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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第189話 噂

 数日後、アスラン・ヘイブンの街は、ようやく平穏を取り戻しつつあった。

 血と煙に包まれていたあの日々が嘘のように、通りには行き交う人々の笑い声が戻り、露店からは香ばしい肉の匂いが漂っている。しかし、その裏で多くの命が失われた事実は、街の誰もが忘れてはいなかった。

 冒険者ギルドの広間では、戦いに参加した者たちが次々と呼び出され、正式な報告が取りまとめられていた。机の上には報告書と金貨の詰まった小箱が並べられ、職員たちが忙しなく動き回っている。


「〈雷槍の牙〉、ガイウス。こちら、報酬分です」


 受付嬢が箱を差し出すと、巨躯の戦士は無言で受け取り、短く頷いた。


「ご苦労さん。……で、周辺の調査はどうだ?」

「今のところ、大規模な群れは確認されていません。ただ──」


 受付嬢の声がわずかに沈む。


「──森の奥で、まだ魔物の痕跡が残っているとの報告が……」

「そうか。なら、もうしばらくは気を抜けないな」


 ガイウスは肩の槍を背負い直し、仲間たちに視線を送る。

 その隣では、〈遥かなる暁星〉のセレナが同じく報酬を受け取っていた。


「犠牲が出たのは痛いけれど……街は守れた。それで良しとするしかないわね」


 柔らかな声に、どこか影が差していた。


「セレナ、お前たちもしばらく残るのか?」


 ガイウスの問いに、彼女は溜息を一つつく。


「ええ。しばらくはアスラン・ヘイブンを拠点にするつもり。森の奥に何かあるなら、放っておけないもの」

「同感だ」


 周囲では、駆け出しの冒険者たちが金貨を手に笑い、酒場の話題も「スタンピード撃退」の武勇伝で持ちきりだ。しかし、その中でガイウスとセレナは笑わなかった。



 夕陽が差し込む宿の一室で、レオンは黙々と剣を布で磨いていた。刃には幾筋もの傷が刻まれ、戦いの激しさを物語っている。


「……けっこう傷んできたな。普通に使っていただけだが、今回の戦いでちと酷使してしまったか」


 ぼそりと呟き、指先で刃の欠けをなぞる。

 窓際では、レティシアが愛用の弓を膝に抱え、弦を軽く弾いていた。


「こっちも同じ。弓、ちょっとへたってきちゃったよ。まだ使えるけど……いずれ新しいのを検討しようかな」


 そう言って、彼女は小さく笑う。


「……家も探さないとだし、レオンの武器のこともあるし、やることはまだまだあるね。それに……いろいろと物入りだし」

「資金は、それなりに貯まっているだろう?」

「うん。でも、まだちょっと厳しいかも。また依頼でも受けないとね」

「だが……しばらくはおとなしくしておきたいってのもある」

「悩みどころよね」


 二人は顔を見合わせ、同時に小さく息をついた。

 ──ギルドからの報酬は確かに悪くなかった。それに今回の殲滅戦では、指揮を執ったAランク冒険者たちからの正式な報告こそ特になかったものの、後方で戦況を見ていたCランクやDランク冒険者たちの間では、二人の働きに関する噂が広がっていた。


 ──崩れかけた全体陣形を、レオンとレティシアの二人がさりげなく補完し、崩壊を防いだ。


 その証言が複数寄せられたことをギルドは重く見た。セレナにせよガイウスにせよ、意図的に二人に働きを無視したわけではない。ただ『Cランクにそこまでの実力はないだろう』という思い込みがあったのだろう。結果として「二人の働きは総合的に評価すべき」と判断され、ギルドはレオンとレティシアにBランク昇格試験の話を持ちかけてきた。


 だが、レオンの返事はただ一言。


「面倒くさい」


 その瞬間、受付嬢は呆然とし、後には妙な沈黙が残ったという。



 アスラン・ヘイブンの冒険者ギルド──その奥にある幹部会議室は、昼下がりにもかかわらず緊張した空気に包まれていた。分厚い扉を閉め切った室内には、長机を囲んでギルド長と数名の幹部、そして先ほど報告を終えた受付嬢の姿がある。


「……断った?」


 低く重い声が響く。ギルド長の眉間には深い皺が刻まれていた。


「二人共か?」

「はい」


 受付嬢は小さく頷き、視線を落とした。


「理由は?」

「……『面倒だから』、だそうです」


 その瞬間、室内の空気が一瞬止まった。


「……信じられん」


 ギルド長が額を押さえ、溜息をつく。


「彼らの狙いは何だ?」

「束縛されたくない、ということか?」

「いや、自信がないだけでは?」

「実力は申し分ないはずだが?」


 幹部たちが口々に推測を述べる。だが、どれも確信には至らない。

 受付嬢は黙ってそのやり取りを見つめながら、胸の内で小さく呟いた。


(……本当に、どういうつもりなんだろう……)


 ギルド長はやがて机を軽く叩き、全員の視線を集めた。


「……いずれにせよ、昇格を勧める方針は変えん。使えそうな連中を手放すわけにはいかんからな」


 その言葉には、ギルド長個人の思惑が存分に表れていた。若い幹部の一人がムッとした表情になりかけたが、すぐに元の表情に戻す。


「とりあえず、試験の話は引き続き進める。受付を含め、全職員に周知しておけ」

「かしこまりました」


 受付嬢が静かに一礼した。

 こうして、ギルドの方針は決まった。だが、当の二人が首を縦に振る日は、まだ遠そうだった。


 ──そしてこの話は、あっという間に外へ漏れた。Bランク昇格試験を断ったという一件は、翌日にはギルド中を駆け巡っていた。いや、それどころか、街の酒場や露店の会話にまで広がっていた。


「おい聞いたか? スタンピードで一番戦果を挙げたって二人組、Bランク試験を蹴ったらしいぞ」

「はあ!? 何考えてんだ、普通なら飛びつくだろ」

「それが“試験が面倒だから”だとよ……」

「嘘だろ……」


 別の卓では、こんな声も。


「絶対、何か裏がある。……実はどっかの国の隠密部隊とか?」

「いやいや、あれだろ。討伐数をごまかすために、ギルドに目を付けられたくないんだよ」

「おいおい、それよりもっとやべぇ噂があるぞ。あの剣士、〈雷槍の牙〉のガイウスと真正面からやり合っても引かなかったって話だ」

「何だそれ……ガイウスって、あのAランクパーティーのリーダーだろ!? 冗談きついな」


 さらに、酒に酔った冒険者の声が酒場に響く。


「女の方、見ただろ? レティシアとか言ったか、あの魔法の腕前、ただのCランクなわけねぇ!」

「ただの綺麗なエルフの姉ちゃんじゃなかったのか」

「いや、見た目で判断すんなよ。あの弓術と魔法の連携、ありゃ素人の動きじゃねぇ」

「……あれでCランクって、ギルドも信用ならねぇな」


 そして、極めつけはこんな話だった。


「二人、もともとAランクだったけど、何らかの理由でランクを落とした……そんな噂もある」

「まじかよ、それって……犯罪か? それとも──」


 声をひそめ、言葉を飲み込む。だが、その表情は期待と恐怖に揺れていた。


 ──様々な根も葉もない噂話が飛び交う中、当の本人たちは、宿の一室でのんびりと武器を手入れしているのだから、世の中とは皮肉なものだ。

 もっとも、当の二人はそれを気にも留めず、今はただ静かに休息を取ることを選んだ。

 窓の外で暮れゆく空を眺めながら、レオンは手の中の剣に目を落とし、レティシアは弓弦を指先でつま弾く。戦場の喧噪を遠くに置き去りにして、しばし訪れた束の間の安らぎを味わうように。


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