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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第28話 辺境伯爵の怒り

 ギルベルト辺境伯爵は、静まり返った執務室で重苦しい空気を纏いながら、アルテイル男爵親子──父エドワードと嫡男エリオット──を迎え入れた。彼の鋭い眼差しは、正面に座る二人を貫くように見据えている。壁に掛かる剣と盾が、無言の威圧を添えていた。

 二人はいかなる用件で召喚されたのかわからないまま、若干不安げな様子で入室してきた。五年前、エリオットが辺境伯爵の不興を買って以来、アルテイル男爵家には声一つかけて寄越さなかったというのに。


(自分の知らないところで、エリオットが、また何か不始末をしでかしたのでは?)


 そんな思いが男爵の脳裏に浮かぶ。高位のスキルを授かったにもかかわらず、この五年間、寄親である辺境伯爵家から冷遇されている原因はエリオットにある。それは明白な事実だった。もっとも当の本人にはもはやそんな自覚はない。最初はあったかもしれないが、すぐに忘れてしまったようだ。

 そんな二人に、辺境伯爵から衝撃的な言葉が告げられる。


「……レオンが遺跡より帰還した。既に直接、詳細な調査報告も受けている」


 ギルベルトの低く、どこか苛立ちを秘めた声が部屋に響く。二人は一瞬顔を見合わせたが、すぐに無表情を装った。


「まさか……彼は……無事だったのですか……」


 男爵が問うた声には、わずかな焦りが滲んでいた。ギルベルトはそれを見逃さず、言葉を重ねる。嫌味という名のスパイスをふんだんに振りかけて。


「喜ぶといい。無事どころか、立派に調査を終えている。それだけではなく、この五年間で、信じ難いほどの力をつけたのだろう、立派に成長していたぞ。わしなどよりも遥かに強いと判断している。先日も“魔の森”の魔物を間引くために協力してもらったが、どこぞの〈聖騎士〉とは比べ物にならない、それは見事な働きぶりであったわ」


 〈剣聖〉であるギルベルトの口から発せられたその言葉は、重く、鋭く、男爵親子の心を突き刺した。特にエリオットの顔が引きつり、顔面蒼白となる。いつぞやの敵前逃亡を蒸し返されたのである。そこへギルベルトは容赦なく続けた。


「彼は五年前、スキルを持たぬとして、お前たちの家から追放されたのだったな?」

「……いえ、あの、あれは、家の名誉を守るための、その、苦渋の選択でして……」


 男爵の口ぶりは見事なまでに狼狽の色が隠せておらず、ギルベルトを失笑させるに値するものだった。ギルベルトは一歩前に出て、卓に手を置く。


「ほぅ……では、そこにいる〈聖騎士〉とやらは、家の名誉を守れたのか?」

「……」

「……」


 二人は言葉に詰まる。エリオットは顔を引きつらせたまま身動きもしない。いや、できない。


「苦渋の選択、か。だがわしのところに上がってきた報告とは、多少乖離しておるようだな。妾腹の子だからと、常日頃から厄介者扱いをして、事あるごとに嫌がらせをしていたとか、挙句の果てには、スキルを授からぬとわかった途端に、大した金も持たせずに、着の身着のままで放り出したとか、その追放を進言したのは兄であったとか。違うか?」


 ギルベルトから鋭く問い詰められた二人は青ざめた顔で黙っていた。

 だが、なんとか言葉を絞り出したのはエリオットだった。


「いえ、決してそのようなことは……全く根も葉もないこ──」

「黙れ! 貴様らの家中や領民からも証言が出ておるわ! それとも我らの調査がいい加減なものであり、間違いだとでもいうつもりか?」

「め、め、滅相もございませんッ……」


 エリオット如きがギルベルトの怒りに、もはやこれ以上、抵抗などできるはずもない。


「追放、それだけを責めているのではないわ。常日頃から己を磨こうと努力を続け、必死になっている者を蔑ろにしたことを責めておるのだ。ましてや追放を画策した者が、高位スキルを授けられ、人の上に立つ責任を負っていながら、これまでなんら結果を残せていないのであれば、な。結果として、お前たちは家宝を捨てたようなものだ。見る目がなかったというしかない」


 言葉の刃が突き刺さる。男爵の表情が固まり、エリオットは目を伏せる。

 ギルベルトは相当怒りを覚えているのか、憤懣やるかたないといった表情でさらに追い打ちをかけていく。こいつらに情け容赦は無用だ。


「古代遺跡の調査、“魔の森”の現状においては、王国も注目している。王家に対して報告しなければならぬわけだが……当然レオンについても言及することになる。彼がどのように自らを高め、遺跡の調査を終えるまでに至ったのかを、な。喜べ、もちろん貴様らのこれまでのことについてもしっかりと報告することになるだろう」


 親子は愕然とした表情で、ギルベルトを見つめる。それも当然、報告がなされれば、間違いなくレオンの功績が称えられることになり、それは同時に、アルテイル男爵家には批判の目が向けられることを意味する。いくらエリオットが〈聖騎士〉の高位スキル持ちだとしても、それは避けられない。


 ギルベルトはそこで話題を変えた。


「それとは別に、しばらく前に“魔の森”や遺跡周辺で、冒険者とは異なる装備と動きをする者たちの影が複数目撃されていたようなのだが……。遺跡を目指していたらしいが……何か、心当たりはあるか?」


 男爵は即座に首を横に振る。


「いいえ。まったく、何のことやら……」

「そうか。ならばいい」


 ギルベルトの目は冷たく光り、次の言葉には明らかな威圧が込められていた。


「だが、我が領内で不穏な動きがあれば、容赦はせん。覚えておけ。……以上だ、下がれ」


 男爵とエリオットは、何も言えずただ頭を下げ、重苦しい空気のまま退出していった。

 扉が閉まった後、ギルベルトは静かに息を吐く。


(あの目……エリオットの奴め、何かを隠しているな)


 そう思いながら、彼は窓の外、荒れる魔の森の向こうを見つめた。

 レオンの覚醒は、領内だけでなく、王国全体に波紋を広げることになるだろうと、彼は確信していた。


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