第209話 証拠と真実の宣告
帝国高官の眉がぴくりと跳ねた。
「証拠だと? 何をもって事実──帝国が不誠実だというのか?」
声音には露骨な不機嫌さが滲む。小国如きが帝国に向かって強気に言葉を返す──そのこと自体が癇に障っているらしい。背後の随員たちもわずかに身じろぎし、卓上の空気が重く沈んだ。
「帝国代表よ、連盟は貴国との関係を改める必要があるようだ」
イングラード代表の低い声が、静まり返った広間に響いた。
「……どういう意味だ?」
帝国の高官が、わずかに眉をひそめて問い返す。
「そのままの意味だ」
イングラード代表は、机上に厚い報告書を置き、指先で軽く叩いた。
「ここに先日、我が国の冒険者ギルドからもたらされた報告書がある。イングラードの鉱山第七区画──帝国に譲渡した場所だ。そこから魔物が現れた。しかも、災厄級のな」
帝国高官の視線がわずかに鋭くなる。
「それを駆除したのは我が連盟の冒険者たちだが、問題はそこではない」
イングラード代表は一拍置き、声を低める。
「その区画の坑道から、存在するはずのない者が現れた」
「新手の見知らぬ魔物が現れたとでも?」
帝国の高官が皮肉げに口をはさむ。
イングラード代表は、帝国高官をじっと見据えた。
そして、おもむろに口を開く。
「……帝国の特殊部隊だ」
その言葉に、広間が凍りついた。
「……なんだと?」
帝国の高官は一瞬、表情を固める。
「何も驚くことはあるまい。くさい芝居はせずともよい。観客がしらけるからな」
イングラード代表の声は静かだが、鋼の刃のように鋭い。
「連盟は特殊部隊の受け入れを認められない。だがヴァレク・クロス、アスラン・ヘイブン両代表も帝国との妥協点を模索し、貴国に譲渡した区画の魔物駆除のために、冒険者ギルドに指名依頼まで出した。そうだな?」
「ああ、その通りだ」
「間違いない」
両代表が賛同する。
「……にもかかわらず、帝国は我々の意向を無視し、密かに特殊部隊を送り込み──採掘を行おうとしていたのだ」
「……」
帝国の高官は無言のまま、わずかに視線をそらす。その表情には動揺が隠せなかった。
「ふざけたことを言ってもらっては困る」
帝国高官が、椅子から半ば身を乗り出すようにして声を荒げる。
「そのような無礼な主張、何か証拠があるのか?」
しかし、イングラード代表は微動だにしなかった。
「ふむ、証拠が欲しいというのか」
その目は氷のように冷たく、まるで挑発を受けても微塵も揺らがぬ鉄壁の意志を宿している。
「証拠を出してもよい、と言うのだな? ならば見せよう。遠慮なく、な」
イングラード代表が片手を軽く上げると、扉の外に控えていた護衛が動いた。
重い扉が軋む音を立てて開く。
そこから現れたのは、押収品を運ぶギルドの職員たち──そして、ゆっくりと歩み入るセレナたちの姿だった。
「……あれは?」
帝国の随員たちがざわめく。レンは無言のまま部屋を見回し、セレナと視線を交わしてから、報告書と押収品が載せられた木箱をテーブルの上に置いた。
「これが、帝国の特殊部隊が残した証拠品だ」
イングラード代表が静かに告げる。
帝国高官の顔色がわずかに曇る。
「お前たちは……誰だ?」
セレナは答えず、ただ冷たい眼差しを向けた。
イングラード代表は、セレナたちの方へ視線を向けた。
「この者たちは、現地で災厄級の魔物に立ち向かい、それを討伐した冒険者たちだ。そして──帝国の特殊部隊に遭遇したのも、他ならぬ彼らだ」
帝国高官が怪訝な目を細める。
「……ほう、冒険者の証言とな?」
イングラード代表は、ニヤリと唇の端を吊り上げた。
「おぬしら、すまぬが詳細を話してやってくれ。ここにいる愚かな帝国の者たちにもわかるように、丁寧に……やさしくな」
セレナは一歩前に出て、場を見渡した。
「──私たちが第七区画に入った時、既に坑道の奥からは魔物が姿を現していた。坑道にも異様な振動と崩落の跡があった。後でわかったが、あれは封印を無理やりこじ開けたせいだった」
レンが続ける。
「そこにいたのは、帝国の紋章を刻んだ装備を身に着けた兵士たち。普通の兵士じゃなかった。戦闘訓練も装備も、完全に特殊部隊仕様だった」
帝国高官の顔に一瞬、影が差した。
レンは声を低める。
「特殊部隊は、封印を解いた瞬間に現れた“影”に襲われ、多数が命を落とした。俺たちは生き残った数名から話を聞いている。『帝国の命令で採掘を急がされ、その結果、作業中に封印を破ってしまった』──そう言ってな」
広間がざわめいた。
セレナが、押収した破損した武具を卓上に置きながら口を開く。
「これは現場で回収したものよ。帝国製の最新装備……否定はできないでしょう?」
帝国の随員たちは顔をしかめ、ヴァレク・クロスとアスラン・ヘイブンの代表は互いに視線を交わして沈黙する。
イングラード代表は腕を組み、無言のまま帝国高官を見据えた。
「馬鹿なことを言うな! そんなもの、我が帝国が関与しているはずが──」
帝国高官は声を荒らげ、必死に否定した。しかし、顔に浮かんだ汗がその余裕のなさを物語っている。
セレナが一歩前へ進み出た。
「他にも証拠があります。──これを見てごらんなさい」
彼女が静かに布を払うと、その下から重厚な金属音を立てて何かが現れた。
「それは……?」
帝国の随員の一人が息を呑む。
「帝国の特殊部隊が現場で使用していた掘削機です。それも、最新のね」
セレナは冷ややかに言い放ち、指先で機体の側面を叩く。
「ここを見ればわかるでしょう? 帝国の紋章、そして製造時期の刻印。つい最近製造された物だという証拠です」
帝国高官の表情が凍る。
「……それが、何だというのだ」
「帝国は、連盟にこの技術を提供することなく、自分たちで使用し、密かに資源を奪おうとしていた」
セレナは淡々と続けた。
「これは、あの特殊部隊たちの証言です。帝国は破壊兵器の製造に乗り出している──そのためには、ある希少鉱石が大量に必要だと」
イングラード代表が低く頷く。
「アークリウムだな?」
「ええ。そしてそれは、帝国内では産出されず、南大陸ではイングラードでしか発見されていない。だからこそ、今回の作戦が命令されたのだ……とね」
セレナの声は、まるで刃で帝国を断罪するかのように冷たかった。
広間の空気が一層張り詰める。
帝国高官の口は動くが、すぐに言葉が詰まった。




