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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第31話 使者

 遺跡の調査報告を終えたのち、辺境伯爵の居城であるヴァルツェン城の一室を用意しようとの言葉を遠慮して、レオンはいまだ安宿に逗留し続けていた。

 幼少の頃よりほぼ何も与えられてこなかった身としては、豪華な部屋よりもこちらの方が気が休まるのだと、笑って辞退したのである。もっともそんなレオンに対してギルベルトは、実に何とも言えない表情をしていたが。

 一応、報告を受けた王都から、使者が来るかもしれないと言われていたので、次の目的のエルフを探す旅はひとまず延期になってしまった。まあ、用が済めばさっさと出かけるつもりではいる。


 木造の窓から差し込む夕陽が室内を赤く染める中、レオンは様々な思いを胸に椅子に座ってうとうとしていた。

 そこへ、来客を告げる声がした。思わず椅子から落ちそうになるのを、変態的な体幹の強さで堪えきり、入室を促す。紋章の入った正装を纏った使者が静かに入ってきた。


「はじめまして、レオン様、辺境伯爵閣下より、こちらにいらっしゃるとお聞きいたしましたので、参上仕りました。王都より正式な使者でございます」


 レオンはゆっくりと顔を上げ、使者を見つめた。


「王都からの使者……ですか。正直、本当に来られるとは思いませんでした」


 使者は礼儀正しく、しかし要点を外さず言葉を続ける。


「陛下、アルヴァン四世より、レオン様を王都にお迎えし、正式な地位と庇護を賜る旨の書状をお預かりしております」


(なるほど。辺境伯爵からの報告を受けてのことか。もう囲い込みに来たのか)


 レオンは深い溜息をつき、言葉を選ぶように口を開いた。


「俺、いや、私は、スキルを授からなかった、所謂“持たざる者”です。本来ならば、誰からもまともに評価されない存在です。それなのに今更……正直なところ、権力の枠組みに振り回されるつもりはありません」


 最近レオンは、それまでの僕というのをやめて、俺という様になった。年相応にしろとギルベルトに言われたのである。王国の正式な使者の前で使うべきではなかったのだが、うっかり心の声が漏れてしまったのだ。

 そんなレオンに大人な使者は動じることなく応じる。


「王の庇護とは、決して束縛ではありません。むしろ、国の力を得て、より大きな力を発揮できる場をお与えするものです」


(どう考えても束縛に決まっている。言葉は最初だけだろう)


 レオンは静かに視線をそらし、窓の外の夕焼けを見つめた。


「王に仕えることは、私の望みではありません。地位や権力に就くことも。“持たざる者”である私が望むのは、自分の力で自分の未来を切り開くことだけなのです」


 使者は一歩前に進み、書状を差し出す。


「しかし、国の未来にはレオン様の力が必要です。どうか、この書状をお読みいただき、王都へ……」


 レオンはじっと書状を見つめた後、ゆっくりと受け取った。


「国の未来に“持たざる者”の力が必要、などとはそう簡単に信じることはできませんが……。ですが、わかりました。書状は読みます。でも、私は誰かの駒になるつもりはありません。それだけは覚えておいてください」


 使者は深々と一礼し、静かに壁際に控える。

 レオンは、書状の文面を見つめながら、重く複雑な未来を思い描いていた。

 夕陽が傾き、部屋の影が長く伸びる中、二度三度と書状を改めたレオンは使者から手渡された書状を握りしめ、静かに呼吸を整え、重い口を開く。


「……王都への呼び出しには応じましょう」


 使者の表情がわずかに和らぐ。


「ありがとうございます。陛下も喜ばれることでしょう」


 レオンは鋭い眼差しで使者を見据えた。


「ですが、はっきりさせておきます。私は王国に生まれた民ではありますが、だからと言って期待に沿えるかどうかは保証できません。無条件に従うこともしません。私の道は、他の誰でもない、私自身が決めます。それを国王陛下にしっかりと伝えていただきたいのです。それを理解していただけるならば王都に参りましょう」


 レオンはくどいくらい念を押す。自分の意志が王に届くことを願って。

 使者は真摯に頷いた。


「その覚悟こそ、陛下が評価されたものです。どうか安全に、無事に王都までお越しください」


 レオンは立ち上がり、腰に差した剣を軽く握る。


「それでは王都へは準備が出来次第、近日中に向かうことにいたします」


 使者は再び深々と一礼し、静かに退出した。


 レオンはセファルに言われたことを思い出していた。


『あなたが表に出れば、必ず世界は動きます。力を求める者、恐れる者、歪めようとする者が現れる。かつての“マスター”がそうであったように……』


「……セファルの言う通りだな。恐らく王都に行けば、今まで以上に様々な悪意に晒される。自分を利用しようと考える者もいるだろう。しっかり見極めないと……」


 窓の外に広がる茜色の空を見つめながら、胸の中で静かに決意を固めていた。



 数日後の夕刻、使者は旅塵を払う間もなく、謁見に臨んでいた。


「……戻りました。レオン様より、呼び出しには応じる旨の言葉をいただきました。近日中に王都へ向かわれるとのことです」


 報告を終え、深く頭を下げる使者。玉座に座るアルヴァン四世は微笑を浮かべ、静かに頷いた。


「そうか……よくぞ言を得た。ご苦労だった」


 その横で控える宰相レオナードは、目を細めながら問いかける。


「レオン殿は、何か他に言葉を?」


 使者は慎重に言葉を選びながら答えた。


「はい。“自分は誰かの駒になるつもりはない。自分の道は自分自身が決める”と、繰り返し述べておられました。国王陛下にも、その意を必ずお伝えするようにと……」


 玉座の前で、一瞬の沈黙が流れた。

 アルヴァン四世は笑みを深め、玉座の肘掛に手を置いた。


「ほぅ……ずいぶんと強気だな。我が国の民であるならば、国に尽くすのが忠義であろうに」

「陛下」


 宰相が静かに口を挟む。


「臣として迎えるには、少々手強すぎる者かと。無条件に従順な者ではないということでしょう。御するにも何か手を考えませぬと」

「わかっている。褒美を与えることは当然だが、その内容だな。与えること過分であれば、周囲が不満を持つであろう。しかし過少であれば本人が納得すまい。その辺の匙加減が必要だ。レオナードはどう思う?」


 宰相は眉を上げたが、やがて諦めたように小さく息を吐いた。


「……まったく、面倒なことを押し付けなさる。あの少年、いや青年が、王都に来れば──王宮も、議会も、確実に揺れるでしょうな」

「その揺らぎの中からこそ、新たな秩序が生まれる。……彼は風だ、レオナード。辺境の、誰にも見出されなかった風。だが今や──その風は、嵐の予兆だ」

「……王家のために吹く風であってほしいと願うばかりですな」


 使者がそっと再度一礼した。


「他にも、気になる点がございました。彼の眼差し──まるで、すべてを見透かすような静けさでした。恐れも奢りもない。ただ……何かを測っているような、そんな瞳でした」


 王はゆっくりと立ち上がり、謁見の間の奥にある窓へと向かった。茜に染まりゆく王都の空を見上げる。


「力だけではなく、その意志も強固と言うわけか……。確かに従順ではないかもしれぬが、それだけに何としても手中に収めねばなるまい」


 宰相もまた、王の背に視線を向け、静かに呟いた。


「左様ですな。他国に流れるようなことがあれば面倒です。では、褒美の内容を考えることにしましょう」


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