第173話 廃村カラムの異形
レオンとレティシアは、朝から冒険者ギルドへと足を運んでいた。
既にある程度の情報収集と、装備の調達は済ませており、今日は実際に依頼を吟味し、手頃なものがあれば受けてみようという算段だった。
ギルドの扉をくぐると、昨日と同じくピリピリとした空気が漂っていた。
誰が話しかけるわけでもないが、二人が通る度にチラッと視線が向けられる。
新顔に対する興味や警戒心。
「……相変わらず、落ち着かない空気ね」
レティシアは小さく眉をひそめた。だが、隣のレオンはいつも通り、何も気にしていない様子でまっすぐ掲示板のほうへと歩いていく。
(ま、レオンならそうだよね)
レティシアは内心で小さく笑って、その背に続いた。
依頼掲示板の前には、多くの冒険者たちが集まっていた。
重装の戦士、薄汚れた旅装の傭兵風の男、魔術師と思しきローブ姿の女──立場も装いも異なる者たちが、口々に依頼について話し合っている。
「……これ受けてみないか?」
「無茶言うなよ、この間死にかけただろう?」
「ちっ、今日はちょうどいいのがねぇな……」
「みんな、これにするぞ。文句はあとで聞く!」
喧騒の中にも、それぞれの覚悟と生活が垣間見える。
生きるために依頼を選び、仲間と衝突しながらも前へ進む者たちの姿に、レティシアは少しだけ感慨を覚えた。
そして、レオンは一枚の紙に目を止める。
「……これだな」
短く呟いたその声に、レティシアが隣から顔を覗き込んだ。
「どれ? あら、これは……」
レティシアが目を細めて読み上げる。
「『西方の廃村近くに出没する魔物の討伐依頼』。発見された魔物は大型の獣型。被害はまだ出ていないが、商隊からの目撃情報あり……報酬は銀貨二十枚」
「廃村ってことは人は住んでない。危険度は中くらいだが、探索と戦闘、両方こなせる依頼だな。腕試しにはちょうどいい」
レオンはそう言って、紙を軽く引き抜くと、カウンターの方へと歩き出した。
「まったく……こういう時は迷わないんだよね」
レティシアは苦笑しながら後に続く。
カウンターには、昨日と同じ銀髪の受付嬢がいた。二人が近づくと、依頼用紙に目をやり、表情を引き締めた。
「その依頼、受けるのね?」
「ああ。別に問題ないだろう?」
「……確認させてもらうわ。現在のランクはCか……実技評価は最高だったし、制限には引っかからない。いいでしょう。ただ、忠告しておくわ」
受付嬢は声を低くして続ける。
「この手の依頼は、時々“予想外”が起こる。廃村には何が潜んでいるか分からないから、くれぐれも油断しないこと」
「心得てる」
レオンは短く答える。レティシアもそれに倣う。
「受注、完了ね。現地までは徒歩で半日。村の名前は……“カラム”だったはず。かつて疫病で全滅したとされる村よ」
「疫病……?」
レティシアが眉をひそめる。
「記録上ではね。でも、その手の“廃村”って、大抵何かを隠してるものよ。だからこそ、依頼が出る」
「それは面白くなりそうだ」
レオンは口元に微かに笑みを浮かべる。
「じゃあ、さっさと準備して出発しましょ。日が暮れる前には帰ってきたいもの」
「ああ。行くぞ」
レオンとレティシアは、アスラン・ヘイブンの冒険者としての初依頼を受け──廃村“カラム”へと向かうこととなった。
◆
正午を少し過ぎた頃。
レオンとレティシアは、丘陵地帯の細道を抜けて、廃村カラムの入口に辿り着いた。
村は沈黙していた。風もなく、木々は奇妙なまでに静かで、鳥の声すら聞こえない。
小さな木造の家々は朽ちかけ、崩れかけた塀や破れた窓が、かつてここに人の営みがあったことを辛うじて物語っていた。
「……変だね。獣や鳥がいない。完全に“死んでる”ね、この土地」
レティシアが小声で呟いた。
レオンは、村の中央──広場のような空間を見渡しながら、警戒を緩めずに進む。
地面には薄く枯葉が積もっているが、その下に妙な“粘り”を感じた。
「レオン、これ……血?」
レティシアが足元を指す。枯葉の下、土がわずかに黒ずんでいた。古い血のようにも見える。
レオンはしゃがみ込み、それを指で少しすくって嗅ぐ。
「……血じゃない。腐った肉の匂いだ。けど、動物のじゃない」
その瞬間、彼の全身の感覚が鋭く反応した。
──いる。気配が、ある。
「……レティシア、右の小屋の影。何かいるぞ」
レオンの声に、レティシアは反射的に詠唱の構えを取る。
“それ”は、這いずるように姿を現した。
人間……だった。
だが、もう人ではない。
皮膚は灰色に爛れ、眼球は白濁し、口は裂けるように横に伸びていた。
背は曲がり、手足は異様に細長い。まるで、腐った死体が奇妙な進化を遂げたかのような “異形”。
「〈生ける屍〉か、〈食屍鬼〉か?」
「いいえ、違う。あれは……感染者……!?」
レティシアの声に、レオンは即座に剣を抜いた。
異形は、喉から濁った呻き声を漏らしながら、奇怪な動きで地を這い、跳ね、襲いかかってくる。
「来るぞ──ッ!」
レオンが前に出て、その動きを見極めながら剣を振る。
しかし、通常の魔物とは違う。動きがぎこちないのに、妙に速い。しかも──
「複数、来る!」
別の建物の影から、さらに二体、三体と姿を現す異形たち。
「くっ……〈風刃〉よ、切り裂け──!」
レティシアの詠唱とともに放たれた風の刃が、一体の異形を切り裂いたが、肉は鈍く裂けるだけで、まだ動く。
「動きは鈍いが、結構しぶといな。頭を狙うぞ!」
レオンがもう一体を斬り伏せ、その頭部を断ち切った。
──その瞬間、異形は呻きとともにようやく絶命した。
何とか三体を退けたものの、周囲にはまだ動く影がある。中には冒険者らしき面影を残すものもいた。きっと依頼を受けてやってきて、命を落としたのだろう。
「レオン、この村……疫病じゃなかったんだね。これは……魔物の蔓延による感染だよ」
「ああ。元の村人かもしれないな。ここで何かが起きた。それも、普通の病気なんかじゃない」
もはや単なる魔物退治ではない。ここで食い止めなければ他に被害が出る。
二人の意見は一致していた。




