第14話 遺跡の異変
時は、レオンが古代遺跡の内部に入った頃に遡る。
辺境伯爵家の作戦会議室には、石造りの長机を囲むように、数名の騎士と文官、そして老魔導師が集まっていた。
「……探知魔術に確かな反応がありました。遺跡の封印、あるいはそれに近い構造の魔力層が、一時的に揺らいでいると思われます」
そう報告したのは老魔導師のゼムロス。長年ギルベルト辺境伯爵に仕えてきた彼の顔にも、わずかな緊張が浮かんでいる。
「ふむ。これまで百年近く、誰一人として入口を見つけられなかった遺跡だ。その封印が揺らいだとなれば、軽視はできまい」
ギルベルトは椅子に深く腰掛けたまま、低く重い声で言った。
「問題は、“誰が”封印に触れたかだな、やはり例の少年か?」
文官の一人が手元の資料をめくりながら口を開く。
「……報告では、数日前より森へ入ったとのことです。名前は“レオン”。ギルドの登録情報によれば、年齢は十歳。特筆すべきスキルは……なし」
「十歳?……スキルなし?」
騎士の一人が眉をひそめる。しかし、ゼムロスは静かに頷いた。
「間違いありません。その者の行動記録は不自然に途切れていますが、遺跡付近で感知された魔力と、彼が森に入った時期はほぼ一致しています」
「……では、その十歳の少年が、遺跡の封印に接触したというのか? ……スキルなき者が、あの遺跡に入ったと?」
騎士が信じられないという顔をする。無理もない。
ギルベルトは無言のまま机に肘をつき、指を組んだ。
「ええ、痕跡は確かに現れました。彼の持つ何かが、遺跡の封印と共鳴した可能性もあります。……我々の常識の及ばぬ領域ですな」
ギルベルトはしばし黙し、やがて静かに口を開く。
「興味深い。ならば、引き続き監視を。必要なら接触も辞さぬ。……可能性の芽は、見逃すな」
「御意」
重々しい言葉の後、話題が切り替わる。
「……ところでゼムロス、調べはついたのか?」
ギルベルトがぼそりと呟き、ゼムロスが再び口を開いた。
「はい。彼は、南東の男爵家、アルテイル男爵家の次男とのこと。庶子にして、最近追放されたという話が一部にあります。家族の記録には、剣術に励んでいた形跡はありますが、特に目立った評価は……」
「なるほどな。あの男爵家の、か」
ギルベルトは鼻で笑った。
「長男、エリオット・アルテイルは、昨年〈聖騎士〉のスキルを授かりましたが……いまだその力に見合った実績は確認されておりません。調べたところ、訓練への姿勢も乏しく、近隣の騎士学校に名ばかりの通いをしているのみ。むしろ、中央の下級貴族や商家との交遊に力を入れている様子」
辺境伯はわずかに眉をひそめた。
ゼムロスは続ける。
「おそらくは中央への野心があるのでしょう。〈聖騎士〉というスキルの肩書を使い、上流貴族との縁を模索しているようです。しかし実力が伴わなければ……この地では長く持たぬかと」
「やはりスキルに舞い上がっただけの愚か者か」
ギルベルトが低く呟く。
「はい。加えて次男、レオンについて。妾腹ではありますが、幼少より独自に剣術を学び、森で狩りなどをし、時折は魔物──弱いものに限りますが──なども倒していたようで、領内での評判は悪くなかったようです。ですが、スキル授与の儀にて何も得られなかったとのことで……」
魔導士の目が細くなった。
「それを恥とした父親、さらには長男の進言により、家から、そして領地からも追放されています」
「……スキルを授からなかったとは言え、十歳の子供を追放、か」
「はい。その後はここ伯爵領にて冒険者となり、現在に至ります」
ギルベルトの目が細くなる。苛立ちを隠せないのだろう。
「それとは別に、その男爵家からの使者が度々来ております。最近になって、当家と交流を深めたいと強く働きかけているようでして」
ゼムロスの言葉に、ギルベルトは鼻で笑った。
「ふん……今更、何の風の吹き回しだ。〈聖騎士〉のスキルにあぐらをかいた坊主が、少しばかりの名声で中央とのパイプでも欲しいのか? それか父親の意向かもしれんな」
その口ぶりには、明らかな軽蔑が滲んでいる。
「だが、一度くらいは会ってやってもよかろう。どのみち、見定めて王都方面への報告もせねばならん。最低限の礼儀として、招待状を送ってやれ。来たければ来い、とな」
そして小さく笑みを浮かべた。
「〈聖騎士〉の力が、どれほどのものか。見ておいて損はない。せいぜい、その程度の関係で十分だ」
その声には、力なき名誉職を笑う老練な戦士の冷ややかさと、どこかでレオンという少年の帰還を信じる確かな意志が、同時に宿っていた。




