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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第177話 皇帝の野望

 帝国と聖教国が、ついに全面戦争に突入した──。

 その報せは、隣接する王国をはじめ、周辺諸国を緊張に包ませた。


 帝国・王国の国境地帯に位置する鉱山跡。

 そこはある時から双方の共同管理区域となっていたが、聖教国が神の名のもとに管理すべきとの理由から、両国の不意を突く形で軍を動かし、鉱山を巡る戦端が切られた。

 そして鉱山跡をめぐる小競り合いは、もはや外交の域を越えて久しく、今や兵が地を満たし、血が石を染める正真正銘の「戦場」と化していた。


 帝国の先鋒部隊は、鉱山近くに駐屯していた聖教国の聖騎士団を、訓練と錬度に優れた重装歩兵と、魔導砲による遠距離砲撃で一気に押し切った。特に、帝国第四軍団に属する〈炎狼中隊〉の突撃が決定打となり、神の名のもとに鉄壁と謳われた聖騎士団は崩れ去った。


「神罰の裁きのごとき兵力……いや、むしろ“地獄の業火”と呼ぶべきだ」


 撤退した聖騎士の一人がそう呟いたという。


 帝国軍は鉱山跡周辺の地を掌握し、防衛線を築いた。


 ──しかし、聖教国もそれで終わる国家ではなかった。

 敗走の報せから間もなく、神殿都市より数万規模の聖戦部隊が北上を開始。〈光の盾〉と呼ばれる第三聖騎士団、さらに神聖魔法の使い手たちを擁する神官戦列までもが、再び鉱山跡の奪還を目指していた。


 その報告を帝都アインガルドの謁見の間で受けた皇帝は、冷ややかに口元を歪めた。


「──これでよい」


 金糸で縫われた紫の軍装を纏い、威風堂々たる立ち姿は、血統による地位を超えた実力を思わせた。


「かの地は、我が帝国と王国との国境……聖教国が大軍を移動させたとなれば、もはや聖教国が“侵略者”であることが、明白となろう。これで諸国も聖教国を擁護できまい」


 将軍の一人が前に出る。


「確かに、陛下の策により名分は我らにあります。しかし……このまま引けば、“神に屈した”と見る向きもある。ゆえに、我らもまた兵を増し、圧倒してみせねばなりません」

「然り。こちらも第二軍団を増派せよ。鉱山跡の制圧は譲らぬ。聖騎士団とて、灰燼となすまでだ」


 皇帝は淡々と語る。まるで大局を見据えた軍棋の駒を一手進めるかのように。

 こうして、鉱山跡を巡る攻防は両軍の戦力が次々と投じられる消耗戦の場と化していく。

 信仰か、力か。神の名の下の聖戦か、人の意志による統制の戦か。双方が持つ最強戦力──帝国の〈魔鋼騎士団〉と、聖教国の〈熾天軍〉が真正面から激突すれば、大地すら裂ける惨状を生む。

 そして──その混乱の裏で、静かに時を伺う影が動き出していた。



 帝都アインガルド──重厚な黒鉄の塔が林立する城塞都市。その中心にそびえ立つ、帝国宮殿にて、帝国の皇帝を頂点とする軍政会議が厳かに、しかし殺気を孕んで開かれていた。

 広大な謁見の間には、漆黒の鎧に身を包んだ近衛兵が整然と並び、空気は凍りついたような緊張に満ちている。その中央、高く設けられた玉座に、威厳と冷徹を体現するかのように帝国皇帝が腰を下ろしていた。齢五十を超えてなお鋼のごとき体躯を誇り、眼光は冷ややかに、しかし燃えるような覇気を宿して周囲を射抜いている。

 玉座の前には帝国軍の将軍たち──最高司令官ガルヴァン将軍。帝国軍総参謀クラウディア将軍、外務卿エーベルハルト男爵と外交庁長官、各機動軍団長、さらには宰相らが控え、戦況の報告と今後の戦略を巡って議論が交わされていた。


「……というわけで、鉱山跡を巡る戦いは依然として膠着状態にあります。聖教国は狂信的な士気を背景に、防衛線を容易に崩させぬ構え。一方、我が軍も補給路と陣地を維持しながら応戦を続けておりますが、打開の糸口はいまだ──」


 総参謀クラウディア将軍が慎重な口調で報告を締めくくった瞬間、玉座の上から重く、しかし満足げな声が響いた。


「──ふむ。それでよい。膠着は我らにとって好機だ」


 皇帝は静かに頷き、その声音には奇妙な満足感が滲んでいた。


「聖教国は“聖地奪還”の大義を掲げ、我が帝国領へと攻め込んできた。ならば、侵略者とは奴らの方よ。我らは“守る側”であり、被害者である。民もまたそう認識しているし、周辺諸国もそれを知っている。国際的な立場においても、我らは既に一歩優位に立っている」

「……つまり、外交戦では勝っていると」


 外務卿エーベルハルト男爵が目を細めて応じると、皇帝は小さく笑い、だがその瞳には鋭利な刃が潜んでいた。


「そうだ。しかし、それだけでは足りぬ。我が帝国は、ただ耐え忍ぶ国家ではない。攻めねばならん。我らの力と意思を、世界に知らしめる時が来たのだ」

「お言葉ですが、陛下──このまま兵を前に進めれば、我々が“侵略者”としての汚名を着せられる危険も」

「それがどうした」


 皇帝は声を荒げることなく、むしろ静かに、だが苛烈な熱を帯びた口調で言い放った。


「奴らが先にそれをした。我らは応じただけ。民は理解しておる。戦場の流れも読めておる。いまや“正義”など、ただの言葉に過ぎぬ。真の力とは、誰が先に動いたかではなく、誰が勝ち残ったかで決まるのだ」


 沈黙が流れた。

 軍事国家としての帝国──その根幹をなす価値観が、皇帝の言葉に凝縮されていた。正義も信仰も、所詮は勝者が定義する幻想にすぎない。ならば、勝つことこそが絶対だ。


「では、具体的には……?」


 クラウディア将軍が問いを投げかける。皇帝は腰を乗り出し、玉座の肘掛に重々しく手を置いた。


「まずは、鉱山跡に展開する聖教国軍を殲滅する。我が領土に巣食う狂信者どもを一掃せよ。根絶やしにするのだ。その後は、待機させていた主力部隊を動かし、ラドニアを経由して聖教国本土に攻め込む」

「……ラドニアがそれを許しますか?」

「奴らは許さぬかもしれぬ。だが、我らが許可を求める必要はあるのか?」


 皇帝は口の端を吊り上げた。


「聖教国も、既にラドニア領を通過して我が国へ兵を送り込んでおる。ラドニアはそれを黙認した。ならば我らが同じ手を使って何が問題か。抗議するなら、奴らは“中立”の仮面を捨て、聖教国の犬であると自ら証明することになる」

「もしも反発が強ければ……?」

「それこそ好機だ。ラドニアが我らに歯向かうというのなら、あの地を我が手に収める大義となる。だが、さすがに彼らもそこまで愚かではあるまい。ラドニアは戦場に近すぎる。生き残りたければ、我らに従うしかない」


 重苦しい沈黙がまた訪れた。だが、それは畏怖と敬意が入り混じったものだった。軍人たちの間に走るのは恐怖ではない。この皇帝こそ、力の象徴であり、勝利を導く者だという信仰に近い忠誠である。


「……いずれにせよ、ラドニアは前線基地として必要不可欠です。補給路と制圧拠点としての機能を確保しつつ、実効支配を強める必要がありますな」

「その通りだ。まずは駐屯部隊を増派し、地元の権力者どもには“保護”の名目で監視を強化せよ。必要とあらば、傀儡政権を立ててもよい」

「周辺勢力……特に西の王国が動く可能性もございますが」

「奴らには選択を迫ればよい。我らに従うか、あるいは飲み込まれるかだ。今更味方してもらう必要はない」


 皇帝は最後に静かに命じた。


「よいか、まずは帝国内に潜む狂信の徒を駆逐せよ。それが済み次第、ラドニアへの兵力展開を開始し、聖教国への攻勢を本格化する。我らが次に“聖戦”を掲げるのだ。敵に対してではない、“弱者の欺瞞”に対してな」


 その言葉に、将官たちは一斉に頭を垂れ、重々しく応えた。


「──ははっ」


 こうして、帝国の反攻作戦は静かに、だが確実に動き出した。黒鉄の意志を掲げ、覇道を行く皇帝の下に。


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