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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第206話 漆黒の空間と密命の代償

 坑道の奥から突撃部隊が帰還したという報せは、すぐにギルドへ届けられ、一足先に戻っていた支部長は、急ぎ報告を受ける準備を整える。

 やがて、疲れ切った一行がギルドの扉をくぐった。


「疲れているところ悪いが、報告を頼む」


 支部長の言葉に、セレナが一歩前へ出る。レオンはとても会話できる状態ではない。


「坑道の最奥には、“影”の本体がいた。地上に出てきた分体よりも、ずっと凶悪なやつがね。それと……その背後には、黒い──漆黒の空間が開いていた。詳細は分からないけれど、“影”がそこから湧いてきたのは間違いないわ。異界的な空間と繋がっていたのだろうと推測される。おそらく封印されていたのは、“影”ではなくその空間そのもの。周囲には、破壊された封印柵と採掘用の掘削機が散乱していた。おそらく帝国が採掘を急ぐあまり、封印柵を破壊した可能性が高い。その結果、封印が解けたのだと考えられるわ」


 セレナは言葉を区切り、支部長を真っ直ぐに見つめた。


「“影”の本体は、なんとか倒したし、漆黒の空間そのものは、レオンの力で消滅させることができた……」

「……わかった、まずは十分に休息を取ってくれ」


 彼はすぐさま副官に指示を飛ばし、報告班にはギルド内の一室を用意させた。


「部屋を整えろ。あの連中は酷く疲弊している、今は十分に休ませるべきだ」


 支部長の言葉に、ギルド職員たちは慌ただしく動き始める。

 しばらくして、案内された部屋は簡素ながらも清潔に整えられ、セレナたちはそこで腰を下ろした。

 重苦しい空気が場を包む。坑道で見た漆黒の空間の残像が、誰の脳裏からも消えてはいなかった。


 支部長はセレナたちを見送り、短く息を吐き、続けて低い声で言い放つ。

「私たちは帝国の特殊部隊の連中を尋問する。──地下牢へ行くぞ。……帝国のやり口を、ここで白状させてやる」



 ギルド地下牢。本来は犯罪を犯した冒険者を収容するための場所。とは言っても、そこまで重い犯罪──殺人などを犯すような者は滅多に現れない。そのためほとんど使用されることはなく、石壁には苔が張り付き、しっとりと湿った空気が肺に重くまとわりついてくる。

 松明の炎が低くうなり、鉄格子に落ちる影が兵士たちの顔を一層険しく映し出す。帝国特殊部隊の面々は鎖に繋がれ、泥と血で汚れた顔を伏せたままだった。

 支部長はゆっくりと彼らの前を歩き、手にした木製の杖で鉄格子を軽く叩いた。乾いた音が響く。


「さて諸君……口を開く気はあるか?」


 誰も答えない。ただ鎖の軋む音が、息苦しい沈黙の中に落ちた。


「貴様らが坑道にいた理由。坑道で何をしていた。封印柵を壊したのは誰だ?」


 低く鋭い声が地下に響く。だが兵士たちは互いに視線を交わし、唇を固く閉ざし沈黙で応じる。鎖が小さく鳴った。

 支部長はしばし彼らを見回し、嘲笑うように口の端を上げた。


「黙秘か。だが覚えておけ、ここは帝国の裁判所ではない。貴様らを守る盾もない。──必要とあれば、指を一本ずつ砕き、舌を裂き、喉の奥から真実をほじくり出してでも吐かせる。容赦はせん」


 脅しではない声音に、場の空気が硬く凍り、年若い兵士が一瞬身をすくませた。しかしすぐに、仮面を剝がされた隊長格らしき髭面の男が、睨みつけるように低く言う。


「俺たちは帝国軍だ。お前ら連盟の連中に屈するつもりはない」


 支部長は冷たく笑い、部下に合図を送った。部下が拷問具を並べる。革帯、鉄棒、関節を潰す楔。金属が触れ合う乾いた音が牢の中に不気味に響いた。


「わかっていないようだな……? まあいい」


 支部長は髭面の隣にいた男に向かい、


「隊長が答えないなら他に聞くまでだ。一人ずつ、順に聞いていこう」


 と冷ややかに言い放つ。


「お前から聞く事にしよう。おい、準備しろ」

「や、やめてくれ! なんで俺が──」

「なぁに、()()()()だよ。別にお前が素直に、全部答えてもいいんだぞ? 手間が省けるからな」


 支部長の目が獣のように光る。


「封印を壊したのは命令か、それともお前らの独断か?」


 髭面が吐き捨てる。


「あれは事故だ。だが、元はと言えば──」


 言いかけて、奥歯を噛み締めた。沈黙が再び落ちる。


 支部長はゆっくりと歩み寄り、髭面の胸倉を掴んで顔を近づけた。


「俺は待つのが嫌いだ。話す気があるのかないのか。ないなら、黙っているか、死ね」


 その圧に耐えかねたのか、年若い兵士が震える声で口を開いた。


「ま、待ってくれ……!」

「何だ?」

「話す……全部話す!」


 支部長が髭面男の肩を突き放し、冷ややかに頷く。年若い兵士は、喉を鳴らして恐怖を飲み込み、吐き出すように語り出した。


「俺たちの目的は鉱脈だ……任務はアークリウム鉱脈の確保だった。軍務院軍技研究局と資源監理局が絡んでるって聞いた。帝国は兵器開発を進めていて、あの金属が大量に必要なんだ。だが、正式に採掘許可を求めたら、連盟が拒否した。だから、上層部からは『現地協力者を通じて民間採掘を装って進めろ』って密命が降りた……俺たちは護衛と現地制圧が役目だ」

「封印は知っていたのか?」

「知らない!」


 兵士は首を振る。


「掘削の最中、支柱(封印柵)の一部に触れた重機が暴れて、柵が崩落したんだ。直後に黒い裂け目が露出して……そこからあの“影”が漏れ始めた。最初は煙か鉱毒だと思ったんだ。でも形を取り、襲いかかってきた。あんな化け物になるなんて……誰も、誰も思わなかった!」


 兵士の目が恐怖に見開かれる。


「あんな化け物が現れるなんて……あんな地獄、聞いてねぇ!」


 兵士の言葉に、他の隊員も暗い顔で頷く。否定する者はいない。

 髭面の隊長が低く唸るように吐いた。


「俺たちだって犠牲になりかけたんだ。上の連中は命を何とも思っちゃいねぇ。……畜生、こんな任務、二度とごめんだ!」

「なるほど」


 支部長は静かに息を吐き、部下に記録を命じた。


「帝国はアークリウム欲しさに許可なしで掘削し、結果として封印を壊し災厄を呼んだ──というわけだな。……その証言、確かに聞いた」


 兵士たちは黙したままだったが、若い兵士の肩は震え続けていた。

 髭面の隊長が、悔しげに唾を吐いた。


「……俺たちだって死ぬところだったんだ。上の連中に伝えろよ。あれは兵を何百ぶち込んでも足りねぇ」

「伝えるとも」


 支部長は鋭い眼差しで応え、冷ややかに言い放つ。


「記録は連盟本部と評議会へ直送する。帝国には正式な照会をかける──これ以上好き勝手はさせん」


 松明が爆ぜ、狭い地下牢に焦げた油の匂いが広がる。兵たちの影が石壁に揺れ、どこか坑道最奥の漆黒を思わせた。



 尋問が終わると、支部長は重い足取りで階段を上り、ギルドの執務室に戻った。机の上には書状用の羊皮紙と封蝋が整然と並び、窓からは夕陽が赤く差し込んでいる。沈む陽光を背に、支部長の顔は険しく影を帯びていた。


「……連盟評議会へ緊急報告だ」


 副官に命じると、すぐさま書記役が呼ばれ、羽ペンとインクが用意された。

 支部長は深呼吸し、端的かつ詳細に事の顛末を語り始める。


「記せ。──坑道最奥にて“影”の本体を討伐。しかし、その発生源は封印された“漆黒の空間”であった。封印は既に破損、原因は帝国特殊部隊による無許可の採掘だ。目的は兵器開発のための希少金属アークリウムの確保。特殊部隊の派遣を連盟に拒否された帝国が、密かに部隊を送り込み、結果として封印柵を事故で破壊した」


 書記役の手が走る。羽ペンの先からインクが滲む音が、静まり返った室内に響いた。


「証言は帝国特殊部隊の兵たちから直接得たものだ。拷問をちらつかせたが、嘘を吐く余裕はなかった。奴らは封印の存在すら知らず、“影”の脅威を理解していなかった。まさか、あの化け物が現れるとは想定していなかったのだろう」

「現れた“影”による人的及び、街の被害は甚大。しかし、“影”とその発生源となった空間は、冒険者たちの手により消滅した。ここに当座の危機は去ったと判断する」


 支部長は言葉を区切り、鋭い視線を副官に向ける。


「以上、可及的速やかに、評議会に伝えろ」


 副官が深く頷いた。


「はっ。伝令を三重に立てます。最速で明日中には評議会に届くでしょう」


 支部長は短く頷くと、視線を窓の外に向けた。西の空は朱に染まり、影が長く地面を這っている。


「……帝国の暴走、もう見過ごすわけにはいかん」


 封蝋を押す音が響き、緊急報告の書状は完成した。副官はそれを慎重に巻物に封じ、最速の伝令鳥を飛ばす準備を始めた。支部長はその背を見送りながら、独り低く呟いた。


「評議会よ……動くなら、今しかないぞ」


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