音。
「そなたは、王国を想っていたのではない。己の誇りと、嫉妬と、野心に飲まれていただけだ。思い違いをするな」
エリオットが歯噛みする。
「な……!」
「スキルを持つ者であろうと、神に選ばれし者であろうと──王国を壊そうとする者を、我は容赦せぬ。それだけのことだ」
言い放つと同時に、王は背を向けて歩き出す。
その足取りは一切のためらいもなく、かつての〈聖騎士〉に一瞥すらくれなかった。
「……エリオット・アルテイル。貴族身分を剥奪し、アルテイル家より廃嫡。今後、王都への立ち入りを禁ずる。王国の名において、追放を命じる」
王命により処分が発表され、エリオットは拘束されたまま、正式に廃嫡と追放を言い渡された。
「俺を、見捨てるな──! お前たちの方が、間違ってるんだッッ!! このままじゃ、滅びるぞ……ッ! あんな奴に、王国は守れないッ!!」
背後で、エリオットの絶叫が響いた。
だが、その声が王の耳に届くことはなかった。
王は既に、大広間を後にしていた。
エリオットのかつての栄光も、期待も、王都に残ることはなかった。
グレイフォード公爵家は素知らぬ顔で静観を貫きつつ、裏で貴族たちへの影響力をさらに強めていく──
だが、レオンという「新たな秩序」の芽は既に根を張り始めていた。
今や、かつて彼を拒んだ王都の空気すら、徐々にその名を認め始めている。
そして、追放されたエリオットはどこへ向かうのか──




