第210話 最終通告、自由都市連盟の誇り
「ふざけるな!」
帝国高官が椅子を蹴立てるように立ち上がった。
「根拠のない言いがかりを並べ立て、我が帝国を貶めるとは──連盟は戦を望んでいるのか!」
怒声が広間に響き、帝国随員たちもざわめく。
だが、イングラード代表は眉一つ動かさない。
「戦を望んでいるのは、そちらではないのか?」
鋭い視線が帝国高官を射抜く。
「証拠を前にしてなお、根拠がないと申すか。特殊部隊の生き残りは、帝国の命令で採掘を決行したと証言している。掘削機も、帝国製だと一目瞭然だ。言い逃れは通じぬぞ」
「……証言だと? たかが冒険者や、命惜しさに口走った敗残兵の言葉を信じるのか!」
帝国高官は必死に否定するが、声に余裕はなかった。
静けさが広間を埋める。しかし、その静けさはすぐに破られた。
「……語るに落ちたな。今の言葉が真実──貴国の関与を裏付けることだとわからぬのか」
「なっ……」
セレナが一歩進み出て、軽く帝国高官に視線を送る。
「……これ以上非を認めないつもりなら、私たちが現場で見た“本当の惨状”を、包み隠さず公表してもいいのですよ?」
その一言に、帝国高官の動きが一瞬止まった。
「何を……言っている?」
セレナの視線は氷のように冷たい。
「帝国の特殊部隊がどれほど無謀なことをしたか。封印を破った結果、何が現れ、どれほどの犠牲が出たか──。そして、破壊兵器のために他国の資源を密かに奪っていた。その全てを公開すれば、さすがの帝国でも言い逃れはできないでしょう?」
帝国側は、セレナの言葉と目の前の証拠に押し黙っていた。
イングラード代表は、机上に置かれた報告書を指で軽く叩く。
「これは貴国との関係における最終確認だ。これ以上の侮辱、あるいは虚偽の否定が続くようなら、我々は帝国との協定を白紙に戻し、正式な抗議を行う。覚悟はよいな?」
広間に重苦しい沈黙が落ちる。
ヴァレク・クロスとアスラン・ヘイブンの両代表も、ここが引き時か、それとも攻め時か、視線を泳がせていた。
「この期に及んでまだ認めぬか……」
沈黙を切り裂くように、イングラード代表が椅子から立ち上がる。
「もうよい、帝国の使者よ。ここに連盟としての正式な抗議と通告を行う」
重く、鋭い声が広間に響く。
「一つ。帝国が約束した技術提供──まだ果たされてもおらんがな。その見返りとしての採掘権、これを白紙に戻す」
「二つ。今回の騒動で我らが被った被害に対し、相応の賠償を求める」
「三つ。会談を無視し、密かに特殊部隊を派遣して資源を強奪しようとした行為を公式に認め、謝罪すること」
「四つ。これらに誠実な対応を示すまで、連盟は帝国への資源輸出を一切禁止し、帝国関連の人材の入国も認めぬ」
帝国高官の顔が険しく歪む。
「貴様……それは──」
「黙れ」
イングラード代表は冷たく告げる。
「こちらには証拠も証言も、そしてそれを裏付ける証人たちの記録も揃っている。ああ、因みに捕らえた特殊部隊の連中については別の議題だ。改めて話し合うこととしよう。あとは貴国次第、どう動くかはそちらの判断だ」
帝国高官が口を開こうとした時、イングラード代表がさらに追撃する。
「そういえば少し前に、帝国も聖教国に同じようなことを言っていたな? 紛争で被害を受けた帝国に賠償と謝罪をしろと。あの時は聖教国の非を責めていたが……まさか、自分たちが加害者となった今、自分たちの非を認めない、などということはあるまいな?」
「貴様ら……これは帝国に対する宣戦布告だぞ! 本当にいいのだな!」
帝国高官の怒声が会議室に響く。
「何を寝ぼけたことを言っておる」
イングラード代表は一歩も引かない。
「侵略してきたのは帝国だ。はき違えるな。よろしい、そこまで言うのならば、これ以上の話し合いは無用だ。事実を余すことなく公表しよう。帝国が侵略国家である証を、な」
「ぐっ……!」
帝国高官は言葉を詰まらせた。
イングラード代表が、副官に告げる。
「おい、会談はここまでだ。可及的速やかに、全ての経緯を公表する手続きに入れ。帝国の侵略行為を我が連盟に対する宣戦布告とみなし、全力を挙げて全世界に帝国の非を鳴らすのだ。」
「ははっ」
「ま、待て!そのようなことをすれば本当に戦争になるぞ! それでもいいのか!」
イングラード代表は冷たく一瞥し、冷ややかに告げた。
「何を今更慌てておるのだ? 貴国は自分たちに非はないと主張している。ならば我々が公表したとて、なんら問題はなかろう?」
そして更に追撃の指示を出す。
「傭兵ギルドに要請を出せ。防衛と攻勢、両方に対応できるように、とな。軍船の配備を急がせろ」
「承知いたしました!」
帝国の高官は顔を青ざめさせ、縋りつくかのように声を絞り出す。
「わ、わかった、帰国し、陛下に判断を仰ぐ!」
だが、イングラード代表はそれすらも許さない。
「愚かな……。判断を仰ぐ必要などない。時間の無駄だ。貴殿はただの使い走り、我が国からの最終通告を伝えればよいだけのこと」
「ぐっ……!」
帝国高官が不快そうに眉をひそめるも、イングラード代表は冷たく吐き捨てる。
「わかったらさっさと国へ帰り、皇帝に伝えるのだな」
それ以上の会話はなく、重い沈黙の中で会談は終了した。
こうして、自由都市連盟と帝国の間に、修復困難な亀裂が刻まれることとなった。
◆
会談が終わり、帝国使節団が退出すると、ヴァレク・クロスの評議会宿舎には一気に重苦しい疲労感が広がった。
イングラード代表は深く息を吐き、重い足取りで控え室へ戻る。そこには、待っていたギルド支部長と〈遥かなる暁星〉の姿があった。
「ご苦労だったな、支部長。……そして、〈遥かなる暁星〉もだ」
イングラード代表は少しだけ表情を和らげる。
「これで帝国の連中も迂闊には動けまい。だが、問題はこれからだ」
「その通りです」
支部長が頷いた。
「……連盟として帝国に正式な抗議書を送る。今回の証拠と証言はすべて添付するが、これらを裏付ける証人として、お前たちの名前も必要になるだろう」
イングラード代表の視線が、〈遥かなる暁星〉に向く。
「私たちの名前を使うのは構わないわ」
レンが短く答える。
「それで連盟が守られるなら、動く意味がある」
こうして、帝国との対立を背景に、イングラード主導の──自由都市連盟による、対帝国外交が動き出した。




