表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

202/204

第202話 元・冒険者

「──へぇ、こいつは薄気味悪いな」


 ひどく落ち着いた、だがよく通る声が広場に響く。


「そうだね。すっごく嫌な気配が漂ってるよ」


 涼やかな女性の声が、それに続く。

 セレナが振り返ると、広場の崩れかけた石壁の上から二人の人影が降り立った。


「よっこらせっと」


 片手に黒鉄の剣を無造作に下げた青年──レオン。

 背に弓、腰に双剣、明るい金髪を風に揺らしたエルフ──レティシア。

 その場の空気が一瞬止まる。


「あなた達……!」


 セレナの目が驚きに見開かれる。

 レオンは片目を細め、目の前の霧を一瞥した。


「……これは、ずいぶんと面倒そうな奴だな」

「見たことないよね、こんなの」


 レティシアは周囲を見回しながら、弓を手に取る。


「……ちょっと試してみる?」

「そうだな。どうせ暴れる場所はいくらでもある」


 ゴディスが苛立った声を上げた。


「おい! お前らCランクじゃ話にならん! 下がってろ!」


 その言葉に、レオンは冷たく目を細めた。


「元、な」

「……何?」

「冒険者は辞めてきた、今はただの剣士と魔法使い。そこのリーダーには話したはずだが? 聞いてないか?」


 レオンが冷静に指摘する。


「そういえばいたな、戦場じゃランクがすべてだとか言ってた奴が。スタンピードの時だったか。なるほど、お前も同じくランクで戦う口か?」


 ゴディスが言葉を詰まらせる。

 その場の空気が一瞬ピリついたが、レティシアがクスッと笑って、弓の弦を鳴らした。


「まあ、レオンの言うとおりだよ。ランクで“影”が消えるなら、とっくに勝ってるでしょ?」


 セレナは息をつき、剣を構え直した。


「まあ、いいでしょう。……けど、気をつけて。今のところ、攻撃はまったく通用しない」

 レオンは肩を竦めてみせる。

「効かないなら、効かせるだけだろう?」


 黒い触手がうねり、広場を覆い尽くそうと迫る。


「じゃあ、試し斬りといくか」


 レオンは黒鉄の剣を片手に軽く肩を回し、“影”の正面に飛び込んだ。

 剣閃が閃き、鋭い斬撃が“影”を裂く──だが、すぐに形を取り戻す。


「……全く手応えなし、か」


 “影”から伸びる触手を避けつつ、レオンが小さく吐き捨てる。

 すかさずレティシアが精霊魔法を放つ。


「〈風裂の矢〉!」


 緑の光を帯びた魔力が放たれ、竜巻のような風刃が“影”を吹き飛ばす──が、すぐに再び蠢き始めた。


「魔法でも駄目か……」


 レオンは肩越しに誰にともなく言う。


「なるほど、物理も魔法も効かない。こいつはまた、エライもんを引っ張り出してくれたもんだ。どこの誰だ? こんな馬鹿なことしたのは」


 呑気な口調でそう言いながら、彼は笑った。

 レティシアは、迫る触手を弓の一振りで払いつつ、少し困った顔をした。


「ちょっと困ったねぇ。でも、やるんでしょ?」

「ここまできたら、な。仕方ないか──」


 レオンは剣の柄を軽く叩き、レティシアをチラッと見た。


「レティシア、念のために予備の剣を用意しておくよう手配してくれ」

「わかった、任せなさい」


 そう言うと、レティシアは矢筒の中から矢を取り出す。


「これで少しは持つと思う。魔力ごっそりと持っていかれるから、あまり使いたくないんだけどね」


 その間にも、“影”の触手が二人に襲いかかる。

 レオンは寸前で身を捻り、剣を盾のように構えた。


「おっと、動きは厄介だが──速くはないんだな」


 彼の剣が一閃し、触手を弾くが、切断はできず、すぐに再生する。


「やっぱり無駄か。じゃあ──少し遊んでもらおうか」


 “影”が再び広場を埋め尽くす。


「──荒技でいくか」


 レオンは黒鉄の剣を逆手に構え、足場を蹴る。瞬間、踏み込む音とともに石畳が砕け、彼の姿は闇の中心へと向かう。


「【崩刃疾旋】──!」


 回転を加えた渾身の斬撃が連続で叩き込まれ、霧が爆ぜるように“影”が四散し、うねりながら吹き飛び、広場の一角が一時的に視界を取り戻した。

 その隙を逃さず、レティシアが弓を引く。


「──これで、少しは効いてくれるといいけどね」


 青白い魔法を込めた矢が風を裂き、核らしき一点を正確に射抜く。


 ズガァァンッ!


 光の衝撃が広がり、“影”が大きく退く。

 冒険者たちから、驚きと安堵の声が上がった。


「消えた……!? 効いたのか!?」


 だが、その期待は一瞬で砕かれた。“影”はまるで呼吸するかのように再び蠢き、さらに濃く、重く、広場に滲み出してきた。

 触手が無数に伸び、広場を囲む建物に絡みつく。


 ジュウウウ……


 音もなく壁が崩れ、石や木材が粘液のように溶け落ちていく。


「……また、吞まれてる……!」


 セレナが剣を構えたまま息を呑んだ。


「さっきの攻撃で一瞬後退させたのに、もう回復してるなんて……」


 ゴディスが、盾越しにレオンの姿を見て顔をしかめた。


「あいつ、何者だ……? あの剣速は人間技じゃねぇ」

「彼女の矢も……今の魔道具? どこから持ってきたの……?」


 セレナの声には驚愕と僅かな焦りが滲む。二人の実力を見誤っていたことに、気付いたのかもしれない。


 “影”は再び次々と建物を呑み込み、広場の通路が狭まっていく。

 レオンは肩越しに振り返り、笑った。


「──どうやら、遊んでる暇はなさそうだな」


 レティシアが淡い笑みを返し、矢筒から新たな矢を取り出す。


「また一発、いくよ。少しでも時間を稼ぐんでしょ?」

「いや、ちょっと別の方法を試してみよう」


 “影”の圧がさらに膨れ上がり、広場の空気が軋む。

 レオンは一歩、前へ出て掌をゆるく掲げた。


「【原初:空間圧縮──断層】」


 無音の刃──空間が斜めに折れ曲がるような歪みが走り、黒い塊が“線”で二つに裂けた。

 一瞬、歓声が弾ける。


「やったか!?」

「今のは……斬ったのか?」


 支部長が目を見張る。

 セレナもゴディスも、驚きを隠せない。

 しかし、レオンはわずかに首を振った。


「……いや、まだだな」


 二分された“影”は、黒い墨を滲ませるように縁を震わせ、じわじわと寄り合い──再び一つへ収束する。


「駄目か!!」


 誰かが叫ぶ。

 レオンは続けざまに低く呟いた。


「【原初:空間圧縮──破砕】」


 今度は圧縮点が弾け、“影”が粉砕された墨滴のように四方へ飛散する。


「今度は何だ?」


 だが、飛び散った黒が薄い靄となって集まり、またも形を成した。

 レオンは肩を竦め、少し困った顔で吐息を洩らす。


「これもか……キリがないな……仕方ない」


 剣を静かに構え直し、低く言霊を落とす。


「【原初解放──“始まりの刃”】」


 その瞬間、レオンの足元から淡い蒼光の輪が幾重にも走り、光は脊髄を駆け上がる奔流となって刀身へ注ぎ込まれる。黒鉄の剣が“別の位相”を映すかのように透きとおり、周囲の“影”がざわりと後退した。何かを感じたかのように。


「何だ? あれは?」

「わからん……」


(あまり人前では使いたくなかったんだがな……そうも言ってられんか)


 レオンは呼吸を整え、奥義を発動させる。


「【奥義・原初:断罪閃】」


 レオンは凄まじい勢いで幾度も剣を振るう。罪深き影を裂く光の審判剣。光は刃ではなく縫い目のように“影”を包囲し、複数の封鎖層・魔法干渉・擬似肉体化の“偽装”を次々と剥ぎ取っていく。

 黒が薄絹のように剥離し、内奥から脈動する 赤い球が露わになった。表面を走る細い亀裂が、心臓の鼓動めいて明滅する。


「レティシア、今だ! あれを攻撃してくれ!」

「了解!」


 レティシアは矢へ風と雷の精霊を同調させる。風が飛翔軌道を補正し、雷が矢そのものの威力と侵蝕性能を増幅。

 放たれた矢は蒼白い尾を曳き、球体へ一直線に吸い込まれる。


 ──ドォッ!


 音というより、空間の目張りが剥がれる衝撃。

 赤い球は無音で砕け、光の粉となって散り、残滓が霧へ還る前に消失した。

 黒い“影”──集合体だったものは、再び形を結ぶ“核”を失い、輪郭を保てず、薄明の中へ霧散していく。

 数息の後、そこにはもう何も残っていなかった。


「……消えた……本当に……」

「さっきまであれほど……」


 膝をつく冒険者の呟きが、静まり返った広場に溶ける。

 ゴディスがゴクリと喉を鳴らした。


「何者なんだ、お前らは……」


 レオンは剣を軽く払って光を収め、淡々と答えることもなく視線を坑道の方角へ向ける。


「さっき言っただろう? ただの剣士と魔法使いだと」


 レティシアは安堵の笑みを浮かべつつも、矢筒の残りを指で数えた。


「今のは“ひと塊”……まだ全部が終わったとは限らない、か」


 広場の縁──遠い路地の闇に、微かな冷気がまだ残っている。

 セレナは息を吐き、意識を現実に引き戻した。


「──あの光で“偽装”が剥がれた……あの赤い球が核の一形態……か」


 戦いは、まだ終局を約束してなどいない。

 黒い“影”が完全に消え、広場には静寂が戻っていた──が、レオンの手にある黒鉄の剣は、光の余韻を残したまま粉々に砕け、地面へと崩れ落ちた。


「……また、一本か」


 レオンは破片を足で払いながら、淡々と呟く。


「あと何本、駄目になるかな?」


 レティシアが口元を歪め、からかうように問いかける。

 レオンは肩を竦めた。


「なに、ここは鉱山都市、鍛冶師の街だ。いくらでも剣はあるだろう?」


 その声は妙に気楽で、周囲の緊張を微かに揺るがす。


「これであの“影”を消滅できるなら、安いもんだ」

「じゃあ──快く提供してもらわないとね」


 レティシアは軽く破片を蹴り、冗談めかして笑う。

 レオンは割れた柄を投げ捨てる。

 それを見ていたセレナとゴディスは、言葉を失っていた。


「……今の一撃で剣が粉々に……?」

「何者なんだ、あの二人……」


 支部長もまた、二人から視線を外せずにいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ