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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第147話 聖教国の膿

 高窓から降り注ぐ陽光が、金装飾のテーブルを照らしていた。長椅子にずらりと並ぶのは、聖教国の最高意思決定機関である枢機卿会議の面々。空席が二つだけ──教皇席と、枢機卿席である。

 沈黙の中、〈聖女〉セラフィーナが静かに口を開いた。


「……〈黒翼〉の潜伏拠点は、すべて制圧いたしました。捕縛者は七名。内、三名が内部諜報員と確認されております。残る者も尋問により有益な情報を引き出せる見込みです」


 その隣に控えるのはクラリスとセリーヌ。両名とも硬い表情を崩さず、聖女を補佐するように立っていた。

 一部の枢機卿が、感嘆と賞賛の声を漏らした。


「見事な成果だ」

「あの〈黒翼〉をここまで……」


 だが、その熱に水を差すように、別の声が挟まれる。


「……しかし、〈聖女〉殿。これほどの大規模な作戦を、枢機卿会議に一切の相談なく独断で行ったことについて、我々は無視できぬ」


 声の主は老齢の枢機卿。教義解釈に厳格で知られ、セラフィーナに対して懐疑的な立場を取ってきた人物である。


「〈聖女〉とはいえ、単独で軍を動かし、聖都内部における捜査・逮捕・尋問まで断行するのは、本来ならば越権行為ですぞ」


 沈黙が広がる。

 しかし、セラフィーナは微笑すら浮かべることなく、まっすぐに応じた。


「その通りです。私の行動は、法に照らせば越権であり、非礼でもあります。しかし、放置すれば聖教国の根幹を蝕む“毒”が、さらに深く根を下ろしていたことでしょう」

「だからといって、〈聖女〉が裁きの剣を振るうというのは──」

「──聖なる剣は、腐敗した手で握られるべきではありません」


 静かだが、意志のこもった言葉に、会議室が一瞬凍り付く。

 その言葉には叱責──枢機卿たちに対する不信が込められていた。

 そして、間を置かずにセラフィーナはさらに言葉を続けた。


「法の手続きが大切であることは、もちろん承知しています。ですが、それを守ることで事態が改善されたでしょうか? 長年、聖都の内側で〈黒翼〉が暗躍していたことを、会議の皆さまは本当に知らなかったのですか?」


 会議室の空気がわずかに揺らぐ。声を上げかけた者の喉が、音を飲み込んだ。

 セラフィーナの視線が、一人一人の枢機卿をゆっくりと見渡す。


「私は、裁きを望んでいるのではありません。ただ、問いかけているのです──“誰が動かなかったのか”、そして“誰が責任を取るのか”を。……いかがでしょうか?」


 沈黙は再び会議室を満たし、今度は誰も言葉を返さなかった。

 クラリスが一歩前に出る。


「我らが突き止めたのは、ラザフォード枢機卿一人の堕落ではありません。禁書庫に仕掛けられた結界の歪み、閲覧記録の改竄、衛兵のすり替え……明らかな内部協力者が多数存在していたのです」


 そして一拍置いて、冷ややかに言い放った。


「いずれ尋問の結果、関与した人物の名は明らかになるでしょう。詳細は整理のうえ、近日中に公表される予定です」


 その言葉に、一瞬空気がピリついた。

 セリーヌもまた声を重ねる。


「我々は、目を背けてはなりません。この機会を逃せば、次に〈黒翼〉が牙を剥くとき、それは国そのものを喰い破るでしょう」


 会議室には重苦しい空気が流れる。誰も反論できない。なぜなら、この事態が表沙汰になれば、自らの立場が危うくなる者も多くいるからだ。

 やがて、一人の若い枢機卿が静かに口を開いた。


「我々は、この“膿”をすべて洗い流すべきです。〈聖女〉殿の行動は危険を伴いましたが、結果として国を守った。……今こそ、清めの時です」

「同意する」

「異論はない。むしろ、これを機に徹底的に……」


 だがその中の一人、中年の枢機卿が、わざとらしいほど穏やかな笑みを浮かべて言った。


「〈聖女〉殿は英断を下された。我々も真摯に受け止め、協力を惜しまぬつもりですとも」


 その声は、場を取り繕うように響き、しかしどこか浮ついていた。

 セラフィーナは黙してその男を見つめた。その枢機卿が真っ先に名前を出されたくない立場の一人であることは、既に調査によって把握している。


(自分の身が燃えぬよう、他人の火に聖水を注ぐか……)


 次の瞬間、セラフィーナはゆっくりと口を開いた。


「それはそれは、ありがとうございます。──既に判明している内部協力者もおりますので、発表をお待ちください」


 その声音は、礼の言葉でありながら、凍えるように冷たかった。

 中年の枢機卿は一瞬で顔色を失い、口ごもる。


「あ、いや……ええ、まあ……」


 額から頬へと汗が伝い、手元の書類が湿っているのにも気付かぬほど、彼の動きはぎこちなくなる。

 セリーヌとクラリスは、顔を動かさずに冷酷な視線を交わした。二人の瞳に宿るのは、信仰ではなく、腐敗に対する冷徹な断罪の色だった。

 枢機卿たちの間に「膿を出し切る」という流れが広がっていく。表面上は正義感と改革意識に満ちているが、その裏には保身と政治的な駆け引きが、静かに、確かに渦巻いていた。


(論点のすり替え……信仰ではなく保身からの言葉……やはりこの国は……)


 セラフィーナはそっと溜息をつく。だが、彼女の胸の奥では、確かな決意が芽を深くしていた。


(いずれ、この腐敗しきった連中を──なんとかせねばならない)


 しかし、そんな議論の中、誰もが心に抱えるある“疑念”があった。


「──教皇は、今回の件について一切の発言もなく、姿も現されておられない」


 ついに、枢機卿の一人がその沈黙に言及したのだ。


「今回だけではない。この混乱にあってなお、御姿を見せぬとは……」

「病という話だが、本当にそうなのか?」

「あるいは、教皇の周囲も既に……」


 重なる声に、セラフィーナも目を伏せる。教皇が真に沈黙している理由を、彼女はまだ知らなかった。ただ、その不在が、今後さらに大きな波を呼ぶことだけは間違いなかった。


「教皇は一体、何をお考えなのだ? この国がここまで揺らいでいるというのに……まさか、責任を放棄されるおつもりなのではないだろうな」


 ピリッと空気が張り詰める。


「──言葉を慎め」


 別の枢機卿が鋭く咎めたが、動揺は抑えきれていなかった。


「だが、あまりにも不自然ではないか。沈黙し続けるには、時機を逸しすぎている」

「教皇はお歳を召しておられる。我らが支えねば……」

「支える? いや、“代行する”つもりか?」


 言葉が刃となって飛び交い、誰もが互いを牽制し始める。

 その様子に、セラフィーナは静かに目を伏せた。


(……事実上の責任放棄。教皇も、枢機卿たちも……)


 聖なる座にあるはずの人々が、責務を果たさず、ただ自らの保身と権威に固執している。その構図が、もはや隠しようもなく浮き彫りとなっていた。

 そして、冷え切った沈黙の中──彼女の胸には、ある覚悟が芽吹きつつあった。


(誰も立たぬのなら、私が……)


 その小さな決意は、やがて聖教国の運命を変える火種となる。

 そして、枢機卿会議の重厚な扉が再び閉じられる時──

 聖教国に対する、“周辺勢力からの圧力”という名の動乱が、いよいよ幕を開ける。


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