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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第198話 鍛冶師の情熱

「それで、お前、あれは何だ? あの光、砕けた剣──修行で身につけたと言ったな? どんな修行をした? そして最後の言葉。お前は“神”をどう思っておるのだ? それから──」


 抑えきれない好奇心が、バルグラムの言葉を押し出していた。


「おいおい、少し落ち着いてくれ。質問が詰まりすぎだ」

「これが落ち着いていられるか!」

「わかったわかった。順を追って話すから」

「……せっかちだねぇ」


 レティシアが半眼になる。


 バルグラムの視線は獲物を解体する職人のように鋭く、レオンの全身を一枚一枚、外套から皮膚の下へと剥いで覗き込もうとしているかのようだった。


「お前は確かに“持たざる者”なのだな?」

「ああ。俺はスキルを授かっていない。それが理由で家族からも捨てられた」

「ほぅ。それで?」

「その後、とある師匠のもとで死ぬ思いで修行し、力を身につけた。さっきのはその一端だ」

「まさか、あれ以上の力が?」

「正直、本気を出したことはない。武器が先に限界を迎えるからな」

「どういうことだ?」

「俺の力は武器へ流し込み融合させる。そうすることで習得した剣術を奥義として、さらに上の段階に引き上げる。器が凡なら圧力に耐えきれず砕ける。さっきみたいに」


 バルグラムは深く唸る。しばし考え込んでから、さらに問いを重ねる。


「ふぅむ……だから剣が壊れた……?」

「ああ。並の武器では耐えられないと思うぞ」

「それほどの力か……それを“授かる”のではなく、自らの積み上げで到達した、と」


 彼の眼光が、鍛冶炉の火を見極める職人の輝きに変わる。次の問いを探して、喉奥で熱が跳ねた。

 バルグラムは唸り、結論を反芻する。


「授与でも祝福でもない。スキル欠如を基点に、自力で体系化した力……ふむ、面白い」


 バルグラムが身を乗り出す。


「で、“持たざる者”のお前は、神をどう思っておる? 憎しみか? 恨みか?」


 レオンは一瞬だけ目を伏せ、低く吐き出した。


「……そう思った時もあったさ。スキルに頼らず生きてみせる。それを許さないのなら、神だって斬ってやる──そう思った」

「ほぅ……」

「だが、今は違う。俺は神に見捨てられた者たちのためにこそ、この力を使う。スキル至上主義に酔った権力者のためでは、決してない」


 レオンが静かに息を整え、続ける。


「それに──これから俺を待ち受けるのは、想像を絶する相手ばかりだ。正統神の使徒、聖教国、〈黒翼〉の暗殺者、そして“邪神”と呼ばれる存在……」

「聖教国じゃと!?」


 バルグラムの声が一瞬、鍛冶場の鉄槌のように響く。


「ああ、そうだ。もう既に奴らとは剣を交えている」


 レティシアが視線を泳がせ、息を呑む。重い沈黙の中、火花のような緊張が走った。


「……ワシはな、北大陸南西部の山岳地帯〈クル=ザルン〉出身の純血ドワーフだ」


 バルグラムの声は、鍛え上げられた鉄を叩く槌音のように重く響く。


「クル=ザルンはかつて、鉱脈と鍛冶の聖地として知られていた。だが百年前、聖教国の連中が“異端の種族”と見なし、侵攻し、占領した。多くの同胞が虐殺され、奴隷にされ、あるいは“改宗”という名の屈辱を強いられた」


 バルグラムの手が拳を作り、机の上で低く鳴った。


「ワシの一族も、聖教国の軍勢によって滅ぼされた。ワシは、ほんのわずかに生き残った仲間と共に逃げ延びたにすぎん……」


 その目には鋼のような憎悪が宿っている。


「ワシらにとって聖教国は、魂を冒涜する偽善者の集団だ」


 レオンはしばらく黙ってバルグラムを見つめていた。拳を握る音さえ聞こえそうな沈黙が、重く場を支配する。


「……あんたの気持ちは、わかるつもりだ」


 低く、だがはっきりとした声でレオンが言う。


「俺も“無能”として、家族に捨てられた。聖教国からも“異端”だと、命を狙われた──いや、今も狙われているだろう。聖教国の奴らが掲げる“正統神”の旗印の下で、どれだけの命が踏みにじられてきたか……あんたの憎しみは、俺も共有できる」


 レティシアが静かに視線を下ろした。普段軽口を叩く彼女も、この空気には言葉を差し挟めない。


「だが──俺は憎しみだけで剣を振るわない。あんたの故郷を滅ぼした偽善者どもも、〈黒翼〉の暗殺者も、正統神も邪神と呼ばれるものも……俺はただ、俺の信じるもののために斬る」


 レオンの目はまっすぐにバルグラムを射抜いていた。


 バルグラムの眼光が僅かに細まった。無言のまま、焚き火のような熱を宿した視線だけがレオンを射抜いていた。そして豪快に笑い声を上げた。


「ガハハハ! 面白い! その目だ、その覚悟よ! ──いいぞ、レオン。ワシはますますお前が気に入ったわ!」


 バルグラムの口角がわずかに吊り上がる。


「神を斬るだと? はっ、上等だ。鍛冶師から見れば、神の祝福もスキルも、所詮は“形を与えられた力”に過ぎん。だが、お前はそれを捨て、自らの手で刃を研いだ。……そういう奴の剣は、重い」

「重い?」


 レオンが眉をひそめる。


「ああ。命を削って鍛えた鉄は、ただ硬いだけの鋼じゃない。そこに宿る意志や覚悟が重さを生む。神に授かろうが、鍛冶師が打とうが、その“重さ”がなければ真の刃にはならん」


 バルグラムは拳を握り、掌を見下ろす。


「ワシは鉄を打つ度に思うんだ。剣は使う者の覚悟に耐えられなきゃならない。お前の力で剣が砕けるなら、それは鍛え方が甘い証拠だ」


 レティシアが腕を組んで呟く。


「なんだか鍛冶屋ならではの考え方だね」

「そりゃそうだ」


 バルグラムは笑い、炉の奥に目をやる。


「いいか嬢ちゃん、剣は神の祝福で光るんじゃない。人が打ち、人が振るうから光るんだ。お前の相棒は、その極みみたいな奴だぞ。これが面白くないわけがあるか」


 レオンは苦笑した。


「じゃあ、俺の力に耐えられる剣を打てるか?」

「……お前の力に耐えられそうな剣は、ここにはない。ワシにも打てるかどうかは、はっきりとは約束できん」


 一息ついて続ける。


「……だが、それに近いものは作れるやもしれん」


 バルグラムの瞳に、鉄を焼く炎のような光が宿った。

 バルグラムは鍛冶台の脇から一本の剣を取り上げる。


「もう一度、裏に行くぞ。そこで同じことをやってみろ」


 そう言い放ち、ずかずかと外へ出ていった。

 レオンはレティシアと顔を見合わせる。


「……行くか」

「うん」


 二人は彼の背中を追う。


 裏手の試し場に着くなり、バルグラムはレオンに剣を突き出した。


「さあ、やってみろ」

「いいのか? 壊れてしまうんじゃないか?」

「構わん、遠慮なくやれ。これは検証じゃ」

「……わかった」


 レオンは深く息を吸い、【原初の力】を剣に注ぎ込む。光が刃を走り、鉄と力が一体となる。


「──【奥義・原初連舞:煌牙輪舞】!」


 蒼白い光が弧を描き、奥義が放たれた。


「ほうほう、これでも耐えられんか」

「……なんで嬉しそうなんだ?」


 レオンが呆れた声を上げる。


「これでも最近じゃそれなりの出来だぞ? よほどのことがなければ折れることはおろか、刃こぼれだってせん。だが……見ろ」


 バルグラムが指差す先で、剣は全体にひびを走らせ、今にも崩れそうになっていた。


「なんとまあ、桁外れの力じゃな……」


 バルグラムは頬の筋肉を緩めたまま、興奮の熱を全身から立ち上らせていた。


「これは普通の鋼じゃ到底もたん。特別な素材を使うしかない。──つまり、まだまだワシの剣は“伸びしろ”だらけということよ! ふはは、こんな愉快なことがあるか!」


 レティシアが思わず笑い、手をぱちんと鳴らす。


「もう、呆れ過ぎて逆に楽しくなってきたよ」


 バルグラムの眼は既に“次の刃”を見ていた。


「しかしな……希少金属を層にしても、魔鉱石をそのまま使っても練り込んでも……ううむ、圧が逃げ切らん。“力の衝撃波”が芯まで直撃して砕ける。どう歪ませ、どう冷やす……力を導線化する“媒介”が要るな。ふむ……悩みどころじゃ」


 彼は空中に指で見えない設計線を描く。


「まあ、まずは落ち着いてくれよ」


 レオンが苦笑する。


「……おっと、いかんいかん。頭が先に走りおったわ。──よし、いったん中へ戻るぞ。炉の前で整理だ」


 蒸した鉄の匂いのする偉大な鍛冶師の後を、二人は自然と早足で追った。

 熱気と火花の向こうに、新しい剣の未来図が揺れていた。


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