第176話 レティシア、Cランクへ
レティシア──正式に、Cランク冒険者に昇格。
その報せがギルドの掲示板に掲示されると、ざわめきが広がった。まるで一人の新星が、階段を一段、確かに上がったことを告げるように。
レティシアに対し、受付嬢が明るく笑みを浮かべた。
「お疲れさまでした、レティシアさん。結果はもう出てます。……文句なしの合格ですって」
「ありがとう。受付の皆さんにも、何かと手を煩わせてしまったわね」
「いえいえ、むしろ助かってますよ。正直、Cランクが一人増えるだけで、依頼の割り振りもぐっとやりやすくなるんですから」
そう言いながら、受付嬢は新しいギルドカード──Cランクを示す銀の枠があしらわれたものを、丁寧にレティシアへ差し出す。
「……これが、正式な証ですね」
カードを受け取ったレティシアの手は落ち着いていたが、その指先にはほんのわずかな緊張が宿っていた。
その後ろから歩み寄ってきた男が一人。筋骨たくましい体格で、肩に傷跡を持つ中堅冒険者だった。
「おい、あんた……レティシアって言ったか。試験、見せてもらったぜ。派手にやってくれたな」
「そう?」
「いや、褒めてるんだ。風と雷の複合魔法なんて、うちのパーティーじゃ誰もできねぇ。……ま、これで俺たちの依頼が食われることになるかもな」
冗談めかして笑ったその言葉に、周囲の冒険者たちも苦笑を浮かべる。
「強い奴が増えるのは、悪いことじゃない」
「ま、俺らも負けてらんねぇな」
──そんな声が、ちらほらと飛び交った。
一方その頃、ギルドの上階──執務室では、試験官の一人である壮年の魔導士が、静かに報告書をまとめていた。
「……実技、筆記ともに満点に近い。あれだけの精度で精霊魔法を使える者は、そう多くない。あれは……恐らく一級だな」
「しかも、彼女が組んでいるのが、あの“例外昇格”の剣士だろう?」
副ギルド長が資料に目を通しながら、椅子を軋ませて身を乗り出す。
「ええ。名前は、レオン。スキルは持たないようですが、最初の試験で訓練用の標的をあっさり破壊してみせたとか。ヴァレク・クロス支部から報告が上がっています」
「ふむ……あの二人、しばらく注目しておいた方がよさそうだな。まだ若いが、相当な逸材だ」
「実力だけじゃありません。あの二人、妙に慎重で、自分からは目立とうとしない。まるで──何かを避けているように、ね」
副ギルド長は少しの間黙り込むと、報告書に署名をして一言。
「……興味深い。これからどう成長するか、楽しみにしておこう」
レオンとレティシア──無名から始まり、確実にその存在感を高めつつある若き冒険者たち。
そして、それは彼らの旅路において、まだほんの序章に過ぎなかった。
ギルドの掲示板にレティシアの昇格が貼り出された翌日から、冒険者たちの間では、ちょっとした噂が飛び交っていた。
「このままいけば、あの二人──Bランクも時間の問題だな」
「おいおい、昇格したばかりで気が早くねぇか?」
「Cランクであれだけの魔法と剣技……もう下手なBより上だろ。なんでまだこのランクにいるんだ?」
「いや、逆に怖いわ。あれだけやって、まだ“本気じゃない”って顔してんだぜ……」
羨望と好奇心と、わずかな恐れ。そして嫉妬。その声のすべてが、レオンとレティシアの周囲をゆるやかに渦巻いていた。
けれど──その渦の中心にいる二人は、まるで意に介していない。
「……ねえ、レオン。Bランク昇格の話も、いずれ来ると思う?」
ある日の午後、訓練場の片隅で休憩しながら、レティシアが水筒を口にしつつぽつりと問いかけた。
「さあな。でも来たとしても、断るさ」
レオンはあっさりと答えた。
「面倒だから?」
「そういうことだ」
レティシアはくすっと笑いながら、小さく肩をすくめた。
「まあ、確かに……Bランクになったら、いろんな厄介ごとがくっついてくるよね。たとえば、指名依頼とか。勝手に名前を挙げられて、『あの人じゃなきゃ困るんだ!』とか言われるやつ」
「そう。名が売れれば売れるほど、こっちの自由は減っていくんだよな。……俺たちは、今はまだ縛られるわけにはいかないってのに」
レティシアはその言葉に静かに頷いた。彼の言う「自由」が、単なる気まぐれではないと理解している。
「訓練講師もあるよね。初級冒険者の指導。これは別に、悪くないけど……」
「確かに悪くはないが、時間を取られるのは同じだな。今は、まだ俺たちのやるべきことに集中したい」
その“やるべきこと”が何なのか、二人の間で多くを語ることはなかった。だが、必要以上に目立たず、淡々と実力を積み上げている今の在り方こそが、彼らにとって最も自然だった。
──しばらくは、Cランクのままで十分だ。
ギルドの干渉も、注目も、望むところではない。
それでも、実力は否応なく周囲に伝わっていく。静かに、確実に──まるで、気付かぬうちに降り積もる雪のように。
冒険者ギルドでは、原則として「ランク以上の依頼は受けられない」という制約が存在する。これは実力不相応な任務による損害や事故を防ぐためだ。
レオンとレティシアもそのルールに従っていたが──時折、その制約がもどかしく感じられることもあった。
地図を片手に魔物の痕跡を調べたり、討伐した素材の鑑定結果を確認する度に、「自分たちなら、もう少し踏み込める」と肌で感じていた。
だが──今はまだ、その一歩を踏み出す時ではない。
「急ぐ必要はない。まずは地盤を固める。そうすれば、どんな嵐が来ても崩れない」
レオンのその言葉に、レティシアも異論はなかった。
「うん。今は“登る”より、“支える”時期だからね。焦る理由なんてどこにもない」
そんな二人を見て、様々なパーティーが何度か声をかけてきた。中には、報酬や装備の提供までちらつかせる者もいたが──
「ありがたい話だけど、今の所、うちは二人で動くのが一番効率がいいんで」
「……その誘い、断るわ。悪く思わないで」
レオンもレティシアも、すべてをやんわりと、しかし確固たる態度で断ってきた。
都合が合えば共闘くらいならしてもいい。実際既に何度かそういう経験もしていた。
だがよほどのことがない限り、何かに所属する気はなかった。




