第191話 鍛冶師の街
アスラン・ヘイブンの街から西方、荒野を抜けてその先に“ドラヴァイン連峰”がそびえている。その山々に囲まれた峡谷の奥、常に薄い煙が立ち上る都市がある。
その名は〈イングラード〉──“炎の城”と称される、自由都市連盟屈指の鉱山都市である。
街には昼夜を問わず、鎚の音が響き渡る。火の粉が舞い、鉄を打つ音が岩壁に反響し、まるで都市全体が巨大な工房であるかのような様相だ。産出されるのは鉄、銀、銅──そして一般的には決して出回らないとされる、希少な魔鉱石。その資源に惹かれて、各地から腕利きの鍛冶師、武具職人が集まった街。
イングラードで鍛えられた武具は、連盟内でも最高品質を誇る。中でも剣や鎧に魔術的な“術式”や“魔紋”を刻み込む技術を持つ者は、“鍛冶師”と称され、王国や帝国の将軍ですら彼らの作品を求めて密使を送るほどだ。
そのイングラードの西端──風の通りにくい岩山の窪地に、一つの工房がある。
煙突は低く、看板も掲げられていない。だが誰もが知っている。そこにこそ、〈イングラード〉という都市の象徴とも言える存在、バルグラム・アイアンクラッドがいることを。
彼は、鍛冶師である。だが単なる職人ではない。
バルグラム・アイアンクラッド。
彼は南大陸の自由都市連盟の一つ、鉱山都市〈イングラード〉に工房を構えている。
その打つ剣には“魂が宿る”とさえ言われる。彼の打つ武器は戦場で“折れぬ誓い”とまで称され、冒険者や傭兵の間で高い評価を受けているが、誰にでも売るわけではない。
とにかく頑固で偏屈。自分が「戦うに値する魂」を見出した者にしか武器を渡さない。武器を道具ではなく、“意思を託す器”と捉えており、戦う理由や覚悟が曖昧な者には絶対に剣を打たない。
彼はまず、人を見る。言葉ではなく、その者の“眼”を見る。
剣を構える姿に迷いはないか。語る言葉に偽りはないか。瞳の奥に宿る覚悟は本物か。そういった“重さ”を測るのだ。
金では動かない。名声でも、血筋でも足りない。
「火は己を映す鏡だ。嘘をつけば、鉄が教えてくれる」
鍛冶師としての腕は大陸屈指。古のドワーフ製法を継承し、魔法鍛冶も扱えるが、過去の壮絶な迫害から、神聖属性の魔術には一切手を出さない。
「剣が欲しい? ……じゃあ教えてくれ、お前は何のためにその剣を振るう?」
「強くなりたいだと? ならばどこか道場にでもへ行け。修行でもしてろ。俺の鉄は、“願い”じゃなく“覚悟”を通すもんだ」
鉄と火の都〈イングラード〉。それはただ武器を生む地ではない。
選ばれし者に、真の力を試す刃を与える“試練の地”でもあるのだ。
◆
今日もまた、〈イングラード〉の西端にある岩窟工房に使者がやって来た。
重厚な扉を叩く音が工房の奥に響く。
「バルグラム・アイアンクラッド殿! 我が主のために、最高の武器を打っていただきたい!」
外套に身を包んだ男は、精一杯の恭しさを滲ませる。だが、返ってくるのは短く鋭い一声だった。
「ふざけるな。そんなもの、ワシが誰にでも渡すと思うな!」
「なっ……! し、しかし──」
「欲しけりゃ、お前の主とやらを連れて直接ここに来い。その眼に、ワシの火を見せてやる。その上で……ワシが“剣を託すに値する奴”かどうか見極めてやるわ!」
扉が乱暴に閉じられ、話は終わった。
使者は憤りを押し殺したまま、何の成果もなく〈イングラード〉の石畳を踏みしめて帰っていく。
夕刻。バルグラムは酒場の隅で火酒の入った鉄製マグを一気にあおった。
「まったく、最近はああいうふざけた連中が増えおった。剣をただの宝飾品か何かと勘違いしておる」
隣の席で同族のドワーフ仲間が苦笑する。
「あいつらは剣も槍も、まともに使えんのだろう? 壁に飾って眺めるだけだ。職人の魂を込めた刃を、そんな奴らの玩具になんかできるかってんだ」
「まったくだ! “既製品でもいいから”だと? どこぞの阿呆がそんなくだらんことまで言いおる。魂を宿さぬ剣なんぞ、鉄の棒と同じだ」
グラスがテーブルに打ちつけられ、ドワーフたちの愚痴は止まらない。
少し離れた席で聞いていた冒険者の一人が、仲間に小声で呟いた。
「……こりゃあ、厳しいな。噂通り、あのドワーフは誰の依頼も受けないらしい」
別の国の使者らしき男も肩を落とし、諦めの境地に達したように酒をあおる。
別のドワーフが声を潜めて言った。
「そういえば、最近また帝国の奴らが、ここの鉱山に手を出しているらしいぞ」
「またか……あいつら、武器が手に入らんから、直接材料にいったか」
「帝国の技術提供の見返りに、採掘権の一部を渡したとかなんとか……」
「上は何を考えておるのか。こんなこと続けりゃ、そのうち街ごと帝国に呑まれるぞ」
「だが、渡した区画は採掘するには障害がある。凶悪な魔物が巣食っておるからな」
「それで冒険者たちが増えておるのか?」
「帝国の依頼を受けて、連盟がギルドに圧力でもかけたのかもしれんな」
「余計なことをしてくれるわ」
現場では、帝国に鉱山を好きにさせたくないという気持ちが充満していた。
そしてその感情はドワーフだけではない。街全体が、帝国の影に対する反発を強めていた。そのため、魔物駆除にやって来た冒険者たちも、決して歓迎されてはいなかった。
火酒の匂いが充満する酒場に、不穏な空気が漂った。
〈イングラード〉の夜は、今日もまた鎚音と炎の明滅に彩られながら更けていく。




