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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第130話 噂

 激闘が終わった地下水路──。

 レオンは深く息を吐き、ゆっくりと剣を鞘に収めようとした──だが、カチリ、と音が鳴って手が止まる。


「……またか」


 鞘に戻しかけた剣には、無数の細かな亀裂が走っていた。

 蒼白い光を帯びていた剣は、その輝きを完全に失い、まるで時間の止まった氷のような脆さを纏っていた。


「〈終影・裂天穿〉……ちょっと力を注ぎすぎたか」


 そっと剣に触れる。わずかな衝撃にも関わらず、わずかに軋み、脆くも音を立てて欠けた。

 レティシアが後ろから覗き込み、思わず顔をしかめる。


「……それ、もしかして──」

「ああ、完全に限界だな。先日、買ったばかりのやつなんだがな……」


 自嘲気味に呟くレオンの顔に、わずかな疲れが滲む。

 それでも、命を繋いだという事実は否定できなかった。

 レティシアは溜息混じりに肩をすくめる。


「まったく……破産しないようにしましょ。剣だけで食費の三倍なんだから」

「いや、命より安い。……と言いたいところだが、さすがに財布が泣いてるな」

「というか泣かせてるの、レオンでしょ? 悪い男よね~」

「前の分と合わせて、〈黒翼〉に請求するか」


 笑い合いながら、二人はゆっくりと地下水路を後にした。

 レオンは破損した剣を丁寧に布に包み、もう一度だけその柄に触れる。


「……すまない。よく耐えてくれた」


 レティシアはそんなレオンの背を見つめ、静かに頷く。


 やがて、月の光が射す地上へと戻った二人は、喧騒から離れた裏通りを通って、いつもの宿へと歩みを進めていく。

 敗走した敵、明らかになった〈黒翼〉の気配、そして破損した剣──。

 全てが、これからの戦いの苛烈さを示していた。


 だが、今夜だけは。


「……レティシア」

「なーに?」

「傷薬、ある? くそッ、あいつ、人のこと、いいように斬りまくりやがって」

「あんたも以前に、同じようなことしてなかったっけ?」

「……あれは教育的指導の一環だ」

「はいはい。宿に帰ったらおねーさんが手当てしてあげるから」


 そんな他愛ないやり取りが、夜の静寂に溶けていった。

 戦場の緊張と殺意の余韻を背に、二人は少しだけ笑いながら、いつもの宿へと帰っていった。



 数日後、夕暮れのラドニアの街。陽が傾き、赤く染まった通りを、レオンとレティシアは並んで歩いていた。通りを抜け、次の店へ向かおうとした時、ふと立ち寄った武器屋で興味深い話を耳にする。


「南の大陸の自由都市連盟に、凄腕の鍛冶師がいるらしいぜ。剣一本で魔獣を屠るって噂もある。そいつの打つ剣は、“魂を宿す”って話さ」


 年季の入った店主が、煙管をくゆらせながら語った。


「へえぇ……自由都市連盟か。でも結構遠いな、海を渡るんだろう?」


 レオンが腕を組む。


「そうだね。簡単に行ける場所じゃないね」


 レティシアもやや顔を曇らせた。


「でもな……その鍛冶師、かなり気難しいらしいんだとよ」


 店主が眉をひそめた。


「気難しい?」

「ああ。気に入らなけりゃ、金を積んでも打ってくれねえし、現物の剣すら売ってくれねぇ。要するに、“見る目”で選ばれてるってこった」


 レオンは少し考えるように視線を落とし、それから静かに頷いた。


「まさに職人ってことか……それでも、会ってみる価値はありそうだな。剣が俺を選ぶのか、俺が剣を選ぶのかはわからないけど……それでも」


 レティシアの目が、どこか楽しげに輝いた。


「いいじゃん、おもしろそうな話だね」


 武器屋を出たところで、レオンは手にした剣をちらっと見やった。


「……とりあえず、これでしばらくは凌げるか」


 それはどこにでもある量産品の剣だった。造りは悪くないが、レオンの力と技を支えるには、明らかに心許ない。


「妥協、だね」


 レティシアが、少しだけ困ったように笑う。


「贅沢は言えないな。あの“本命”を手に入れるまでは、無茶はできないさ」

「無茶してたじゃない。イーリスとの戦いのときも」

「……あれは仕方なかった」


 レオンは小さく肩をすくめた。あの戦いでは、通常の剣技では圧されていた。それだけイーリスの殺しの技術は鋭く速かった。〈原初の力〉を使い、身体強化してようやく彼女の攻撃を受けることが出来たし、だからこそ、奥義を使わざるを得なかった。


「……まだまだ修行しないとだな」

「え? まだやんの?」


 レティシアは、うひゃあと大袈裟に驚いて見せる。


「ああ、といっても現状の技術を日常で磨いていくってことだ」

「まあ、それならいいんだけど。また数年、修行に籠ることを想像しちゃったよ」

「技自体は全て習得()()()()()いるからな。後はその精度と威力を高める」

「レオン、あんたセファルに怒られるよ?」

「それだけ厳しい修行だったんだよ……」


 レオンは遠くの山々を見つめる。


「まあ、しばらくは、普通の戦いで奥義を使うこともないだろう」

「……ないことを祈りたいけどね」


 レティシアが小さく息をついた。

 レオンは、買ったばかりの剣を腰に納めると、再び歩き出した。


「行くか。まだ、いくつか店を見ておきたい」

「了解、レオン。……でも、そろそろ夕食の時間だよ」

「それも重要な作戦行動だな」


 二人の笑い声が、武器の鋼の匂いが残る通りに、少しだけ和らいだ空気を生んだ。


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