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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第17話 死闘

 何層も何層も下り続けて、どれほどの時間が経ったのか。レオンが辿り着いた場所は、これまでとは異なる広大な空間だった。天井の見えない巨大な空間。地は赤黒く、瘴気が満ち、重く湿った空気が肺を蝕んだ。


「……どうやら、ここが最下層、か」


 足元は石畳。だが、装飾も光も何もない。ただ、広いだけの虚無。まるで全てが終わったかのように、静まり返っていた。

 そして──


「……何だ? 声が……聞こえない?」


 これまで幾度となく頭に響いていた、謎の呼び声。それが、ぴたりと消えていた。


「まさか……ここに導いたのは、罠……?」


 疑念が浮かんだ瞬間、足元が微かに震えた。いや、違う。これはダンジョンそのものが揺れている? 揺れが次第に大きくなる。


「地震……? いや、違う? うぉっ……!」


 ゴゴゴゴゴッ!!


 突如、空気が変わったのがわかった。冷たいわけでも、熱いわけでもない。ただ、“世界が違う”と感じるような圧力が、全身にのしかかってきた。そして、目の前の空間が裂けていく。


 そこから現れたのは──


「……って、嘘、だろ……」


 影。否、巨影。

 這い出るように現れたその存在に、レオンは言葉を失った。五つの頭を持つ魔物、ヒュドラ。頭それぞれが異なる色を持ち、異なる意思を宿しているように感じる。まるで五つの獣が一つの身体を共有しているかのようだ。だが、その身体は明らかにヒュドラの域を超えていた。全長はおそらく三十メートルは下らず、身体中が魔力のうねりで歪んでいる。


「……ヒュドラ……どういう冗談だよ……」


 ヒュドラの一歩が地を揺らす。一つの咆哮が空間を震わせ、耳をつんざく。

 心臓が音を立てて暴れ出す。魔力。殺意。圧。その全てがレオンを押し潰そうとしていた。恐怖というものが、これほど形を持つとは思わなかった。

 それでも──


 グァァァアアア!!


 咆哮が空間を震わせる。逃げ道などない。目の前にいるのは、殺す気で襲ってくる“災厄”そのもの。


「……っ、戦うしかないよな……!」


 震える膝を叱咤し、剣を握り直す。


「どうせ逃げても、食われるだけだもんな……」


 一歩。さらに一歩。レオンは、対峙する。

 頭の一本が雷を吐き、もう一本が毒の霧を吐き、三本目は炎を、四本目は氷を、五本目は斬撃そのものを放ってきた。五つの頭が一斉に牙を剥いた瞬間、空間を埋め尽くすような魔力が炸裂する!


 ギィィン!!


 レオンの剣が火花を散らした。襲い掛かってきた頭の一つを辛うじて受け止めたが、その一撃だけで腕が痺れ、全身が地面にめり込むのではないかというほどの衝撃が走る。


「……クソッ、重すぎる……!」


 まさに万象の災厄。攻撃が連動しており、動きに無駄がなかった。防御を崩せば即死、集中力を欠けば踏み潰される。


「来いっ……!」


 レオンは片手を突き出す。あの不思議な力を解放する。


 ドゴォッ!!


 ヒュドラの咆哮とともに、一つの首が真横に吹き飛び、壁に叩きつけられた。だが、致命打ではない。頭部が崩れても、再びうねりながら形を戻す。


「再生まで……!」


 疲労が、焦りとなって胸を焼く。全てを防ぎきるのは無理だ。だが、戦わなければ生き残れない。突如、背後から冷たい殺気。


「ッ!」


 反射的に転がって避けた刹那、巨大な尾が地面を砕いた。破片が弾け飛び、腕に切り傷が走る。


「クソ……どこが弱点なんだ……!」


 力を集め、再び放つ。今度は、相手の足元を浮かせ、バランスを崩させる。

 それと同時に剣を構え、跳躍──


「喰らえぇぇぇっ!!」


 雷鳴のような一閃が、一本の首を貫いた。血が飛び散る。ヒュドラの悲鳴が空間に響く。


「……やれる、やれるぞ……!」


 だが、すぐにもう一つの頭が襲いかかる。レオンは剣を振るい、力を使い、逃げ、撃ち、斬り続ける。命を削るような攻防。希望と絶望が交錯する、地獄のような戦いが続いていく。五つの頭のうち、一本を貫いたというのに、ヒュドラはまるで怒ったようにうねり、再生を始めていた。



 もう、どれくらい戦っただろうか?


「クソッ……これじゃ、いつまで経っても終わらない!」


 レオンの呼吸は荒く、腕は既に痺れて動かなくなりつつあるし、身体のあちこちに打撲や切り傷が増えている。特に左肩から脇にかけて受けた傷が酷い。剣も、刃こぼれしはじめていた。

 限界は近い──それでも、諦めるという選択肢はなかった。


 ──あの声が、再び頭の中に響いた。


(……を……)


「……!」


 懐かしいようで、どこか異質なその声。

 確かに一度は途絶えていたはずなのに、再びはっきりと、今、聞こえている。


「……誰だ……お前は……!」


 声に返答はなかった。ただ──


 ズン!


 胸の奥から、何かが“開く”ような感覚。

 あの“動かす”力とは異なる、さらに根源的な何かが、身体の内側から溢れてきた。


「……力が……溢れて……!」


 次の瞬間、レオンの身体を覆うように、淡く光る紋章のような痕が浮かび上がる。

 そして、右手を振り上げた瞬間──


 ズガァァァァァン!!!


 空間ごと叩き潰すような衝撃が走った。目の前の一本の首が、一撃で粉砕される。再生の気配すらない。


「……消えた……!? 完全に……!」


 消えたわけではない。力の強さが変わっていた。“動かす”力は、より強く、速くなっていた。その強い力が高速でヒュドラの首を叩きつけたのだ。

 五つあった頭は、今や三つ。ヒュドラが初めて、恐れたように一歩引いた。


「……なんとか……なるかもっ……!」


 レオンは走る。

 こうなればもう怖くない。

 この命を賭けるだけの意味が、ようやく見えた気がした。


「僕がここで、終わらせるんだッ!!」


 ──死闘は、決着の時を迎えようとしていた。

 三つ、二つ、そして──


「──らああああッ!!」


 レオンの叫びとともに放たれた最後の一撃が、残る頭を砕いた。


 ドオォォン!!


 その衝撃で地鳴りが起こり、天井の一部が崩れる。

 ヒュドラの巨体が、もがくこともできず、崩れ落ちる。

 辺りは灰と、静寂に包まれた。


「……はぁ、はぁ……倒した、のか……?」


 信じられなかった。だが、確かに、そこに動くものはいない。

 崩れた瓦礫の中に倒れ込みながら、レオンはゆっくりと剣を床に落とした。

 その瞬間──


 ズゥゥン……


 遺跡全体が、また微かに震えた。どこからか、光が差し込むように、空間の奥で巨大な石の扉がゆっくりと開いていく。


「……何だ……?」


 レオンはよろよろと立ち上がり、奥へと歩を進める。扉の中は小さな部屋程度の広さで、その中心に浮かぶ光の球体があった。球体はまるでレオンを待っていたかのように、やさしく脈動している。


「……?」


(汝、試練を乗り越え、“力”に目覚め、選ばれし地に至った。今ここに、“継承”の儀を行う)


 次の瞬間、光の球体が膨張し始め、眩い閃光が、レオンを包み込んだ。


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