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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第30話 報告と思惑

 陽が傾き始めた頃、政務の場である「白金の間」から、特別文書が王の執務室に届けられた。

 王アルヴァン四世は、金糸を織り込んだ王衣を纏い、辺境伯爵ギルベルト・ヴァルツェンより届けられた、重厚な書面を手に目を通していた。

 隣に控えるのは老宰相レオナード・セラフィム・グランディウス。

 この国の内政と軍事の両輪を担う、冷静な智将だ。


「……なるほど。辺境で“追放された子”が生き延び、遺跡の調査を果たし、ギルベルトを凌ぐ力を持って帰還した、か。にわかには信じがたいが……ギルベルトが認めているのか」


 王は一度だけ書面から目を離し、窓の外に視線を移した。


「この“レオン”という少年……かつては“スキルを持たぬ役立たず”と言われていたというが……それがまさかここまでになるとはな。事実だとすれば実に面白い」


 宰相が静かに口を開く。


「むしろ問題は、その逆ですな。〈聖騎士〉のスキルを有しながら、民心を得られていない者が一人おります。アルテイル男爵家の嫡男、エリオットです」


 王は小さく鼻を鳴らす。


「〈聖騎士〉のスキルを授かったと、一時は持て囃されていたわりには、武功も名声も追いついていない。戦地にもほとんど赴いておらぬと聞いている。……見掛け倒しか」

「実際、辺境の民からは『横暴で、陰湿な男』とする証言が複数ありました。追放劇の首謀者も彼である可能性が高いと、ギルベルト殿の報告にはあります」

「……」


 王は報告書を閉じた。目を閉じ、しばし黙考する。


「……正直なところ、この国は“スキル至上”に傾きつつある。血統と貴族制度という我が国の体制を考えれば当然のことだろうが ……持たぬ者が、努力と意志でそれを凌駕したというのなら、それは我が王国、ひいてはこの世界そのものの在り方を問う結果となるだろうな」


 宰相は頷いた。


「民は、英雄譚を欲しております。生まれの低い者が、力を得て帰還した……という話は、貴族よりも民衆の胸を打つ。王国全体に波紋が広がるのは時間の問題です」


 王はふっと笑った。


「しばらくは静観するしかあるまいな。だが、アルテイル家には何らかの“処置”が必要となるだろう。 ……これ以上、腐った木が根を張るのを放っておくわけにはいかぬ。他の貴族に対する牽制になろう」

「は」

「そして──その少年レオン。興味深い。真に力ある人物であれば、しかるべき場で迎え入れることも考えねばな」


 宰相は慎重な口調で言葉を継ぐ。


「……ただし、あまりに急速に力を得た者には、裏があることもございます。調査は怠りなく行うべきかと」

「当然だ。だがもし純粋に実力でのし上がったのなら……スキルを持たぬ者たちの“希望の象徴”となりうる。先も言ったが、愚かな貴族に対する有効な駒となろう」


 王は玉座から立ち上がり、重厚なマントを払った。


「それほどの者ならば王家の威信のために役立つであろう。貴族どもの反発はあろうが使い方次第ということだ」


 宰相は深く頭を下げた。


「御意に」


 その日、王城の奥に、一人の少年の名が刻まれた。

 それは、やがてこの国の運命に深く関わっていく名──

 “レオン”。



 そして数日後。

 辺境伯爵ギルベルトからの報告を受け、王国の政務会議が開かれた。

 宰相レオナードの司会で、王国の重臣や軍司令官たちが集っている。

 王アルヴァン四世は玉座に座り、重い口を開いた。


「アルテイル家に対しては、領内における政治活動および軍務での権限を一時的に制限する。だが、貴族としての地位は維持する。長男エリオットに関しては、けん責処分とし、王都での公式行事や軍務への参加に制限を設ける。これが今回の裁定だ」


 若手将軍の一人が声をあげた。


「陛下、その処置はやや甘いのでは?」

「仮にも〈聖騎士〉のスキルを有する男だ。今後の政治的な波紋も考慮し、過度な処罰はかえって国に混乱を招く。暫定的な措置としては妥当であろう」


 宰相が冷静に応じる。


「……だが、アルテイル家の評判が地に落ちることは確かだな。貴族間での支持はおろか、軍部でも彼らに対する信用は失われることになるだろう」

「まあ、これまでも大して評判はよくなかった、というのが正直なところではあるが……」


 高位スキルを持ちながら、大した功績も上げていないエリオットは、貴族間でも軍部でも評価は低かった。当然だろう。


 その一方で、話題は「レオン」へと移る。


「だが、このレオンという若者は、この国の希望とも言える存在だ。スキルを持たない者が、五年でこれだけの力を得たことは、まさに奇跡と言える」


 別の貴族が眉をひそめる。


「だが、我々には警戒も必要だぞ? この国の基本的な制度が損なわれる可能性もある」


 軍司令官の一人が厳しい声をあげる。


「突然現れたよくわからぬ若者に、王国の未来を委ねてよいのか?  彼の真意や忠誠心はまだ計り知れぬ」


 王はそれらを静かに聞きながら、やがて言った。


「彼には、国王の庇護と指導を与えよう。囲い込むことで、彼の力を国のために役立てるのだ。だが、我々の眼は常に彼を見据えねばならぬ。裏切りの芽を摘むためにも」


 宰相が頷いた。


「陛下、その方針でよろしいでしょう。今後の動向を厳重に監視しつつ、必要に応じて支援も惜しまぬ。レオン殿は王国の重要な駒となるでしょう」


 議場には様々な意見が飛び交った。

 一部の若手貴族や改革派は「新たな時代の象徴」としてレオンを歓迎し、他の旧来派や保守的な将軍は「不確定要素」として警戒する。

 王は視線を鋭くし、最後に言い放った。


「王国は常に変化し続ける。強き者は称えられ、弱き者は淘汰される。だが、民の心を掴む者だけが、真の王国の未来を紡ぐことが可能なのだ」


 会議は閉幕し、議場を後にする者たちの顔には、それぞれの思惑と憂慮が交錯していた。

 レオンの名は、王都に深く根を張り始めた。

 その光は暖かくもあり、また冷たくもあった。



 王国騎士団長セルヴィウスは、重い鎧を身に纏いながら、表情を険しくした。


「レオンという者は確かに強いらしいが、騎士団の精鋭に伍するにはまだまだだ。彼の力がスキルによらぬものであるなら、何か秘密があるかもしれん……王の考えは理解しているが、我々軍はあくまで国の防衛を担う。未知数の者を過剰に持ち上げるわけにはいかぬ」


 彼の視線は、軍司令部の広間を見渡しながら、警戒を滲ませていた。

 配下騎士の一人が提案する。


「セルヴィウス様。例えば騎士団の代表との模擬戦を申し付けるのはいかがでしょうか? それならば実力が客観的に判断でき、同時に我々の疑念もある程度は和らげられます。その少年が本当に我々よりも強いのであればそれでよし。弱ければ元に戻るだけのこと」

「そうだな、それならば……」


 セルヴィウスの顔に微かな決意が浮かぶ。


「スキルも持たずに、〈剣聖〉を超えるなど、冗談も甚だしい。模擬戦で化けの皮を剥いでやるとするか」


 騎士の一人、ヴォルフ・レイナートは終始無言だった。

 彼は辺境出身であり、騎士になりたての頃は辺境伯爵領に赴任していた。そこで辺境伯ギルベルトに剣の腕を見出され、存分に鍛えられたのち、王都の騎士団に推薦されたのである。

 それだけに、周囲の言葉には、いかがなものかと疑問を抱いていたが、これといって意見を出すことはしなかった。無理に波風を立てる必要はないと判断したのである。


(あの、〈剣聖〉ギルベルト閣下が認めておられるのだ。閣下を超えるかどうかはさておき、その実力に間違いはないのだろう。……あまり相手を侮ってこちらが恥をかかねば良いがな……)



 数日後、王城の会議室では、貴族や軍幹部、重臣たちが一堂に会し、レオンの扱いについて激しい議論が交わされていた。

 王アルヴァン四世が、静かに言葉を切り出す。


「我が国の未来を担う者として、レオンには期待している。彼の力はただの偶然や幻影ではない。真摯な努力と強い意志によって得られたものだ」


 その言葉に、グレイフォード公爵が即座に声を上げた。


「陛下、そのお考えは理解しますが、我々には確かな証拠が必要です。噂や王の直感だけで国の安全を預けるわけにはいきません」


 ライエン侯爵も続く。


「王国の安寧を守るためには、彼を正式にこの王都に呼び出し、力を目の前で証明させるべきです。曖昧なまま放置するのは危険です」


 騎士団長セルヴィウスも頷きながら言う。


「軍としても、彼の力量を直接確かめる機会が必要だ。剣を交え、戦術を確認し、真の強さを測らねばならぬ」


 王は一瞬だけ沈黙し、深く息をついた。


「分かっている。余は何も無条件で信頼しているわけではない。だが、扱いは慎重にすべきだ。彼の成長を妨げず、また国の不安を煽らぬよう配慮しなければならぬ」


 反対派はそれでも警戒を解かず、なおも厳しい視線を王に向け、口々に大なり小なりの不満が漏れだす。それを見た宰相が、目くばせで王に会議の終了を促す。

 議場を出る者たちの間に、不満と緊張の波紋が静かに広がっていた。


 玉座の間ではアルヴァン四世が静かに言葉を紡いでいた。


「ふん、予想通り、貴族や騎士団が反発してきたな。確かに、スキルを持つ者としては、そう簡単に受け入れることは出来ないだろう。だが、スキルがどうのこうの以前に、レオンという新たな力を囲い込むことで我が国の戦力が増すのだ。それだけでも彼には国の未来を背負わせる価値がある。それが貴族や頭の固い軍人にはわからぬのだ」


 宰相は静かに頷く。


「陛下のご判断は正しい。王国は長き平和に慣れ過ぎました。近隣諸国のことを考えれば、有効な戦力となる者は確保せねばなりますまい」


 王は窓の外、遠く見えないはずの魔の森を見据えた。


「ただし、過信は禁物。監視を怠らず、慎重に進めることだ」


 こうして、王都は表向きには穏やかな空気を保ちつつも、裏では権力者たちの思惑と不安が渦巻いていた。


 レオンの名は、強く、そして危うく、王国の中心に響き始めていた。

 そしてレオンの名は、再び王都を揺るがすことになる。


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