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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第148話 旅立ち

 ラドニアの陽は穏やかに照っていたが、その日、レオンとレティシアが宿の一室で受け取った報せは、空気を一変させた。

 情報屋が持ち込んだ密書──そこには、聖教国の聖都アルシアで発生した一件の詳細が記されていた。


「異端者の潜入……か」


 レオンは紙を指先で滑らせながら、低く呟いた。

 その口調に、隣のレティシアが眉を寄せる。


「何があったの?」

「どうやら、聖都で異端の集団が潜伏していたらしい。〈聖女〉の指示で一斉に拠点が包囲され、諜報員や協力者もまとめて拘束された。けど……主犯格だけは逃げ延びたようだ」


 レティシアの目が細くなる。


「異端って……〈黒翼〉でしょ? それって……」

「ああ、セリーヌの言ってた通りだ」


 数日前、聖教国の異端審問官セリーヌからもたらされた密告。

 “聖都内部に〈黒翼〉の浸透者がいる”という情報は、やはり事実だったのだ。

 レオンは少しだけ目を伏せる。


「……そして、逃げた主犯格がラザフォードだとすれば、納得がいく。あいつは、今もなお〈門〉の情報を狙って動いているはずだ」


 レティシアはしばらく黙ってから、ぽつりと呟いた。


「となると、〈黒翼〉は本格的に聖教国内を掌握しようとしてたってわけね。でも、それが〈聖女〉の命令で潰された……なんだ、やろうと思えば自分たちでやれるじゃん」


 レオンが苦笑する。


「俺たちは保険のつもりだったのかもな。あるいはやる気を出したか、だ」


 情報屋の言葉によれば、混乱は既に沈静化し、聖教国の公式声明では「迅速な対処により脅威は排除された」と報じられている。しかし、その裏では──一部の枢機卿が〈聖女〉の決断を不満に思い、統制が揺らぎ始めているらしい。


「国内の不満分子も動き始めてるみたいだな。〈聖女〉の派閥と、旧来の枢機卿派で緊張が高まってるとか」


 レティシアは目を細めて、椅子にもたれた。


「ただでさえ脆いバランスだったのに……これじゃ、いつ内乱になってもおかしくないわね」

「このままじゃ、聖教国そのものが危ういな。表向きは秩序を保ってるように見えて……内部は、完全に分裂寸前だ」


 レオンは口元を引き締めた。


「それでも俺たちが首を突っ込む必要はないな。今は──情報を集めて、見極めるべきか」

「そうね。下手に動けば、こっちまで“異端の仲間”だって、濡れ衣を着せられかねないもの。ラザフォードが逃げたとなれば、また次の動きが来るはず。……向こうも“本気”になってるでしょうし」



 ラドニアの朝は静かだった。石畳の小道に露が光り、遠くの鐘楼が一日の始まりを告げる中で、レオンとレティシアは荷をまとめていた。


「……さ、行こっか」


 レティシアがそう言いながら、認識阻害の魔道具をチェックする。問題はなさそうだ。

 レオンは窓の外を見やりながら、軽く頷いた。


「聖教国の情勢は整理できた。〈黒翼〉の潜入は事実、〈聖女〉がそれを押さえ込んだのも本当だ。……ただ、今後はそれだけじゃ済まない」


 情報屋からもたらされた報告、セリーヌの密告、聖都の混乱。そしてラザフォードの逃走。これらはすべて、聖教国内の“深い腐敗”を示していた。


「〈聖女〉との連絡手段は確保できた。それは前進だし、繋がりができたのは喜ぶべきことだとは思うよ。……でもな」


 レオンの声には、どこか慎重な響きがあった。


「問題はこれからだ。近いうちに、聖教国内で権力闘争が表面化する可能性が高い。〈聖女〉派と、旧来の教義に固執する枢機卿たちとの間でな」


 レティシアは静かに頷いた。


「ここであたしたちが深入りしすぎたら……確実に巻き込まれるよね。もしかすると、いいえ、利用されることもある」

「ああ。だから決めておきたいんだ。俺たちが関わるのは、あくまで〈黒翼〉との戦い、そして聖教国が“自浄”するために必要な範囲に限る。それ以上の内部闘争には、踏み込まない」


 それは妥協ではなかった。明確な一線だった。

 だからこそ、曖昧な“正義”に引きずられるわけにはいかなかった。


「いくら〈聖女〉と繋がりが出来たと言っても、教皇や枢機卿たちは、俺を絶対に認めないだろうしな」

「うんうん。変に肩入れしたら、後でどこかの派閥の敵にされるだけだしね」


 レティシアの言葉に、レオンは微かに笑った。


「それにどうせ〈黒翼〉もまた動くだろう? 奴らは今も本拠地をどこかに移して潜んでいるからな。聖教国の包囲網を抜けた連中が、何もせずに黙っているとは思えない」

「たしかに、あいつらのやり口からして、そう簡単に手を引くとは思えないわね」


 レティシアは頷きながら、腰の双剣を確かめた。


「じゃあ、行きましょ、自由都市連盟へ」


 こうして二人は、しばし身を置いていたラドニアを離れることを決めた。

 背中に風を受け、旅支度を整えながら、再び世界の影に足を踏み出す。



 ラドニアの街の外縁──港町としての顔を持つこの場所には、今日も朝から喧噪が満ちていた。潮風に混じって、香辛料や果実の匂いが漂う。波止場には各地から集まった商船が並び、荷下ろしや積み込みに追われる船員たちの掛け声が飛び交っている。

 市場には異国の品々が所狭しと並び、街道から続々と訪れる旅人や商人たちで活気に満ちていた。まさに交易の都。その名にふさわしい雑多さと熱気が、ここにはあった。


(民間に活気があって、賑やかなのは、いいことだな。王都とはまるで違う)


 そんな喧騒の中、レオンたちは目指す一隻の船を見つけていた。


「これか?」


 その船は、南の大陸との定期航路を担う大型の帆船で、白銀の帆にラドニアの紋章が描かれている。木製の舷側には古い傷跡が残るものの、整備は行き届いており、長い航海にも耐えうる造りだと見て取れた。


「結構大きい船なんだな」

「大勢の客が乗り込むらしいし、これでも客室は一杯らしいよ?」


 乗船の列に並びながら、レオンは静かに空を仰ぐ。澄んだ青空の彼方に、これから越える海が続いていると思うと、胸の奥が僅かに高鳴った。


「いよいよだね」


 隣に立つレティシアが、柔らかく声をかけてくる。日差しを遮る帽子のつばの下で、彼女の瞳がわずかに輝いていた。


「ああ。なんせ船の旅は初めてだからな、ここしばらくずっと、楽しみだったんだ」


 レオンは小さく笑いながら応える。何気ないやり取りの中にも、長い準備期間を経てついに出発するという実感が滲んでいた。


「でも、船ってけっこう揺れるって聞いたけど……どうなんだろうね?」

「そういうの、俺は案外平気かもしれないな。けど……酔ったら助けてくれよ?」

「ふふ、あたしも初めてだし、どっちが先に酔うかの勝負になるかも」


 二人の会話が耳に入ったのだろう。荷運びの為に後方で作業していた船員が、小さく苦笑しつつも、気合を入れて荷物を担ぎ直した。


 やがて船員が列を整理し、順番が巡ってくる。

 重厚な甲板を踏みしめた瞬間、足元に微かな浮遊感が走った。

 これが、二人の海の旅の始まり──


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