表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

182/259

第182話 静かなる制裁

 シルヴィアからの依頼を終えた後、レオンとレティシアはしばし身体を休めていた。緊張ばかりではいけない、たまには休息を設けるべき──そう言ったのはレティシアで、レオンも素直にその言葉に従った。

 とはいえ、完全に手を止めるわけではない。依頼こそ受けないが、情報収集のためにギルドへ顔を出すこともある。今日もそうだった。


 ギルドに併設された酒場は、昼間だというのに活気に溢れていた。木製の長机には飲みかけの酒杯や皿が並び、一仕事終えた冒険者たちの笑い声や荒っぽい談笑が混じり合う。そのざわめきの中で、レオンとレティシアは他の冒険者に紛れながら耳を澄ませていた。


「ここ最近、南の方で魔物が多くなってきたらしいぞ」

「南? ああ、未開地の方か」

「ああ。それでだ、いくつかのパーティーがボロボロになって帰ってきたとかよ」

「死人も出てるって話じゃねぇか」


 重苦しい空気が一瞬だけ流れたが、またすぐに別の話題へと移っていく。そこへ、ギルドの入口が開いた。軋む扉の音とともに、酒場のざわめきが微妙に変わる。


「おい、あれ……Aランクパーティーの〈遥かなる暁星〉じゃねぇか?」

「マジか、初めて見たぞ」

「へぇ、Aランクなんて実在してたんだな」

「当たり前だろ。俺たちとは住む世界が違ぇんだよ」


 驚きと羨望の入り混じった声が、酒場のあちこちで上がる。その中で、レオンは全く興味を示さなかった。ただ、無言で軽い食事を続けるだけだ。パンをちぎり、スープに浸し、ゆったりと口に運ぶ。

 ──彼にとって、Aランクの肩書きなど、どうでもいいことだった。


「ちょっとスープの追加を取ってくる。レティシアはどうする?」

「あたしはいいよ」


(まあ、レオンから見たらBランクもAランクも、大したことはないもんね)


 レティシアは興味なさそうなレオンを見て苦笑する。


 周囲のざわめきがさらに大きくなる中、〈遥かなる暁星〉は迷いなく受付へと向かっていった。黒革のブーツが床を鳴らし、鎧に刻まれた傷跡が歴戦を物語る。先頭の大盾を担いだ男が無造作に書類を差し出す。


「依頼完了だ」


 受付嬢が慣れた手つきで書類を受け取り、確認の手続きを進める。その間にも、周囲では小声が飛び交っていた。


「何の依頼受けてたんだろうな」

「魔物退治だろ? 最近南の方で騒ぎになってるし」

「そうだろうな。俺たちじゃ歯が立たねぇって噂のやつだ」


 羨望と畏怖が入り混じった視線が、酒場の一角から注がれる。


 ──大きな声が響く。

 中央の席で酒をあおっていたBランクパーティー〈鉄顎の咆哮〉の一人が、テーブルを小さく叩き、吐き捨てるように言った。


「……けっ。お高くとまりやがって」


 その言葉に、仲間たちがニヤリと笑い、声を潜めて同調する。


「まったくだな。Aランク様は、俺たちとは口をきく気もねぇってか?」

「俺たちだってそう遠くねぇんだ。いずれ追い抜いてやる」


 彼らは、勝手に自分たちを〈遥かなる暁星〉の“ライバル”だと思い込んでいるようだ。

 そして、その思い込みが、酒の勢いで形になる。

 リーダー格の男が椅子を乱暴に引き、立ち上がる。金属製の剣の柄が腰で鳴り、周囲の空気がぴりついた。


「おい、そこのAランク様よ」


 酒場のざわめきが一瞬で静まる。注目が集まる中、彼はニヤリと笑い、言葉を続けた。


「そんなに偉ぇって顔してりゃ、鼻っ柱折ってやりたくなるんだよなぁ」


 〈遥かなる暁星〉は挑発に応じなかった。受付の前で淡々と手続きを進めるだけで、振り返りもしない。その態度が、逆に〈鉄顎の咆哮〉の苛立ちを煽る。


「おい、聞こえてんだろ? 答えろよ!」


 なおも食い下がるリーダーの声に、酒場の空気が軋むような緊張を帯びる。だが、〈遥かなる暁星〉はやはり無視した。書類を受け取ると、そのまま足を進め、奥の階段へと向かう。情報の更新の為、資料室にでも行くのだろう。


 ──完全な、沈黙。

 次の瞬間、酒場のあちこちで小さな失笑が漏れた。


「おい、見たか」

「ああ、また無視されてやがる」

「前もそうだったらしいぜ」


 噂話にクスクス笑う声が広がり、〈鉄顎の咆哮〉のリーダーの顔が赤く染まる。羞恥と怒りで、血管が浮かぶほどに。


「……ふざけんな!」


 怒号とともに、リーダーは酒場に戻るなり、傍のテーブルを蹴り飛ばした。木製の脚が軋みを上げて倒れ、皿や料理が宙を舞う。スープが床に飛び散り、焼き肉の塊が別の冒険者の肩にぶつかった。


「おい、てめぇ!」

「何しやがる!」


 周囲から怒声が飛ぶ。椅子が倒れ、騒ぎが一気に広がった。

 それでも、リーダーは止まらない。椅子を蹴り、皿を投げ、悪態を吐き散らす。


「誰が笑った! 出てこいよ、クソ野郎ども!」


 ギルドの職員たちが慌てて駆け寄り、制止の声を上げる。


「やめろ! ここで揉め事は禁止だ!」

「落ち着け!」


 しかし、その声をかき消すように、他の冒険者たちからも非難が飛び交った。


「酒場で暴れるとか、頭おかしいんじゃねぇのか!」

「恥さらしめ!」


 混乱と怒号の渦中で、酒場の隅に座るレオンだけが、静かだった。

 彼は何事もなかったかのように、最後のパンをちぎり、口に放り込む。そして、低く呟く。


「……まったく、行儀の悪い連中だ」


 暴れる〈鉄顎の咆哮〉のリーダーは、止めに入った職員の手を乱暴に払いのけると、近くの椅子を掴んで投げつけた。木片が床を跳ね、皿やグラスが次々と割れる。怒号と悲鳴が入り混じり、酒場は修羅場と化した。

 ひと際大きな皿が宙を舞い、レオンの座るテーブルへ一直線に飛んでくる。

 レオンは手元のスープを避けることすらせず、軽く身を傾けるだけでそれを避ける。皿は背後の柱に当たり、ガシャン、と乾いた音とともに粉々に砕け散った。その破片が頬をかすめても、彼の表情は微動だにしない。


「……ああ、本当に面倒くさい」


 レオンは小さく吐き捨て、右手をわずかに動かした。

 見えざる圧が空気を歪め、暴れていたリーダーの身体を一瞬で拘束する。まるで時間が止まったかのように、彼の四肢はピクリとも動かなくなった。


「……な、何だ……!」


 男の目が恐怖に見開かれるが、声を上げる暇もなく、レオンは力を緩める。重力に引かれたように、膝が崩れ、抵抗力を失ったところへ職員が殺到した。


「今のうちだ、まとめて外に出せ!」


 ギルド職員と周囲の冒険者が連携し、暴走したリーダーだけでなく、同席していた〈鉄顎の咆哮〉の面々を次々と押さえつけ、腕を取って引き立てる。


「離せ! 俺たちはまだ──」

「黙れ! 外で頭冷やしてこい、全員だ!」


 抗議と悪態を残しながら、〈鉄顎の咆哮〉の連中はまとめて酒場の外へ連れ出されていった。

 騒動の余韻が残る中、階段を下りてきた〈遥かなる暁星〉が振り返る。暴れた連中と荒れ果てた酒場の様子を無言で一瞥し、何も言わず踵を返してギルドの出口へ向かった。最後尾の女性が肩をすくめるように短く息を吐いたが、言葉は落とさない。そのまま彼らは静かに去る。砕けた陶片を踏む音と、片付けに走る職員の声だけが残った。


「ったく、いい加減にしろっての」


 酒場の隅。レオンは椅子に深く腰を戻し、冷めかけた残りのスープを飲み干す。

 隣でレティシアが呆れたように腕を組み、小声で囁く。


「もう、もっと早くやってよね、服にソースがついたじゃない」

「ギリギリまでは放っておいていいと思ったんだよ」


 レオンが淡々と返すと、レティシアは溜息交じりに微笑む。騒ぎの残り香だけが、酒場の空気に薄く漂っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ