表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/173

第37話 情報

 陽光が射し込む中、王アルヴァン四世と宰相レオナード、そしてレオンが向かい合っていた。

 王は背もたれに寄りかかりながら、静かに口を開く。


「……第一王子ラグナルが決闘を挑み、王妃カミラがその後、脅迫まがいの言葉を口にしたそうだな」


 レオンはわずかに表情を引き締めたが、すぐに静かな声で応じる。


「はい。ですが、私には想定の範囲内でした。特に問題にはしていません」


 その返答に、王の表情がわずかに緩む。だがすぐに、軽い溜息をついて言葉を続けた。


「だとしても……あれは王族として、いや、一人の人間として恥ずべき振る舞いだった。謝罪しよう、レオン。あのような無礼を受けさせたことを、王として、父として、心から詫びる」


(ここでレオンの機嫌を損ねるようなことはしたくない。繋ぎとめておかねばならない)


 レオンの目が、僅かに見開かれる。王の顔には誠実な憂いが宿っている──ように見えた。

 ──だが。


(詫び、ね……)


 レオンは、そんな王の言葉を受けながらも、どこか冷めた思考を抱いていた。


 第一王子の、年齢に似合わぬ子供じみた愚かな言動。

 王妃の“盤上の駒”発言に滲む歪んだ支配欲。

 だが──それらを、これまで放置し、増長させてきたのは誰か。

 目の前の、この王自身だ。

 確かに、この王はまだ“まし”な部類に入るのだろう。少なくとも、こうして謝罪の言葉を口にできるだけの計算高さはある。

 ……だが、それでも。


 当初、この王でさえ、レオンを“囲い込もう”としていた。地位や名誉を与え、王家の駒として使おうとする、そんな発想を隠そうとはしなかった。いや、それは今も変わらないだろう。


 本来なら見向きもしないであろう、スキルなし──“持たざる者”の存在。

 だが、その存在が予想外の力を得たことで、掌を返し、使い道を見出す。

 言い換えれば、力なき者は必要ない、ということ。それがこの世界の現実。

 目の前に座る王も、宰相も──本質的には、貴族や王族という枠から逃れ得ぬ者たち。

 “利用するか、されるか”の世界に生きる人間たちだ。


(まし、ではあるが……心から信用する気にはなれない)


 それでも、レオンは表情一つ変えず、丁寧に頭を下げた。


「……謝罪など、私には過ぎた言葉です。陛下がそこまでなさる必要はありません。それに、私の方こそ王妃殿下に対し、少々やり過ぎてしまいましたから」


 思わず反応してしまったとはいえ、テーブルや宝飾品どころか、部屋そのものを歪ませ、使い物にならなくしてしまったのだ。弁償など到底不可能である。責められて当然だろう。

 ──もっとも、敵だの駒だのと好き勝手に言われた手前、反省はしても後悔はしていない。

 王は静かに目を細めた。


「謝罪の必要はあるさ。第一王子は、剣の腕も学も足りぬうちから“王であること”ばかりを口にする。……あの母親に育てられた結果だ。レオン、お前のような者と出会うまで、我が息子がいかに浅はかな人間であるか、余も気付いていなかった」


 王は重く眉間に手をやり、静かに呟く。


「……王妃も同じだ。己の立場を振りかざし、お前のような若者を従わせようとする。まるで、この王国を自分の私物のように考えている」


 宰相が、目を伏せて苦笑を漏らす。


「陛下、これ以上申されると、侍女たちの噂の種が尽きませぬぞ」


 だが、王は小さく肩をすくめた。


「構わん。どうせ王宮など、常に誰かが聞いているものだ」


 そう言って、王は再びレオンに向き直る。


「……お前が断ってくれて、正直、内心では安堵した。あの二人の手に落ちたら、国がどこに向かうか分からぬからな」


(その通りだろうな)


 だがレオンは、王の言葉に反応することはなく、ただ黙って頭を下げる。


「……ありがとうございます。ですが、私はただ、自分の道を貫いただけです」


 王はふっと微笑み、静かに頷く。


「──愚息も、王妃も、いずれ自らの未熟さを思い知る日が来るだろう。その時に備えて、今は“本物”を傍に置いておきたいと考えている」


 その言葉に、レオンの感情が冷える。

 それは、信頼という名の重み──しかし、同時に別の鎖にもなりかねないものだった。

 結局「傍に置きたい」というその意志は、裏を返せば“繋ぎ留めたい”ということだ。

 それは、甘く響く期待でありながら、いつか無意識に“拘束”へと変わる。

 ──そんなことは、レオンには最初から分かり切っていた。


(……俺は、誰の鎖にも繋がれない)


 心の奥底で、冷たく断じる。

 王も、宰相も、今はまだ穏やかに接してくるだろう。

 だが──いざとなれば、この国もまた自分を縛ろうとする。

 善意であれ、悪意であれ、それは変わらない。


(ある程度の協力はしてやってもいい。だが、それ以上は──踏み込まない。踏み込ませもしない)


 どこまでも冷静に、自らの線引きを心に刻む。

 それが、レオンの選んだ“道”だ。

 だからこそ、レオンは微笑を浮かべる。

 穏やかで礼節を忘れぬ、けれど決して深入りしない距離感を滲ませながら、淡々と告げた。


「……陛下のご期待は、ありがたく承りました。ですが、私はあくまで私の道を貫く者。必要とあれば協力は惜しみませんが、それ以上のことはお引き受けできません」


 穏やかな声音だった。だが、はっきりとした拒絶の意志が滲んでいた。

 王はその言葉に、ふっと目を細めた。まるで何かを企むかのように、微かに笑みを浮かべる。


「……そうか。ならば、無理強いはすまい。だが、これだけは覚えておいてくれ。我が国はお前のような者を必要としているのだ。未来のためにな」


 レオンは静かに一礼した。


「心得ております」


 ──だが、その胸の奥には冷えた炎が揺れていた。


(王家の──お前たちのため、の間違いだろう?)


 宰相が空気を和ませるように口を開く。


「では、レオン殿。例の情報について話を進めましょうかな」



 そこは、王城の地下深く、限られた者しか入ることのできない秘蔵の書庫── “翠の間”と呼ばれる、王家と歴代宰相のみが使用を許された知の墓所だった。高い天井と石造りの壁には、古代の文様が刻まれ、光源は精霊灯だけ。冷気と静寂が支配する空間に、三つの影が静かに集っていた。

 王アルヴァン四世、宰相レオナード、そしてレオン。


「……さて、レオン。あの日申していた“情報”とやらを、今ここで明かしてもらおうか」


 王が口を開くと、書庫に反響が返る。

 レオンは深く一礼し、真っ直ぐに王と宰相を見た。


「ありがとうございます、陛下。私が知りたいのは──“この王国が把握している、エルフたちの隠れ里”についてです」


 王が椅子の肘掛けに手を置いたまま、短く問う。


「何の目的で?」


 レオンは簡潔に答えた。


「接触し、可能であれば協力を得たい。それだけです」


 王は一瞬の沈黙ののち、小さく頷く。


「確かに、王国はエルフたちの隠れ里の“おおよその位置”を把握している。だが、彼らは度重なる迫害を嫌い、他種族──人間に対し、完全に沈黙を貫いてきた。協力が得られるかどうかはわからんぞ? それに我らが一方的に踏み込めば、それは宣戦布告と取られかねん」

「ええ、それは理解しております」

「だが、お前が“個人”として動くのであれば、話は別だ。よかろう。この地より北東、〈霧の森〉の奥深く──“霧結界”と呼ばれる自然の迷域の向こうに、伝承上の〈緑影の里〉がある。そこに至るには、特定の精霊花と、ある旋律が必要とされている。……情報は後ほど書にて渡そう」


 レオンは深く頭を下げた。


「……感謝いたします」

「レオナード」

「はっ」


 宰相はゆるやかに椅子から立ち上がり、書棚の奥に隠された引き出しから、薄く装丁された古い手稿を取り出した。それは緑の革で綴じられた、小さな冊子だった。


「この中に、“道標”が記されている。……だが、その前に口頭で概要を伝えておこう」


 彼はレオンの前に立ち、低く、確かな声で語り始めた。


「〈霧の森〉の奥に広がる“結界領域”は、視界を奪い、方向感覚を狂わせる魔霧に満ちている。その中を突破するには、エルフ族が“鍵”として仕込んだ二つの要素が必要だ」

「まず一つは──“ミリュアの花”と呼ばれる精霊花だ。薄い銀青色の花弁を持ち、夜明け前の数時間にしか咲かぬ。この花を携えている者に限り、霧の中で精霊たちが道を示す。王国では〈北方巡礼者の丘〉の断崖で稀に咲くことが知られており、ごく少量を採取して保管してある」

「そしてもう一つ──“古代旋律〈風語りの詩〉”。これは、神代文字で記された旋律譜に基づいて、特定の笛で吹く必要がある。その音が霧の魔力を鎮め、エルフたちの結界をくぐるための“合図”となる。笛の音色は、外来の者が敵意なき証として用いるためのもので、旋律を誤れば──結界に拒まれ、二度と戻れぬ」


 宰相は手稿をレオンに差し出した。


「この中に、花の正確な描写と、旋律譜の写しがある。奏でるための“風笛”も、王室の宝物庫に一つだけ保管されている。 ……貸し出しの許可は、陛下?」


 王が頷いた。


「正式な許可ではない。……お前個人が動くという、そういう建前にしておく。だが、この件は王家の名誉にも関わる。……くれぐれも慎重に、な」


 レオンはその手稿を丁重に受け取った。


「ありがとうございます。必ず、無駄にはしません」


 ──霧に隠された古き民の里。

 禁じられた知と、忘れられた盟約の残響が、今再び、現世に姿を現そうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ