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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第197話 積み上げた力

 とある工房から、怒鳴り声が響き渡った。


「出ていけ!! もう二度と来るな!!」


 次の瞬間、豪奢な衣装を着た男が店の扉を蹴破るように飛び出し、顔を真っ赤にしながらも這う這うの体で逃げていく。通りを歩く者たちは一瞥しただけで、また日常に戻った。見慣れた光景なのだろう。


 だが、レオンとレティシアにはそうではなかった。


「……なんだ、あれ?」

「ものすごい声だったね」

「ちょっと聞いてみようぜ? なんだか面白そうだ」

「……あんた、結構いい趣味してるよ」


 レティシアは呆れたように息を吐きつつ、近くの店先にいた主人らしき中年の男に声をかけた。


「ねぇ、今の何だったの?」

「ああ、あれかい。毎度のことさね。何日かに一回は、あんな騒ぎを目にするよ」

「へぇ、そんなに?」

「ああ、いろんな国の使者や貴族様だろうね。武器を作れと頼みに来ては、怒鳴られて尻尾を巻いて帰っていくんだ」


 レオンは顎を少し上げて工房を眺める。


「ふぅん……鍛冶師の工房か」

「ああ、この街……いや、世界一の鍛冶師だろうね。バルグラムの親父さんは」

「世界一? じゃあ噂の鍛冶師ってのは……」

「噂になってるのなら、その鍛冶師で間違いないだろうよ」

「そうか、ありがとう」


 レティシアが横目で笑う。


「あっさり見つかったね」

「まあ、有名なら見つかるのも早いだろうとは思っていたが……こういう展開だとは思わなかったな」

「行ってみる?」

「そうだな……いい機会だし、行ってみよう」


 二人は工房の重い扉に目を向け、ゆっくりと歩き出した。


 工房の扉を開いた瞬間、鉄と油の匂いがムッと押し寄せた。炉の赤い炎が暗い空間を不規則に照らし、鋼を打つ重い音が壁に響き渡っている。

 中には、熊のような体躯の男がいた。背は低いが、肩幅は二回りも大きく、腕は鍛え上げられた鋼のように分厚い。彼は巨大なハンマーを軽々と振り下ろし、真っ赤に焼けた鉄を叩きつけていた。


「何の用だ?」


 声は地響きのように低く、短い。

 レオンは足を一歩踏み入れ、軽く顎を引いた。


「特に用があるってわけじゃない。ただ、噂を聞いてな。腕を見せてもらえればと思っただけだ」

「噂、ね……」


 男は打ちかけの鉄を水に浸し、ジュッと蒸気が立つ音とともに視線をこちらに向けた。濃い眉の奥に光る目が、獲物を値踏みするように二人を射抜く。


「名前は?」

「レオン。こっちはレティシアだ」

「……冒険者か」

「今は違う」


 バルグラムは鼻を鳴らし、口の端をわずかに吊り上げた。


「ほぅ、違うのか。その割にはいい目をしている。だが、客かどうかは別だ。用がないなら出ていけ」


 レティシアが小声でレオンに囁いた。


「感じ悪いね」

「腕のある職人なんて、だいたいこんなもんだ」


 レオンは肩を竦め、少しだけ前に出る。


「もし武器を打たせたら、あんたはどれくらいのものを作ってくれる?」


 その問いに、バルグラムの目が一瞬だけ光った。

 バルグラムはハンマーを作業台に置き、ゆっくりと二人を見上げた。


「武器を作るのは簡単じゃねぇ。金を積むからといって、誰にでも作るわけじゃない」


 彼の声は低く、鉄を打つ音の余韻のように響いた。


「客を選ぶ、ってこと?」


 レティシアが首をかしげると、バルグラムは短く鼻を鳴らした。


「そうだ。腕のいい鍛冶師はな、使い手を見てモノを決める。器量のない奴に剣を持たせても宝の持ち腐れだ。──で、お前らはどうだ?」


 その言葉に、レオンは微かに眉をひそめた。


「どうだ、って言われてもな。俺たちは腕自慢をしに来たわけじゃない」

「ほぅ……なら、ここで引くか?」


 挑発するような口調だった。

 レティシアが横目でレオンを見た。


「どうする?」

「……試すってなら、応えてやるさ」


 レオンは腰の剣を抜き、刃を軽く返した。薄暗い工房の灯りが刃を反射して線のような光を走らせる。


「剣に文句を言うつもりはない。だが、俺の力に耐えられる剣がない。より良い剣があるなら、それを求めるのは当然だろう?」


 バルグラムはしばらくレオンを無言で見つめ、次にレティシアへと視線を移した。


「そっちの嬢ちゃんは、どうだ? 弓を使うのか、魔法か?」

「両方よ。どっちも中途半端とは言わせない程度の腕はあると思うけれど?」


 レティシアの返しに、バルグラムの口元が僅かに歪んだ。


「生意気だが、面白ぇ奴らだな。──よし、試してやる」


 バルグラムは大きな背中を揺らしながら工房の裏口へ向かい、「ついてこい」とだけ言った。


 レオンとレティシアが無言で後に続くと、そこには少し開けた空間が広がっていた。地面は硬く踏み固められ、周囲は分厚い木柵と鉄板で囲われている。まるで簡易の訓練場だ。

 中央には、重厚な金属製の案山子が立っていた。木製ではなく、全身が鋼鉄の板で覆われ、ただの試し打ちでは壊れそうにない。


 バルグラムは腕を組み、無骨な顎をしゃくった。


「さあ、お前さんたちの腕を見せてもらおうか」

「どうすればいい?」


 レオンが尋ねると、バルグラムはニヤリと笑った。


「簡単なことだ。その案山子にお前さんの一撃を放ってみろ。ただし、本気でだ」

「あれか、壊しても?」

「構わん。代わりはいくらでもある」


 バルグラムは大きな腕を組み、試すような眼光を向けた。

 レオンは少し肩を回し、剣の柄に手をかける。


「……本気、か」


 その横でレティシアが楽しげに笑う。


「レオン、遠慮しないでやっちゃえば?」

「言われなくても、そのつもりだ」


 レオンは剣をゆっくりと抜き放ち、軽く振ると構えを取る。


「【原初解放──“始まりの刃”】」


 レオンの低い声が響くと同時に、その全身に光の輪が幾重にも走った。空気が震え、力の奔流が剣に注ぎ込まれていく。淡い蒼光が刃を包み、まるで雷鳴の前触れのような気配が周囲を満たした。


「【奥義・原初連舞:煌牙輪舞】!!」


 レオンが剣を振り下ろした刹那、剣閃が弾けた。

 光と鋼が織りなす連撃の舞──刃が光の牙と化し、舞うように案山子を包囲し、貫通する多重斬撃が一瞬にして放たれる。

 重厚な金属製の案山子は跡形もなく飛び散り、周囲の地面に散らばる鉄片が鈍く音を立てて転がった。


「……まただな」


 レオンは眉間に皺を寄せ、手元を見た。剣の刃が、粉々に砕けて地面に落ちていた。


「ありゃま、またやっちゃったねぇ」


 レティシアが呆れたように笑い、肩をすくめる。


「……お前、今のは何をした?」


 バルグラムは目を見開き、低く唸るような声で問う。


「スキルか? いや、あれは──」


 レオンは冷ややかに言い放った。


「いや、俺は“持たざる者”だ。スキルなんてない。今のは修行で身に付けた、正真正銘、()()()()()だ」


 そしてはっきりとした嫌悪と悪意が混じる声が続く。


「正統神とかいう、どこかの糞みたいな奴に()()()()()()()()()()()()()()


 バルグラムは黙ってレオンを見据えた。その目には驚愕と、興味が入り混じっている。


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