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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第178話 星霜の魔女の依頼

 ある日の午後。ギルドの依頼掲示板の前で、レオンの目がふと一枚の依頼票に留まる。


「……ん?」


 それは、東の渓谷に生息する魔物から、ある特定の晶石を複数回収してほしいという依頼だった。数に制限はなし。ただし、品質には厳しい条件がついており、報酬は“応相談”とされている。依頼票の下部には、小さくこう記されていた。

 ──※報酬および詳細は、依頼主本人に確認のこと。ギルドは仲介のみ行う。


「……直接交渉型か。渓谷に住む魔物、レティシア。知ってるか?」


 声をかけられたレティシアは、依頼票に目を走らせてすぐに答えた。


「もちろん。〈黒晶尾〉──尾に結晶を宿す魔物だよ。飛び道具と斬撃を跳ね返す外殻を持っていて、まともに相手すると厄介。でも、結晶の質はかなりいい。雷属性を帯びてる個体もいて魔導士たちに人気なんだとか」

「なるほど。やりがいはありそうだな……ランク的にはギリギリC。しかも“応相談”ってことは、回収数と質で報酬が変わるタイプか」


 レオンは依頼票をゆっくりと指で撫でた。形式上はランク制限に収まっている。だが、実際にはCランクでも苦戦必至の相手だ。

 レオンは依頼票の最後に記された、依頼主の名前と住所に目を留める。


「依頼主は……魔道具店〈アークノート〉の主人。場所は……街のはずれのほうか」

「聞いたことあるよ。ちょっと変わり者の店主だけど、腕は確かって評判。珍しい素材を集めて、独自の魔道具を作ってるって話。冒険者の間では欲しがる人が多いんだとか」

「ふむ。じゃあまずは話を聞きに行くか。詳細を確認して、条件が合えば受けよう」

「ええ。いい素材が手に入るなら、悪くないね」


 レオンは依頼票を剥がし、そのままギルドカウンターへと向かった。

 受付にいた職員に声をかけ、依頼票を差し出す。


「この依頼、仲介をお願いしたい。直接交渉型だろうけど、一応、正式にギルド経由って形にしておく」

「かしこまりました。では、依頼主との交渉が成立し次第、正式受注という扱いにいたしますね。ご武運を」

「ありがとう」


 短く礼を述べ、レオンはレティシアと共にカウンターを後にした。

 こうして二人は、新たな依頼に向けて静かに動き出す。

 それは──ただの報酬目的ではない。

 目立たぬまま、実力を試し、地道にその歩みを刻む。

 その生き方こそが、今の彼らにとっての“最適解”だった。


 向かう先は、アスラン・ヘイブンの東端──風の抜ける裏路地の、そのまた奥にあるという古びた魔道具店、〈アークノート〉。

 古道具と魔力の匂いが交錯する場所で、また新たな出会いが待っているのかもしれなかった。



 アスラン・ヘイブンの東端、街のざわめきが届かぬほど離れた裏通りの先に、その店はあった。

 〈アークノート〉──古びた看板にはそう書かれているが、誰もが気軽に足を踏み入れるような場所ではなかった。門前には魔法の結界が張られ、風鈴のように吊るされた奇妙な金属器具が、風のない空気の中で、魔力の波に応じて微かな音色を奏でている。

 戸を開けると、薬草と古い紙、研磨された鉱石の匂いが鼻をくすぐる。棚には無数の瓶や書物、見たこともない素材で作られたアクセサリーや護符が並んでいた。それら一つ一つに、精緻な術式が刻まれている。


 だが、何よりも印象的なのは──その中央の椅子に腰かけた、漆黒のローブを纏う一人の女だった。

 灰銀の髪は緩やかに編み込まれ、夜の深淵を湛えるような紫の瞳が、こちらを一瞥する。その瞳は決して鋭くない。むしろ柔らかく、何かを慈しむようにさえ見える──だが同時に、心の奥底に隠したものを見透かされているかのような錯覚を覚える。


「ようこそ。……道に迷った子羊さんかしら?」


 口調は軽やかで飄々としているが、その声には奇妙な響きがあった。温かいとも冷たいともつかず、何かをからかっているようで、それでいて本質だけを言い当てる、そんな言葉の選び方。

 紫の瞳に見つめられた者は、気付けば何もかも喋ってしまいそうになる──そんな力を彼女は自然に纏っていた。


 彼女の名は、シルヴィア・ノクト。

 〈星霜の魔女〉、あるいは〈知識の旅人〉と呼ばれる魔道具職人。自由都市連盟からも特級職人として公式に認可されており、彼女の作る指輪や護符は、それだけで命を救うとさえ噂される。


 ただし、彼女自身の素性については、誰も正確には知らない。

 年齢は不詳。見た目こそ三十代後半に見えるが、百年以上前からその名が文献に登場しており、かつて北方にあったという幻の魔術学院で教鞭を執っていたという話もある。

 人間の血を引いていることにはなっているが、エルフか魔族、あるいは両方の混血ではないかと囁く者もいた。彼女の瞳に宿る星のような光と、時折ふと漏れる異国の言葉が、その憶測を後押ししている。


 外見だけでなく、その装いもまた異彩を放つ。

 漆黒のローブには、失われた古代語の刺繍と複雑な魔法刻印が縫い込まれており、彼女の周囲は常に微弱な魔力の膜に包まれているようだった。両耳には感知用の魔法耳飾り、指には用途不明の指輪が何本も嵌められ、腕を動かすたびに微かな光を放つ。

 そして何より、腰に提げた小瓶。中には薬液とも呪符ともつかぬ物が入っており、彼女はそのどれもを即座に取り出し、状況に応じた魔道具へと組み上げることができた。


 世俗への興味は希薄で、流行や金には淡白。だが若者の成長にはどこか目を細めるような仕草を見せ、興味を持った相手には助言を与えることもある。ただし、あくまで「気が向けば」の話だ。

 自身の過去や本当の力について話すことは決してなく、問われれば「昔すぎて忘れた」と笑い、あるいは「そんな大層な話があったら面白かったんだけどね」と冗談で流す。

 彼女が作る道具は、一見すれば凡庸な品に見えるものも多い。だが、その中には高位の魔法効果を隠した“目利きにしかわからない逸品”が潜んでいることもあり、冒険者の間では「シルヴィアの品は見抜ければ得、見抜けなければ損」とも囁かれている。

 彼女の紫の瞳は、今この時も、何か遥か遠くの出来事を静かに見つめ続けている──それだけだった。


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