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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第181話 原初の系譜

 アスラン・ヘイブンの空は、依頼に出発した朝とは打って変わって、深い橙色に染まっていた。夕陽が冒険者の街をゆっくりと包み、通りには灯火が一つ、また一つと灯されていく。

 レオンたちが〈アークノート〉の扉を押し開けると、相変わらずの混沌とした魔道具の匂いと、魔力の微細な揺らぎが鼻腔を掠めた。


「さて、改めて雷晶石を確認させてもらおうかしら」


 シルヴィア・ノクトは、長机に散乱した羊皮紙を指先で払いつつ顔を上げた。紫色の瞳は相変わらず淡く輝き、何を考えているのか一向に読めない。


「さっきも言ったが、依頼通り、雷晶石。通常のものが四つ、共鳴型が三つだ」


 レオンは革の袋を机の上に置いた。中から漏れる微光が、室内の薄闇に淡く染み込んでいく。

 シルヴィアは雷晶石を一つずつ取り出しながら、慎重に確認していった。魔力の残留量、結晶構造、内包された雷属性の純度──その手際は、まさしく“職人”というより研究者の精密さだった。


「……うん。申し分なし。これなら上級向けの精製魔石にも使える。……さて、それじゃ、約束の報酬よ」


 彼女は背後の棚から小さな袋を取り出した。中には、金貨五十枚──確保した雷晶石分の報酬がきっちりと収まっている。


「それと」


 シルヴィアは袋をレオンに滑らせながら、軽く唇の端を上げた。


「あなたたちには、何か作ってあげようかしらね」

「えぇっ! 本当にいいの?」


 レティシアが目を丸くし、身を乗り出す。瞳が期待にきらきらと揺れた。先ほどまで静かにしていたのが嘘のようだ。


「ええ。共鳴型が三つもあったなら、これくらいは当然。それに──」


 そう言って、シルヴィアはふとレオンの方へ視線を向ける。


「──素材以上に、収穫があったから」


 レオンは一瞬、眉をひそめたが、その意味を問うことはしなかった。


「ね、ね、じゃあねぇ!」


 レティシアは興奮を隠せないまま、両手をぱたぱたと振る。


「雷晶石を使った攻撃用の武器とか、増幅指輪とか、携帯型の結界装置とかっ──あ、旅用に軽くて丈夫なのがいい!」

「落ち着きなさいな」


 シルヴィアは肩をすくめ、軽く笑った。


「あなたたちの役に立ちそうな物……何がいいかしらね? 旅先で扱いやすくて、戦闘と探査、両方に転用できる物。できれば荷物にならず、既存装備とも干渉しにくい形式がいい。──そうね、まずはあなたたちの装備を見せてもらえる?」


 レオンは苦笑しながら、レティシアも慌ててポーチや小型の魔法触媒を机に並べる。その中には、リューシャから授かった、認識阻害のネックレスがきらりと光を返した。


(あら……懐かしい細工ね。彼女に頼まれた物が、まさかまだ動いているとは)


 シルヴィアは表情を変えずに視線だけでそれをなぞる。製作主が誰かなど、もちろん今は口にはしない。


「俺たちは移動が多い。できれば嵩張らないほうが助かる」


 レオンが現実的な条件を口にする。


「防御と探知が優先。攻撃は手持ちで何とかする」

「了解」


 シルヴィアは指を鳴らし、空中に簡易の魔導図を描き出した。雷晶石と思しき結晶が複数の魔力導路で結ばれ、符号が走る。


「共鳴型は制御が難しいけれど、適切に抑制すれば“束ね”にも“撹乱”にも使える。護符か、腰下げ型の共鳴触媒……あるいは武器への埋め込み。少し考えさせて」


 シルヴィアは独り言の速度を上げ、机の端に置いた石板に走り書きを始めた。

 その途中で、シルヴィアはさりげなく手をかざす。魔力がほとんど感じられない、極めて繊細な探査魔法──まるで空気を撫でるような微細な波動が、レオンの身体を一巡りした。


 その刹那、シルヴィアの表情から“店主の笑み”がわずかに消える。


(やはり……あの時、使用したのは【原初の力】。この流れ……この層の揺らぎ……。間違いない。彼と同じ系統──)


 胸奥で、遠い記憶が閃く。二百年前の大戦。灰燼の戦場を駆けた異世界の剣士。“持たざる者”──オーソン・アークレイン。スキルなき身で世界の理に爪を立て、神々の均衡に風穴を開けかけた男。


(まさか……その後継者が、こんな形で現れるなんて)


 彼の残した【原初の力】が、時を越えて今ここに息づいている。その事実が、シルヴィアの胸を熱くする。期待と、ひりつくような不安が同居した熱だ。


「……何か?」


 レオンの目が、静かに向けられる。

 シルヴィアは微笑した。いつもの、掴みどころのない笑み。


「いえ。ちょっと、興味深いことがあってね。……あなた、“教わった”わけじゃないでしょう? あの力。誰にも」

「……どうだろうな」


 短い沈黙。レオンはそれ以上語ろうとはしなかった。


(やっぱり。『教わってはいない』と言わないということは、学びの系譜がある。ならばあの迷宮に……継いでいる。時を越えて、光はまだ消えていなかった……!)


 驚きよりも、震えるほどの興奮が走る。同時に、微かな不安が首筋を撫でた。


(もしこの少年が、オーソンが掴みかけて果たせなかった“理の書き換え”にまで踏み込むなら──世界は再び揺らぐ。今度こそ変えられるかもしれない。正統神と邪神、スキル体系、血統、祝福──それらに縛られたこの世界の前提を)

(けれど危うい。この少年はどこへ歩く? 導く者が誤れば、世界は裂ける。けれど、正しく振れれば──今度こそ“理”を変えられるかもしれない)


 レオンはまだ若い。力のありか、使い道、その意味をどこまで理解しているのか。導くべきか、干渉すべきでないか──判断を誤れば、希望は災厄に転じる。

 胸の奥に、久しく忘れていた高揚と、微かな不安が同時に芽生える。期待と恐れがせめぎ合い、紫の瞳にほんの刹那だけ深い色が宿った。

 シルヴィアはまぶたを伏せ、ほんの瞬きほどの間だけ、二百年前の戦場と、オーソンの背を思い出した。


(……いいわ。しばらくは陰から見守りましょう。必要なら、気付かれない形で支援する。彼が“選ぶ”方向を、見極めるまで)


 シルヴィアは軽く片眉を上げ、微笑んだ。この街に──いや、この世界に、これほどの逸材が現れるなど想像だにしていなかったのだから。


(……おもしろいことになってきたわね)


 彼女は顔を上げ、話題を意図的に軽く戻す。


「で、話を戻すけど──用途を絞りましょう。護り強化型、雷属性攻撃変換型、認識阻害の拡張……どこから欲しい?」


 レティシアが勢いよく手を挙げた。


「ぜんぶ!」

「おい、こら、落ち着けって」


 レオンが即座に制した。


「まずは携行性かな。できれば俺には補助型、レティシアには攻撃型がいいんじゃないか?」

「ふむ……なら“共鳴媒介式複合”ね。雷晶石を圧縮加工して双方向を繋いで……作ってみましょうか」


 嬉しさを隠せないレティシアが、その場で小さく跳ねる。


「ありがとう、シルヴィア!」

「完成まではしばらくかかるわね、まだいろいろと考えたいもの」


 こうして雷晶石納品の件は無事完了し、依頼完了書と報酬を受け取ったレオンたちは、シルヴィアの「案が出来たら連絡するわ」という言葉に頷き、〈アークノート〉を後にした。夕闇が濃くなる通りに、灯りが連なってゆく。


「ねぇねぇ、ほんとに作ってくれるんだよね?」


 レティシアは興奮がまだ冷めない。


「落ち着け。まだ何を作るか決まってないだろう? こういうのは専門家に任せたほうがいい」


 そんな声が遠ざかる。

 店内に残ったシルヴィアは、しばし無言で空になった机を見つめていた。やがて小さく肩をすくめる。

 シルヴィアは机上の羊皮紙を手早く片づけ、結界兼見張りの魔道具を起動した。薄紫の光膜が店を包み、留守中の防護と来客記録を自動化する。


「……これは動くわね、間違いなく……ならば対策をしておかないと……」


 呟きとともに室内の灯りがふっと揺れ、彼女の姿が棚の影へと溶ける。小型の転移陣──足元に浮いた光点が、彼女の気配を外へと滑らせた。

 アスラン・ヘイブンの薄暮の街路に、二つの影と、誰にも気付かれぬもう一つの影が、世界のいずこかに流れていった。


 それはまだ、始まりにすぎない。

 すべての断片が揃った時、再び世界の“理”は問われることになる──。


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