表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

199/205

第199話 “影”と帝国の侵入

 Aランクパーティー〈遥かなる暁星〉は、冒険者ギルド・イングラード支部の隣にある酒場の一角で、分厚い地図と報告書を前にしていた。

 連盟評議会から下された依頼は、帝国に譲渡された採掘区画の安全確保──すなわち魔物の駆除だった。


 だが、その内容は街の空気を重くする。


「……これはあまり歓迎されない仕事になりそうね」


 受付嬢から受け取った報告書を閉じ、リーダーの女剣士セレナが眉をひそめた。


「とは言っても、連盟からの指名依頼だ。失敗するわけにはいかんだろう?」


 盾を背負う大柄な男、ゴディスが冷静に言い返す。


「もちろん、受けた以上は全力でやるわ。けど、街の連中が帝国に区画を奪われたと思っている以上、あまりいい顔はされないわね……」


 セレナの視線は、酒場でこちらをチラッと見やる鉱夫たちの目を捉えていた。

 その場の空気には、静かな敵意とも憂いともつかぬ視線が混じっていた。


「……おい、あれ、帝国絡みの仕事を受けに来た連中だろ?」


 酒場の隅から、鉱夫らしき男たちの低い声が漏れてきた。


「イングラードを食い物にしてる連盟の犬さ。帝国のために働くなんざ、裏切りと変わらん」

「Aランク冒険者ってのは、節操なしに何でもやるんだな」

「だからこそ上に気に入られているんだろうよ」

「しっ。聞こえるぞ。何されるかわからんぞ」


 ひそひそ声で交わされる言葉が、わずかに鋭く空気を裂いた。

 セレナは気付かぬふりをして酒杯を口に運ぶが、背後の視線が刺さるようだった。


「……面倒ね」

「気にするな。ここで余計な争いを起こせば、連盟評議会どころかギルド本部の面目も潰す」


 ゴディスが淡々と告げ、目の前の地図を指で叩いた。


「問題はここだ。帝国に譲渡された第七採掘区画──ここで目撃されている魔物の詳細が不明だ」

「鉱夫たちから直接話を聞くべきかしらね……でも、今の空気じゃ協力してくれるとは思えないわ」


 セレナが小さく肩をすくめる。


「なら、ギルドの裏口から情報を拾うまでだ。幸い、ここには“耳が早い”奴らがいる」


 そう言って立ち上がったのは、〈暁星の誓約〉の斥候、黒衣の青年レンだった。

 彼はいつの間にか街の裏通りで噂を掴むのを得意としており、顔の広さはパーティー随一だ。


「……それと、もう一つ気になる話がある」


 レンがわずかに声を潜める。


「第七採掘区画の奥、帝国が独占した坑道には深層があるらしい。元々誰も手を付けなかった危険区域だ。そこで鉱夫の一人が黒い影のようなものをを見たと騒いでいる」

「黒い影?」


 セレナが眉を寄せる。


「詳しい話は、本人から聞くのが早いと思ってな。今夜、鉱山宿の裏手で会う約束を取り付けた」

「さすがだな。……ただし、街の連中に怪しまれないようにしろよ」

「ああ、任せとけ」


 ゴディスが重々しく立ち上がり、剣の柄を軽く叩いた。


「始まりそうだな。これは、魔物退治だけじゃ終わらんぞ」


 レンが立ち去ったあと、酒場に残ったセレナとゴディスは、さりげなく視線を交わした。


「……黒い影、ね」


 セレナはグラスを置き、低く吐息を漏らす。


「まるで、ただの魔物じゃないって言ってるようなものじゃない」

「俺たちの経験上、“ただの魔物”なら帝国の兵士だけで片が付くはずだ」


 ゴディスは腕を組み、地図に示された坑道の深部を指先でなぞる。


「深層──ここには、古い封鎖線があったという話だ。それを勝手に破ったとすれば……」


 酒場の扉が軋む音を立てて開いて、一人の鉱夫が、荒い息をつきながら駆け込んできた。


「おぉぉいっ、大変だぁ……! 第七採掘区画で……奴が、出た──!」


 顔は土と汗にまみれ、恐怖にひきつっていた。


「落ち着け、何があった?」


 ゴディスが席を立ち、その肩をがっしりと掴んだ。


「し、深層の封鎖柵が……崩れて、“影”が……あいつが、こっちに出てくる!」


 一瞬、酒場全体が凍り付いた。

 誰かがグラスを落とし、酒の匂いが一層濃く漂う。

 セレナは腰の剣に手をかけながら、わずかに唇を引き結んだ。


「ゴディス、レンを探して。──これはもう、待ってる場合じゃない」

「わかった。だが……セレナ、気を付けろ」


 ゴディスはそう言うと、鉱夫を伴って外へ飛び出した。

 セレナは酒場内の鉱夫たちの話に耳を澄ます。


「深層の封印が破れた……? これは決して偶然じゃない。帝国の動きも、関係しているかもしれないわね……」


 夜霧が立ちこめる鉱山宿の裏手に、〈遥かなる暁星〉の面々は集まっていた。


「戻ったか、レン」


 ゴディスが低く声をかけると、暗がりから黒衣の青年が姿を現した。


「例の鉱夫から話を聞いた。第七採掘区画の封印は確かに破られた……だが、それだけじゃない。帝国が“何か”を探して坑道の奥を掘り進めていたらしい」

「何を探しているっていうの?」


 セレナが眉を寄せたその時──


 ズズ……ッ


 地面が不気味に揺れた。坑道の方角から、湿った土をかき混ぜるような重い音が響く。


「……来るぞ」


 レンが素早く短剣を抜き、闇の奥へと目を凝らした。

 やがて現れたのは、黒い霧のような“影”だった。

 獣のようでも、人のようでもない。形を持たない塊が蠢き、目のような赤い光点がいくつも瞬いていた。


「な、なんだ……あれは……」


 ゴディスが盾を構えるが、その声にはわずかな恐怖が滲んでいた。

 次の瞬間、“影”が地面を滑るように迫り、セレナの剣が唸った。


「──はっ!」


 銀の斬撃が霧を裂く。しかし……


「手応えが……ない!?」


 “影”は霧散することなく、まるで剣をすり抜けるかのように再び形を成した。


「ゴディス、後ろだ!」


 レンの声にゴディスが振り返るより早く、“影”が背後から襲いかかる。盾を構えても衝撃が体を抜け、焼け付くような痛みが神経を走った。


「こいつ……物理が通らねえのか!?」

「セレナ、退け! 今は応戦できない!」


 レンが叫ぶが、“影”は増えていく。坑道の闇から次々と湧き出し、次第に一つになっていく。そしてそのまま街へ流れ出そうとしていた。


 セレナは焦りを隠さず叫んだ。


「ここで防ぐ! 街に行かせたら終わりよ!」


 彼女は咄嗟に指輪を握り、炎の魔法を解き放った。


「〈火焔輪〉!」


 火の輪が“影”を包む──が、悲鳴すら上げず、“影”は淡く煙を上げただけで形を保つ。


「……嘘でしょ」

「退くぞ、セレナ! 今は情報を持ち帰るのが先だ!」


 ゴディスが叫び、“影”を盾で弾きながら後退する。

 レンは一瞬、坑道の奥に視線を送った。


(……まだ“何か”が奥にいる。あの“影”は、その気配の一部だ……!)


「急げ! 街が危ない!」


 三人は必死に後退し、鉱山宿の灯りへと走り出した。

 だが“影”は止まらず、まるで獲物を追う霧の波のように、じわじわと街へ迫っていく。

 逃げる途中、坑道の手前で重装の気配が響いた。


「止まれ!」


 鋭い声とともに、黒い甲冑に身を固めた兵士たちが闇から現れた。十数名。装備は精鋭そのもの、見慣れぬ紋章が肩鎧に刻まれている。


「……帝国の兵!?」


 セレナの声が驚きに染まる。

 イングラードに、帝国兵が立ち入ることを許可しない──それは連盟と帝国の取り決めのはずだった。


 先頭に立つ銀仮面の隊長らしき男が、短く命じる。


「全員、構えろ! あの“影”を封じる!」


 帝国兵たちは無言で隊列を組み、矢継ぎ早に符を取り出し、魔力を込める。光の網のような封印陣が地面に広がった。


 だが──


 ズズ……ッ!


 “影”は網をすり抜け、兵士の一人にまとわりついた。


「ぐっ……な、何だ──!? ぐあああああ!」


 鋼の甲冑越しに悲鳴が上がる。次の瞬間、その体は黒い“影”に呑み込まれ、骨ごと粉々に砕ける音が響いた。


「嘘だろ……!」


 ゴディスが思わず声を漏らした。

 隊長が怒鳴る。


「退け! 囲むな、散開──!」


 だが、散開した兵士たちは逆に狙われ、次々と“影”に飲み込まれていく。魔術障壁すら無意味で、ただ防御を貫通するように“影”が突き抜ける。


「ぐあっ!」

「や、やめ──!」


 暗闇に悲鳴が散った。

 セレナは、恐怖を押し殺して呟いた。


「……帝国の精鋭部隊が、あれほど簡単に……」

「何者だ、あの連中。イングラードに帝国兵がいるなんて……」


 レンの目が冷たく光る。


「秘密裏に動いていたってことだろう。だが、この様子じゃ連中も正体を把握していない」


 銀仮面の隊長が、必死に一振りの黒剣を“影”に叩きつけた。剣が赤く閃光を放つ──


「──消えろッ!」


 轟音と共に“影”がわずかに後退するが、霧散することはなかった。


「撤退だ! この場は放棄する!」


 隊長が叫び、数名の生き残りと共に退いていった。


 セレナたちは、闇の波を前に立ち尽くした。


「……あれほどの部隊でも駄目なのね」


「街へ向かう前に、ギルドへ急げ。防衛戦の準備をしなきゃ、全員飲み込まれる」


 ゴディスが低く言い放ち、彼らは“影”を避けるようにイングラードの街へ駆け戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ