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第4話 新たな世界へ

 男爵家を後にしてから数日、レオンはひたすら歩き続けた。荷物は軽く、しかしそれでも一日の終わりには疲れがひどい。野営をして長時間、眠ることが多かった。

 野宿の生活は、寒さや孤独を感じさせるものだったが、それでもどこか心地よかった。糞みたいな家族から、そしてこれまでのすべての束縛から解放されたような気がして、わずかな安堵を覚える自分がいた。

 しかし、その弾んだ気持ちも長くは続かなかった。途中、何度か小さな村を通り過ぎたが、どこも貧しく生活に困窮している様子が見て取れた。これが、神に与えられた“選ばれた”世界なのかと、レオンは再び怒りを抱いた。


 そして、レオンはようやく辺境伯爵領に足を踏み入れる。


「これが……辺境伯爵領か、見事なもんだ」


 男爵家の領地とは違って、ここは大きな街が広がっていた。商業や農業が活発に行われており、街並みは整然としていて活気に満ちている。道行く人々も、家畜を引いた商人や、荷物を運ぶ騎士たち、普通の市民たちの顔もどこか安定しているように見える。

 レオンは思わず立ち止まり、目の前に広がる光景を見渡した。男爵家の領地に比べれば、その規模や栄え具合は雲泥の差だった。


「為政者次第で、ここまで違うものなんだな」


 いかに男爵領が貧しいか、それがよくわかった。父は一体何をやっていたのだろう?

 もし自分がここに生まれていたなら、どんなに違った人生を送っていただろうか。そう考えると、ますますこの世界が腑に落ちない。


 だが、とにもかくにも、先のことを考えねばならない。まずは宿を見つけようと思いなおし、レオンは安宿の看板が掲げられた一軒の宿屋に入る。宿屋の中は、薄暗く、雑然としていたが、それでも眠るには十分だろう。何より、しばらくは安い宿で落ち着けるだけでもありがたい。


「一泊お願いしたいのですが」


 宿の主人に金を渡し、鍵を受け取ると、階段を上って二階の部屋に入る。狭いが、寝るには十分だ。ベッドに身を投げると、ふと、今後のことを考えずにはいられなかった。


「これから、どうしようか」


 目を閉じる。

 家を出て、今、やっと自由を手に入れた。それは確かだが、だからといって、この先どうすればいいのかは分からない。どこかの軍隊にでも仕官して、地位を得るのか?それとも、冒険者として名を上げるか?

 しかし、どれも自分にとって意味があるのか、分からなかった。

 怒りの炎はいまだ消えない。

 だがその怒りは、単なる憎しみに変わることはないだろう。

 目の前に広がる選択肢に、何か新たな意味を見出すために、自分が進むべき道を見つけなければならない。


「とにかく、次はどこへ行くか?」


 独り呟きながら、レオンは再び天井を見上げた。考えがまとまらないまま、部屋の隅に置かれた簡素なランプを消すと、レオンはベッドに横たわった。


 窓の外からは微かに、通りを歩く人々の足音が聞こえる。

 不安と興奮が交錯する中、目を閉じ、深い呼吸を繰り返す。


(……明日は冒険者ギルドに行こう)


 冒険者として生きることは、決して簡単な道ではないだろう。しかし、今のレオンには他の選択肢がない。これからの人生をどう生きるか、どこで戦うか、それを決めるためにまずはギルドの門をたたくしかない。


(スキルがなくても、僕にも何かできるやり方があるはずだ)


 これから何をすべきか、何ができるのか。

 神に選ばれた者だけが道を歩むこの世界で、選ばれなかったものがどう生きるのか。

 それを証明するために。

 レオンは静かに瞼を閉じ、眠りに落ちていった。



 翌朝、レオンは朝早く目を覚ました。宿の薄いカーテン越しに、日の光がわずかに差し込んでいる。外は既に活動を始めているのだろう、通りのざわめきが遠くから聞こえてきた。

 目を覚ましたレオンは、しばらくベッドの上で考え込み、深く息を吐いた。


「よし。今日からだ。今日から新たな人生が始まる」


 昨夜、ギルドに行くことを決めた。冒険者としての道がどれほど厳しくとも、今の自分にはそれしかない。スキルを持たない自分が生きるために、この世界で何かを成し遂げるためには、力をつけなければならない。だが、まずはその一歩を踏み出すことだ。部屋を片付け、荷物をまとめると、レオンは軽く朝食を済ませ、宿を後にした。

 ギルドの情報は既に街中で耳にしていた。その場所は、街の中心から少し外れた場所にあり、冒険者たちが集まる拠点だ。だが、そこに足を運んだからといって、すぐに何かが変わるわけではないだろう。それでも、今はその一歩を踏み出すしかない。

 辺境伯爵領の街は、昨日の印象通り、活気に満ちていた。商人たちが声を張り上げ、家畜を引く者、道具を運ぶ者が忙しく動き回る。商店街を抜け、少し歩いたところに、冒険者ギルドの建物が見えてきた。

 建物は、町の中心から少し外れた位置にあり、木造の大きな建物だった。入り口には、軽装備をした冒険者たちが集まっており、ギルドの雰囲気がひしひしと伝わってくる。中に入ると、賑やかな声が響いていた。


「ここがギルドか……」


 レオンは少し緊張しながらも、足を踏み入れる。ギルドの中は、広くて開放感がある。壁には依頼掲示板が掲げられ、そこには様々な依頼が並んでいる。依頼の内容は、獣の討伐や盗賊退治、そしてもっと簡単な仕事もあれば、命を賭けたような危険な依頼もある。

 レオンはギルドの入り口で、まず受付のカウンターに向かった。中に入ると、忙しそうに書類を整理している若い女性職員がいた。おそらく彼女が受付なのだろう。彼女はレオンに気づくと、にこやかに顔を上げ、手を止めて話しかけてきた。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」


レオンは少し緊張しながらも、きっぱりと答えた。


「ギルドに登録したいのです」


 子供が冒険者に? とでも思ったのだろう。彼女は、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに落ち着いた様子で答える。


「新規の方ですね。登録には少し時間がかかりますが、まずはお名前と、どんな職業を目指しているか教えていただけますか?」


 レオンは深呼吸をし、答える。


「レオン・アル……えーっと、レオンです。……特に目指す職業は決まっていませんが、戦う力を身につけたくて。冒険者として活動したいと思っています」


 フルネームを言いかけてレオンは言葉を飲み込んだ。自分はアルテイル男爵家を追放された身であり、家名を名乗ることで今後何があるかわからない。余計な面倒ごとは、なるべく避けたいというのが本心。それに、もう、あいつらとは他人だ。


「レオンさん……ですね」


 彼女は書類に名前を記入しながら、少し考えた様子を見せた。彼女は優しく微笑んで、レオンを見上げた。


「戦う力を身につける……それでは、まずは基本的な手続きと、ギルド内での規約にサインしていただきますね」


 ギルドについて、依頼の受け方、完了報告の手続き、そして素材の買い取り。一通りの説明を終えると、彼女はふとレオンに質問を投げかけた。


「では、最後にお伺いしますが、レオンさんは神から授かったスキルはお持ちですか?」


 レオンはその質問に一瞬躊躇した。スキルの有無がこの世界での全てを決めると言っても過言ではない。だが、何も持たない自分が嘘をついても、何の意味もない。


「いいえ、スキルは持っていません」


 その答えを聞いた彼女の表情に、わずかに驚きの色が浮かんだ。しかしすぐに冷静さを取り戻し、優しく微笑む。


「そうですか。スキルを持たない方は少ないですが、それでも冒険者として活躍している方は大勢いらっしゃいます。スキルがない分、努力と工夫で戦う力をつけることが求められますね」


 レオンはその言葉に少し安心した。スキルがないことを気にしすぎていたが、これが現実であり、どんな状況でも前に進むしかないのだと改めて感じた。


「では、今後は経験を積んで、依頼をこなしていくことになります。まずは簡単な仕事から始めて、少しずつ自分の力を証明していきましょう」


 レオンは頷き、登録書類にサインを終えた。彼女は書類を受け取り、登録証を手渡す。


「これで手続きは完了です。レオンさんも冒険者として第一歩を踏み出しましたね」

「ありがとうございます。必ず活躍できるように、頑張ります」


 レオンはその言葉に少し力を込めて答えた。

 彼女はにっこりと微笑み、レオンに温かい言葉をかけた。


「決して焦らず、自分のペースで頑張ってください。冒険者としての道は険しいですが、あなたならきっと成長できますよ。ギルドのことや、依頼内容に何かわからないことがあれば、遠慮なく質問してください。これからよろしくお願いしますね」


 レオンは登録証を手に、掲示板の前に向かった。


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