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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第40話 扇動

 エリオット・アルテイルの名は、かつてないほどに頻繁に語られていた。

 各地の社交の場で、彼の言葉が熱を帯びて囁かれる。


「貴族の統制に従わず、王命を拒絶した男が、英雄と呼ばれてよいのか?」

「レオン・アルテイルは、第二王子派に取り込まれた傀儡ではないのか」

「王都の秩序を脅かす危険な存在だ」

「〈聖騎士〉エリオット殿が忠義のもとに敗れたというのなら、むしろ忠義こそが守るべきものだろう!」


 そして、貴族街の聖堂では──

 ある老神官が、慎重な口調で、だが確かに語った。


「我らが祈りを捧げる神は、正統なる血と正しき意思に祝福を授ける。秩序なき力、神に逆らう蛮勇には、いずれ裁きが下されよう」


 レオンの名は口にされなかった。

 だが、誰もがそれを指していることを理解していた。

 その渦中で、エリオットは高揚していた。

 自分が王都の中心で語られ、貴族たちから敬意をもって迎えられる感覚。

 彼の自尊心は確かに回復しつつあった。


(レオン……お前がいなければ、俺がすべてを手にできたはずだった)


 だが、今度は違う。

 王都には力がある。正義の名がある。そして、民を導く知恵ある貴族たちがいる。

 あの田舎者に、王都の政治は分かるまい。

 これこそが、自分の土俵──勝てる場所だ。

 そして、静かに策は進む。

 レオンの名は、徐々に「危険な異分子」として語られ始め、やがて──王都中枢に届く時が来る。

 その先に待つのは、王命か、それとも粛清か。



 陽が沈みかけた頃、貴族たちの私邸や社交場では、静かに、だが確かに“ある名”が囁かれていた。


「やはり、アルテイルの次男坊──レオンという男は危険すぎる」

「あのエリオット殿が直々に訴えておられるのだ。無視できようか」


 言葉を交わすのは、代々官職を務める中級貴族、名門を誇る老伯爵、聖堂と結びつきの深い聖職者の一族など、いずれも王都で一定の発言力を持つ者たちだった。

 彼らが問題視していたのは、表面上の“危険性”だけではない。

 それ以上に恐れていたのは、レオンの存在が貴族制度そのものに与える「異変」だった。


「スキルなしであれほどの力を持つなど、前例がない。我らの正統性が──“選ばれし血筋”という理が、揺らぐのではないか?」

「しかも、辺境出の捨て子同然の男が、王命に抗い、第一王子殿下を拒絶した……。これを許せば、下の者どもが増長する。いずれ王家の権威も危うい」

「反乱こそ起こしていないが……あれを黙認すれば、いずれ本物の“反逆者”となり得る」


 誰もが薄々理解していた。

 レオンの行動は、直接的には国家への敵対ではない。

 むしろ、結果として王国の民に安堵と希望をもたらしている。

 だが、それこそが厄介だった。

 ──“正しすぎる英雄”は、貴族にとって最も忌むべき存在だった。


「第二王子派の一部が、彼を推す声を上げているという話もある。まさかとは思うが……このまま放置すれば、立太子の場でも混乱が生じかねん」

「そうなる前に、芽を摘むべきだ。秩序を守るために、正義の名のもとに、王都から断を下すべきだろう」


 そんな中、エリオットが各地の集まりに顔を出し、静かに語る。


「貴族社会を否定し、神に背く者に、王国を託してはならないのです」


 その瞳には激情が宿っていたが、貴族たちはむしろその“忠臣”の姿に、自らを重ね、同情を重ねた。


「君は勇敢だ。……我らも、君と同じ意志を持とう」

「次に刃を向けられるのが、我らでないと、誰が言える?」


 やがて、いくつかの家系が水面下で連携し始めた。

 グレイフォード公爵を筆頭に、王妃派、王宮侍従長派、そして一部の聖職者会議もまた、レオンという“異分子”の排除に傾いていく。

 それは、かつて王国を支えてきた貴族たちの“安定のための反応”であり、自分たちの特権を守りたいだけの、新しい価値を拒む“古き体制の最後の抵抗”でもあった。

 そしてこの時、彼らはまだ知らなかった。

 レオンが、既にその枠組みの外に立ち、別の秩序を築こうとしていることを──



 重厚な扉の向こう、宰相レオナードの報告に、王アルヴァン四世は眉をひそめていた。


「……グレイフォード公爵が、かのアルテイル家の長男──エリオットと接触した、とな?」

「はい、陛下。確認できただけでも、王都滞在中に三度。直後より、レオン殿に対する風聞が急速に強まりました。特に、王都貴族の社交界では『秩序を乱す者』『貴族制度への脅威』との言葉が繰り返されております」

「……その先頭に立っているのが、エリオットというわけか」

「ええ。扇動まがいのことを口にしつつも、いずれも“忠義”と“秩序”を旗印にしており、明確な違法行為とは言い難い。グレイフォード公爵も、表立った動きは避けており、証拠と呼べるものは現時点では──ございません」


 王は椅子に深く身を沈め、思案する。


「第一王子の後ろ盾である以上、我らも強く出すぎれば、却って火種を撒く。……実に、厄介だな」

「同感です。……ですが見過ごせば、“民の英雄”を粛清したという印象が広がり、王家の威信を傷つけましょう。彼の名は、王都を超えて民草にも届き始めています」

「……ならば尚更、慎重にならねばな。あれは、もう単なる一兵ではない。王家の威信そのものに関わる男だ」


 王はしばし黙し、やがて小さく頷き、指示を出す。


「グレイフォード家はもとより、エリオットの扇動に与する者、賛同する者。貴族だけではなく軍人や神官も含め、すべて洗い出し、リストを作るように。この際王家に歯向かう危険分子を炙り出すのだ。レオンを利用してな」

「承知いたしました」


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