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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第123話 情報

 部屋の中は静かだった。ランプの柔らかな灯りが、レティシアの横顔を淡く照らしている。


「さて、本題に入ろうかしらね」


 声の調子が先ほどまでと違っていた。からかい混じりの軽さは消え、まるで魔法のように、彼女の表情が切り替わる。


「〈黒翼〉──彼らの本拠地がわかったそうよ。レオンが捕らえた構成員が口を割ったみたいだね。でも王国軍が踏み込んだ時は、既に引き払った後だったって」

「鉱山跡のことは連中に、すべて監視されていたということか」

「そう。それでどこか別の場所に移ったんだと思う。ということは、いまだにベリアナの復活を諦めていないってことね。きっとまた〈門〉を狙って、あの鉱山跡の墳墓に近づく、もしくは他に新たな〈門〉を見出そうとするはず」

「……あの鉱山跡は王国や帝国が管理しているはず……聖教国も狙っているが。でも、まだまだ諦めないか」

「それに、あの一件で〈黒翼〉は〈鍵〉を失った。……エリオットのことよ。復活に必要な存在として育てていたけど……結局〈鍵〉の意味はなく失敗に終わった。だから今後は、代わりになりそうな次の〈鍵〉や〈門〉を探そうとする。あるいは──」


 彼女は一拍置いて、声を少し低くした。


「〈鍵〉そのものを使わない、別の方法を模索する可能性もある。だから禁書とか、古文書とか、復活のための情報を漁るんだと思う」

「別の方法……。儀式の手順自体を変える、と?」

「うん。奴らの本気度が窺えるね。既存の計画が崩れても、すぐに次を動かす。そのためなら、禁忌にも手を出すのが〈黒翼〉だから。これぞ悪の組織たる所以」

「そして、その情報源となるのは……そうか、聖教国、か?」


 しかし、とレオンが眉をひそめる。あそこは、神の教義に従う“正統の守り手”を自称する国だ。〈黒翼〉が潜入するには、かなり危険が伴うだろうに。


「そう。禁書の情報は聖教国が一番持ってるはずだから。教皇庁の内部にも……“歪み”があるとすれば、〈黒翼〉が入り込む余地が全くないとは言い切れない。あるいは、もう何らかの動きがあったのかも」

「なるほど……だとすれば、俺への襲撃も、その関連か?」


 レティシアはわずかに頷いた。


「それはわからないけれど、聖教国は聖教国でレオンを脅威に感じたんだろうね」

「脅威……?」

「王国が最近、外交姿勢を強めてるでしょ?  帝国ともうまく距離を取りながら、独自路線を進もうとしてる。それが気に入らないの、聖教国は。王国が“神の意志”から外れた動きをし始めたと感じてる」

「それで、俺の排除を?」

「うん。王国を背後から支える“存在”として、レオンが挙げられたんじゃない? 剣も、力も、教義に当てはまらない異質なもの。だから消そうとした」

「……なるほど。教義に従わない存在、つまり“異端”というわけか」


 レオンの瞳がわずかに鋭さを増す。


「それに……レオンの出自も関係してるかもね。いまだに“スキルを持たぬ者”がこの世界で頭角を現すなんて、教義にとっては最大の侮辱」

「……奴らの都合で定義される神の教え、か。笑えない話だ」


 レティシアは少しだけ肩をすくめた。


「そうね。でも、そういう目で見てくる者たちがこれからもっと増える。〈黒翼〉も、聖教国も、そして……この世界全体も。だからこそ、気をつけて。レオンの存在は、既に多くの目に見られている」


 そこで彼女はふと視線を逸らし、ぽつりと呟くように言った。


「それと、帝国の動きにも注意した方がいい」

「帝国……?」

「あそこは、スキルがあろうがなかろうが、力がすべて。神の加護なんて信じてない、純粋な実力社会。そして軍事国家。レオンの存在は、あの国にとっては興味深い“戦力”として見なされるかもしれない。いずれ何らかの形で接触してくる可能性は高いと思う」

「……そうか。善悪ではなく、力そのものを重視する国、か」

「こちらが準備を整える前に、先に動かれるかもしれない。あの国、意外とそういうところだけは早いから」


 レティシアの声は穏やかだったが、その言葉には確かな重みがあった。


「……ああ。わかってる。だが、やるべきことは変わらない」


 一通りの話が終わると、レティシアは伸びをしながら立ち上がった。


「さて、と。それじゃあたしは寝る準備に入るね~」

「……もう?」

「うん。ああいう話って、意外と体力使うんだから。頭もだけど、ね」


 “それにここまで長旅だったしね”と笑う。

 そう言いながら、彼女はなんのためらいもなく服を脱ぎ捨て、さらりと肌着姿になる。絹のような光沢の布地がランプの光を反射し、妙に目を引いた。


「……お前、そういうのはもう少し他人の目を気にしろって」

「え? 何言ってるの、今更」

「今更って……」


 レオンが半ば呆れたように眉をひそめると、レティシアはベッドに向かう。まるで当然のようにその片側をめくり、自分の寝床を整え始めた。


「ここ、寝心地よさそうじゃん」

「……なぁ、お前、自分の部屋はどうした?」

「面倒だから一部屋にしたの。久しぶりに一緒に寝たいし」


 レオンは溜息をつき、ランプの火を落とした。薄闇の中、レティシアは何の気負いもなく彼を引っ張りこむ。


「……しょうがない」

「そうそう。素直な子はもてるよ?」


 レティシアはご機嫌で、するりとレオンの腕に手を回すと、まるで子供がぬいぐるみに抱きつくように身体を寄せた。


「……」

「あったかい。やっぱりこれよね、これ」


 柔らかな吐息とともに、レティシアはすぐに寝息を立て始めた。すべてが満たされたように、幸せそうな表情で眠っている。


「……もしかして、またこういう日々が続くのか?」


 レオンは小さく呟いた。身動きすればすぐに起こしてしまいそうな距離感に、やれやれと心の中で嘆息する。だが、それでもどこか嫌ではない自分に気付き、複雑な気分のまま、静かに瞼を閉じた。


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