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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第175話 レティシアの昇格試験

 レオンとレティシアは、その後もいくつかの手頃な依頼を受け、着実に達成していった。依頼の内容はどれも魔物の討伐──これには、はっきりとした理由がある。

 討伐依頼は完了までの時間が短く、効率的だ。報酬に加えて、魔物から得られる素材はギルドや街の商人に買い取ってもらえる。さらに、まだ見ぬ魔物との遭遇は戦闘経験として貴重であり、実際にその生態を観察できる点も見逃せない。加えて、依頼をこなすうちに周辺の地理も徐々に頭に入ってきていた。


「ここから東の林は、昼でも薄暗いな。あの湿地に出る前の斜面で、群れを作ってたのは……何だっけ、あの牙が曲がったやつ」


 依頼帰りの道すがら、レオンがふと呟いた。

「あれは〈曲牙猪〉だよ。突進してくるけど、目が悪いの。風の流れを読むのが苦手だから、魔法で足場を撹乱すると動きが止まるよ」


 レティシアが即座に答える。彼女の記憶力と観察眼にはいつも助けられる。


「なるほどな……助かる。次に出たら、もうちょっと楽に狩れそうだ」


 集めた素材も順調に売れ、二人の資金はじわじわと貯まっていった。元々ほとんど物欲のないレオンと、森と共に生きるエルフであるレティシア。派手な装備に手を出すことも、高級な宿に泊まることもなく、必要最低限の生活を保ちながら、それでも着実に力と経験を積み重ねていく。


「……ねえ、レオン。こうして地道に進んでると、不思議と焦らなくなるね」


 小さな焚き火を囲みながら、レティシアがぽつりとこぼした。


「焦っても意味がないさ。勝手に進む道なら、俺たちが選ぶ意味がないだろうからな」


 レオンの返答は、いつもと変わらず静かで、だが芯のあるものだった。


 そう──彼らの旅はまだ始まったばかりだった。

 いくつもの依頼をこなすうちに、二人はギルド内でも徐々に注目を集めていった。特にレティシアの働きぶりは目を引いた。

 冷静な判断力、魔物の生態に対する的確な知識、そして状況に応じた魔法の使い分け。それらは、戦場において確かな力となっていた。

 ある日、受付嬢の一人が、そっと書類を差し出してきた。


「レティシアさん、ギルドから正式にCランクへの昇格推薦が出ています。実技試験に加えて、筆記試験もありますけど……問題ありませんよね?」


 当然の流れだった。Cランクは、単なる下積みを終えた冒険者たちの最初の壁でもある。 レティシアは驚いた様子も見せず、書類を手に取る。


「……ええ、問題ないです」


 その口調は落ち着いていたが、目には一瞬、静かな熱が宿った。

 隣で様子を見ていたレオンは、少しだけ口元をゆるめた。


「ようやくか。ずいぶん遅かったな、ギルドの判断も」

「そんなことないよ。きちんと手順を踏んでるだけ。……でも、筆記もあるなんて、少し楽しみだね」


 レオン自身は、既に登録時の試験で例外的にCランク扱いを受けていた。実技において圧倒的な力を示し、試験官を唖然とさせたあの一幕は、ヴァレク・クロス支部の中でもひそかな噂になっていたが、ここでは特に知られていない。


「俺は筆記、受けなかったからな……。代わりに標的を斬っただけだった」

「あれはあれで、十分伝わったと思うけど」


 二人は軽口を交わしながらも、次なる目標へと静かに歩を進めていた。

 昇格。それは単なる通過点に過ぎない。だが、確かに彼らの歩みが、周囲に認められ始めている証でもあった。



 ギルド本館の試験場は、朝からざわついていた。

 昇格試験の告知が掲示されると同時に、冒険者たちの間では話題が飛び交った。中でも注目を集めていたのは──ただ一人。

 金糸を思わせる髪に、翡翠の瞳を持つ、エルフの精霊魔法使い、レティシア。

 実力のある冒険者たちがひしめくアスラン・ヘイブンにおいて、彼女がDランクというのは、もはや形式的な話でしかなかった。


「……あれがレティシアか。見た目は華奢だけど、魔法の威力が桁違いって噂だ」

「南の森の共闘戦、彼女の魔法がなかったらヤバかったって聞いたぞ。レオンって剣士と組んでるんだろ?」

「へぇ、あの剣士ね……。まったく、俺たちが地道にやってる間に、上から来る連中が増えたもんだ」


 羨望、嫉妬、好奇心。そのすべての視線が、レティシアに向けられていた。

 だが、当の本人はというと、まるで風のない湖面のように静かだった。受付で試験の説明を受ける間も、淡々と準備を整え、そして筆記試験の席につく。

 試験内容は主に、魔物の分類とその生態、対処法、そして魔法行使における倫理と理論知識に関するもの。レティシアは難なく、すらすらと筆を走らせていく。


 ──〈毒牙蜥蜴〉は高温多湿な環境を好み、口腔内に保持する毒液は揮発性を帯びる。密閉空間での戦闘は危険。

 ──対処法として、風系魔法で換気を行い、熱源を封じた上で遠距離から魔法で討伐。


 彼女が書き終える頃、周囲ではまだ頭を抱える者たちが半分以上だった。


 その後の実技試験では、特設された屋外訓練場にて、制御型の魔力障壁で守られた標的へ向けて魔法を放つ形式が取られた。


「では、開始を」


 試験官の合図に応じ、彼女は精霊と心を交わし、目を閉じる。

 次の瞬間──風が渦巻いた。

 無数の小さな精霊たちが集い、集中した魔力が一点に凝縮される。そして解き放たれたのは、風の刃と雷光を融合させた、高速の斬撃魔法。

 轟音と閃光。標的は瞬時に粉砕され、試験官たちは一様に息を呑んだ。


「……これは、制御と威力の両立か。並の風属性使いには真似できん」

「さすがはエルフの精霊魔法……魔力の流れが精密すぎる。干渉の痕跡が見えない」

「筆記もほぼ満点だ。正直、文句のつけようがないな」


 ギルドの上級職員たちが頷き合い、その日のうちに決定が下されることになる。


「……どうだった?」


 試験場を出たところで、レオンが軽く声をかける。


 レティシアはふっと微笑み、いつもの静かな声音で答えた。


「退屈ではなかったわ。ちょっと懐かしい感じ」

「懐かしい?」

「昔ある教師が出した問題と、似た傾向の出題があったの。あれを解けなかったら、たぶん叱られてた」


 笑いながらそう答える彼女を見て、レオンもどこか安心したように目を細めた。


「……そいつは、手厳しい先生だな」

「ええ。でも、愛情深い人だった」

「元気にしているかな?」

「落ち着いたら手紙でも出してあげましょ」


 そう語るレティシアの横顔は、どこか遠くを見ているようだった。だがその視線は、これから歩む未来へと、確かに繋がっていた。


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