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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第169話 魔物の待つ道

 数日間の滞在で、レオンとレティシアは数件の依頼をこなしていた。最初に受けた〈泥蛇〉の討伐以降、内容はすべて魔物の駆除依頼。街道近くに現れたはぐれオーガの群れ、集落を脅かす〈泥蛇〉の再出現、沼地に棲む大トカゲの巣の掃討など。どれも冒険者としては基礎的ながら、油断すれば命取りになるものばかりだった。


「護衛依頼も検討したけど……結局いいのがなかったね」


 ギルドの酒場で軽食を取りながら、レティシアがぽつりと漏らす。


「拘束時間が長すぎるし、この辺りの地理も詳しくないしな。旅商人の後ろをだらだらついていくのは効率が悪いもんな」


 レオンは冷静にそう返すと、パンを齧った。


「……でも、駆除系の依頼ばっかりで、ちょっと泥臭いね。魔物の血と泥で靴がダメになりそうだよ」

「でも戦えるって証拠だ。今のうちに慣れておくに越したことはないんじゃないか?」

「……うん、そうだね。そう考えないと〈泥蛇〉なんて相手にしてられないよ」


 依頼を終えるごとに、二人の名前はこの街でも徐々に知られ始めていた。特に、三体のはぐれオーガーを二人だけで討伐した件は、他の冒険者の耳にも入っていたようで、ギルドで視線を向けられることも増えた。

 だが、レオンとレティシアはこの街に長居する気はなかった。目的はあくまで、その先にある。


「そろそろ動くか」


 ギルドを出た帰り道、レオンがそう呟いた。


「次の街……アスラン・ヘイブンね」

「ギルド本部がある街だな。冒険者の街とも呼ばれてる。南には未開の地も広がってる」

「つまり、もっと強い魔物が出る、ってことでしょ?」


 レティシアは苦笑しながらも、その瞳にはわずかな高揚があった。試される場所──そう直感していた。


「ああ。こっちより、ずっと手強い魔物がうようよしてるらしいぞ」


 レオンは剣の柄に手を置き、軽く腰に馴染ませた。

 その眼差しには恐れではなく、研ぎ澄まされた意志が宿っている。


「危険だけど、強くなるにはうってつけだ」

「それに、あっちのギルドにはきっともっと高ランクの依頼があるはず。登録の時に言われたでしょう? “腕を示せば、ギルドはそれなりに応える”って」

「……ああ、楽しみだな」


 その日の夕刻、二人は再びギルドを訪れ、奥にある情報掲示室でアスラン・ヘイブンへの道について調べていた。資料の多くは手書きの地図や注意書きの束で、いずれも旅慣れた冒険者たちの記録によるものだ。

 道は二つ。比較的安全だが、険しい難所を避けて迂回する、遠回りなルート。商人を中心に使われている。行程はおよそ十五日を要する。

 もう一つは、〈石骨の峡谷〉と呼ばれる危険地帯を行くルート。およそ四日から五日でアスラン・ヘイブンに向かうことが出来る。

 そしてレオンとレティシアは、当然峡谷を行くつもりだった。


「ふむ……ここか。〈石骨の峡谷〉」


 レオンが指でなぞった地図上の一帯に、レティシアも目を向ける。


「今いる街とアスラン・ヘイブンを繋ぐ二つのルートの内一つ……しかも二日目の行程はかなりの難所みたいね」

「かつて山が崩れた際にできた断層地形……白灰色の岩がむき出しで、風化した石柱や奇岩が林立してる……か」

「つまり、見晴らしはいいけど、足場が悪くて崖道や急坂が多いってことかな?」


 レティシアは肩をすくめた。


「落石の危険もあるし、水脈は地下……地上じゃ水の補給もできないみたい」

「日中は暑くて夜は寒い……なるほど、完全に野営向きじゃないな」


 レオンは呟き、次の注意書きに目を落とした。


「毒虫と瘴気……峡谷内には体調を崩す危険地帯が点在。毒消し薬、それと“抗瘴草の茶”を携帯するよう推奨、だと」

「魔道具店で茶葉を見たことがあるよ。煮出して飲むやつね。準備しておかなくちゃ」

「なら、水筒にも入れておくか」


 二人はさらに注意点を読み込んでいく。


「荷物は軽装が基本……崩れやすい岩場で重い荷を背負ってたら、身動きが取れなくなるってさ」

「こっち、魔物の情報。三種──どれも面倒そうだよ」


 レティシアが記された魔物の名を読み上げていく。


「えーっと、〈シルヴァ・スパイン〉……岩壁に擬態する大型の魔物。白銀色の硬い殻で覆われてて、静止してると完全に岩と見分けがつかない……って、いやだねぇ」

「一度気付かれたら、跳躍で襲ってくる。毒爪を使うってのが厄介だな。……神経麻痺の恐れあり、対処は毒消し薬と毒耐性装備……じゃあ、薬頼りかな」

「魔法か打撃武器なら殻を壊せるらしいけど……腹を突くには至近距離。うーん、かなり面倒だね」

「剣だときついかな。最悪俺が【原初の力】で吹っ飛ばすか、圧し潰すか……」


 続いて、もう一体。


「〈ブラッド・リーチャー〉、吸血魔虫の群れ。瘴気の濃い地帯に生息してて、空中を漂いながら寄ってくる。露出部に張りついて血を吸う……うっ、想像しちゃったよ」

「長時間放っておくと体力がごっそり削られるってやつか。焚火と煙が効くってあるな。……火と風に弱い。焼き払うか吹き飛ばすってことか」

「じゃあ、あたしの魔法で一掃できる、いや、絶対する!」


 レティシアはフンっと気合を入れる。


「最後は……〈クラックロア・ゴート〉、地属性の中型獣。オーガ並みの突進力、頑丈な角、群れで行動することが多い……しかも岩場を自由に駆け回るって、とんでもないね」

「一匹鳴くと他のも来る……引き離すか、魔法で足止め、あるいはスピード勝負ってことか」

「でも足場の悪さを考えると……正面からぶつかるのは避けたいかな」


 最後に注意点がまとめられていた。


「夜間は出現率が倍増。特にリーチャーとスパインが活性化。……ってことは、峡谷の夜は地獄か」

「雨でも降ったらもっと最悪よ。全体が滑りやすくなって、落石も増える。熟練者でも単独行は推奨されないって明記されてる」


 読み終えた二人はしばし無言になり、互いに顔を見合わせた。

 やがて、レオンが小さく笑う。


「……こっちよりずっと手強い魔物がうようよしてる、ってのは、どうやら本当みたいだな」

「でも、準備を怠らなければ越えられる。そういう場所でしょ」


 レティシアの声に、芯の強さが滲む。


 そして二人は、再び荷をまとめ、次なる目的地──アスラン・ヘイブンへと歩みを進めることにした。

 冒険者たちの集まる都市にして、真に力ある者たちが名を馳せる場所。

 それは、新たな出会いと戦いの幕開けでもあった。


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